第5話 1日目...5
指示された方向へ銃を向けて引き金を思いっきり引く。弾は──出た。銃の先端から発射された無数の光弾が、マーカーの表示された窓ごとロビーの壁を薙ぎ払った。壁にぶち当たった弾はひとつひとつが派手なエフェクトを残して消え散る。
まるでSF映画のような迫力のある光景──そう見えるだけの、ただの映像。ゴーグルを外せば消え去る幻覚で、現実には何も起こっていない。その証拠に建物への影響は皆無だった。光弾の当たった壁にはかすり傷一つ無いし、さきほど大げさな爆発が起こったはずのロビーの床にも焦げ跡など見当たらない。
考える間にも亮司の足はスニーカーのゴムの摩耗する音を残して水切りする石のようにロビーを横断する。数秒で階段まで到着し、手すりを引っ掴んで勢いのまま駆け上がった亮司の影の上を、遅れてやってきた敵の銃弾が通過する。
実弾に比べれば──本物の銃を触った経験などなかったが──光弾の速度は大きく劣っていた。至近距離では無理だろうが、100mも離れていれば見てから回避することは不可能ではないように思えた。
『うわ、足はえーな。野生動物かよ。あ、いやー思わず素に戻っちゃいましたよ。さすがはインターハイ出場経験者ですね。インターハイって、日本だと有名な大会なんですよね?』
「参加者の個人情報をいちいち調べてるのか?」
『ええ、もちろん。ゲームの秘匿性を保つためにも不審な人物かどうかの選定が必要ですし、なにより各プレイヤーの身の上話はこのゲームの目玉でもあります』
「目玉──なるほどな」
見栄えのする派手な演出。各所に配置されたカメラ。なぜ本物の銃器ではなくこんなオモチャで撃ち合いをさせているのか。亮司はなんとなく腑に落ちたものを感じた。階段を4歩で上り切り、階下に銃を向けて後ずさる。
「それで、次はどうすればいい?」
『そのまま通路を奥まで進んでください。そこに窓があったはずです』
ナビゲーターの言う通り、窓があった。ここにもガラスは嵌まっておらず、手を伸ばすと日差しと外気がジャージの上着ごしに腕へと触れた。
「建物の構造を知ってたのか?」
『いえいえ、ミスターが部屋の外に出られたときにチラ見されたでしょう? その時にこちらの視界共有モニタにも一瞬だけ映ったんですよ』
「それが本当だったら大した観察力だ」
窓から身を乗り出して下を覗く。飛び降りるには少し勇気がいる高さだったが、少なくとも他の誰かの姿は無い。
「ここから逃げればいいのか?」
『最悪の場合は。ここに留まるメリットも多いので、今そうするかどうかはお任せします。そこも危険ですが、外も危険でいっぱいですし』
亮司は背後を落ち着きなく振り返りつつ、外を観察する。建物の周りは雑木林で覆われており見通しは悪い。10数mも進めば外から姿は見えなくなるだろう。
「隠れるには絶好の場所に見える」
『あー実はですね、プレイヤー同士のかくれんぼ合戦を牽制するためにですね、ああいう場所には運営によって犬が放たれることもあるそうで』
「……犬?」
『とびっきり凶暴な犬種みたいですね。今日、この日のためにご飯を抜いているそうです。とはいえ、ワンちゃんたちにもちゃんとインナーが装着されているらしいので、その銃で撃っていただければ撃退することは可能です。ちょっぴり心が痛むかもしれませんが、死ぬよりはましでしょう。だからといって気を抜かないでくださいよ、全力疾走する犬のスピードというのは侮れません。恐らく想像されているより数段速く、顎の力など──』
「やめろ、マジで胸糞が悪い」
『犬を飼っていらしたんですよね? 可愛い可愛い柴犬の写真がこっちにも回ってきてます。小さいころに拾ってきて甲斐甲斐しく世話をしていて、一昨年亡くなったとのことで』
自分の生い立ちが筒抜けであるという事実にむかつきを覚え、亮司は胃のあたりを服の上から握りしめた。
『まーワンちゃんのことは別にしても、今の状態で独りでふらつくのはかなりの賭けになると思いますよ』
ナビゲーターの台詞で赤く点灯する自分のライフ表示にいやがおうにも目が行く。残り5%近い──動悸で息切れしそうになる。襲撃者相手に奮戦するのは論外で、外を出歩いている最中、他の誰かに見つかった瞬間に殺されてもおかしくはない。
「俺のライフってのは──」
『他のプレイヤーからも丸見えです』
つまり、今の自分は誰がどう見てもただのカモだ。なんとか手段を講じなければならない。
ナビゲーターとの会話中も物音に気を配っていたが、相手の方も慎重になっているのか、すぐさま追ってくるようなことはなかった。亮司は迷った末、慎重に通路を戻って階段を上ってすぐのところに陣取った。
身を屈め、銃を構え、ひたすら待つ。風が吹いて木々の葉っぱがこすれあうたびに心臓が跳ねる。もしかすると──壁を上って二階の窓から直接入ってくるかもしれない。緊張の糸が切れそうになるたび背後を振り返るが、やはりそこには誰もいない。神経がやすりで削られるような時間が続く。
日差しが強く、額に浮いた汗がゴーグルの隙間から目に入りそうになった。亮司は右手でトリガーに指をかけたまま拭きとり、ゴーグルの位置を直す。外では鳥が呑気に鳴いている。敵はやってこない。ジャージのジッパーを下し、シャツの襟元を伸ばして、服の中にこもった熱を逃がした。
『そのままインターバルまで待つつもりですか?』
「悪いか?」
亮司は努めて小声で言った。汗で水分が抜けていたせいで少し声がかすれていた。喉を潤したい欲求に駆られる。今朝、部屋に用意されていた飲料水のことを思い出した。自分の分は空にしてしまったが、探せば他の誰かの飲み残しが見つかるかもしれない。
『いいえ、まったく。ただ、敵はもうどこかへ行ってしまったんじゃないかなと思っただけです。ミスターの隠している爪に恐れをなして』
「好きなだけ馬鹿にしてろ」
『そういうわけでもないんですけどねー。ま、お呼びでないのなら退散します。通信機の向こうで待機してますので、何か気になることがあったら──』
「待った」亮司はナビゲーターを呼び止める。「銃弾は補給されるって言ってたな? だったら、ライフはどうなる?」
『こちらも同様にインターバルに入った瞬間に初期値まで回復します。ミスターであれば3000ですね。超過分はそのまま次の日に持ち越しになるそうです』
「超過──」その単語で亮司はひらめいた。「つまり、もとより増える可能性があるってことだな? 回復するだけじゃなくて増やす手段がある。どうすればいい?」
『公開されている情報には金銭での購入が可能であると明記されていますね。聞かれる前に値段を言っておきますが、ライフ1ポイントにつき100US$だそうです』
「またそれかよ」亮司は自分の口座の預金額を思い出して頭を掻きむしる。「他には? まさか、それだけなのか?」
『これは推測になりますが、恐らくはスキルによる回復が可能なのではないかと』
「スキル──」
そういえば、このナビゲーターの女が起きてすぐの説明の時にそんなことを言っていた。各プレイヤーに一つずつ割り振られたユニークな特殊能力。
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