形見分けの中にヘンな写真集が一冊、混じってた

小石原淳

第1話 巡り合う

 昔、にいちゃんが死んだ。

 交通事故だった。


 今、僕の目の前には段ボール箱がある。

 勝にいちゃんの家族の人が送ってくれた物だ。

 勝にいちゃん――神岡勝かみおかまさるは本当の兄ではなく、いとこに当たる。まだ大学四年生。死ぬのは早すぎる。

 勝にいちゃんは私立TD高校を受験する前の数ヶ月と、大学受験を控えた高校三年になるまでは、十ほど年下の僕とよく遊んでくれた。一緒にゲームをしたり、格好いいイラストを描いてくれたり、サッカーを教えてくれたり、家族ぐるみでキャンプに行ったりした。たまに勉強も教えてくれた。

 こういう風に綴ると、勝にいちゃんには同年代の知り合いが乏しかったように見えるかもしれない。でも実際は違う。友達は大勢いて、勉強も運動もできたから、学校生活は楽しかったはず。身長は平均的で、顔は眉毛濃いめ、彫りが深くてちょっとくどい系の男前だった。おしゃべりも面白く、女の子からも結構もてる。けれども、勝にいちゃんが好きになった女子は、中学卒業のときに告白した勝にいちゃんをあっさりふったらしい。仲はよくても恋愛対象としては見てくれてなかったと。

 勝にいちゃんは高校三年間は恋人を作ろうとせず、大学に入ってからもあまり積極的じゃなかった。そのせいかどうか、大学生になった勝にいちゃんは再び僕とたまに遊ぶようになった。


 いつだったかはっきりとは記憶していないけれども、おにいちゃんの部屋に遊びに行った帰りのこと。

 帽子の忘れ物に気が付いた僕は、走って引き返した。そしてにいちゃんの部屋に、ノックもそこそこに駆け込んだ。

 すると勝にいちゃんは泡を食ったみたいにおたおたして、何かを背中側に隠した。何を隠したのと問う僕に、にいちゃんは「いきなり入ってくるなよ」と言いつつ、動揺が明らかに出ていた。気になった僕は相手の後ろに回ろうとしたが、うまくかわされ、組み付いてみたら、今度はその何かを持ったまま両腕を高く上げられてしまった。そうして本棚の一番上、当時の僕には決して届かない高い場所に、そいつを仕舞い込んだ。あまり厚くない本か雑誌のようだった。

「何で隠すの。見せてくれたっていいじゃん」

 ねだる僕に対し、勝にいちゃんは隠せたことで余裕が生まれていた。

「だめ。今のおまえには早い。目の毒ってやつだ」

「目の毒? 気になる。ねえ、見せてよ」

 帽子を取りに来たことも忘れ、僕はしつこく言ったが、頑として認めてくれなかった。それでも散々粘った甲斐があったらしく、勝にいちゃん、最後に根負けしたみたいになって、こう約束してくれた。

「おまえが大人になったときに見せてやるよ。万が一、僕が早死にしたら、遺産としてプレゼントしようじゃないか」

「ほんとに?」

「ああ。疑うんだったら、一筆書いてもいい」

 そのとき、真面目に一筆書いたかどうかまでは覚えていない。


 送られてきた段ボール箱を開封すると、短いメモ書きのような手紙がまず目についた。

 おばさん――勝にいちゃんの母親の字で、遺品を整理していたらひとまとめに雑誌を縛った物が出てきたこと、その一番上に「僕・神岡勝が死んだときは、いとこの桐谷邦仁きりたにくにひとに贈ること!」と書かれた荷札が結んであったこと、そして息子の意志に従い、形見分けのつもりで贈りますとの旨が記されていた。

 ビニールひもをほどくと、確かに雑誌類がほとんどで、少し昔のゲーム雑誌や格闘技専門誌、アニメ映画のパンフレットに漫画の愛蔵版もあった。どれも僕が一度はほしいと声に出して言った物ばかりだった。

 覚えていたんだ……と多少、“くる”ものがあった。それらを懐かしさとともに見ていくと、突然そいつが現れたんだ。

 表紙は女の子が微笑んでいる。年の頃は僕と同じか、ちょっぴり上ぐらい。被せるようにある文字から、写真集と分かった。タイトルは『桜井さくらいしずね写真集』。これが女の子の名前のようだ。

 かわいくて、歳の割に目鼻立ちのはっきりしたきれいな子だけど、こんな本、ほしがった覚えはないぞ。いや、見たのも今が初めてだ。

 怪訝さを覚えつつ、僕はページを繰った。ミニスカート姿や水着姿がしばらく続く。

 少し進んだところで、衝撃を受けた。


 周りには親も誰もいない、自分一人が自分の部屋にいると分かっていたにもかかわらず、声を上げないように口元を片手で覆い、辺りを見回した。床に座り込んでいたのだけど、立ち上がって部屋のドアに鍵を掛けたか確かめに行く。

 元の位置に戻ったところで、あとは食い入るように写真集のページを見て行った。

 途中で察したのは、この写真集こそが、あのとき勝にいちゃんの隠した物だったんだということ。そりゃあ隠すよ。今だって早い。おばさんは雑誌の束を見て、紐解くことなく、そのまま送ってくれたに違いない。中身を確認していたのなら、こんな本、取り除いたに決まっている。

 ごくり、と音が聞こえた。生唾を飲んでいたことに気付いて、我に返る。あとは、受けたショックでしばらく放心していたかもしれない。

 衝撃が去ると、身体の内では興奮が広がっていた。目を通し終わった写真集を、改めて最初から見ていく僕は、クラスで一番好きな子を重ね合わせていた。


 半年は経っていただろうか。法律の存在をニュースで知った。

 あの手の写真集は今はまだ所持するだけならいいが、所持も禁じる法律が成立する見込みであると。法が出来てから一年間の猶予が設けられ、その間に処分するようにということだった。

 僕は、親に内緒で仕舞い込んでいた写真集を処分しようと決めた。けれども、どうすればいいのか分からない。古新聞の束に紛れ込ませるのは見つかりそうだし、廃品回収も同様。家の外に持ち出すのも怖かった。河原かどこかにぽいと捨てるところを、知り合いに見られたら……そう思うと実行出来ない。結局、インターネットに頼った。当時、僕は個人的に使えるネット環境を与えられていなかったので、父親のパソコンを借りて、こっそり検索した。白いポストというのが割と近くの駅にまだあると知って、捨てに行った。もちろん写真集は濃い色のビニール袋で厳重にくるみ、外からは何の本だか全く分からないようにした上で。

 期限ギリギリだった。


 続く

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