イノウ探偵神宮寺那由多の冒険 シュレディンガーの猫は鳴かない
白鷺雨月
第1話朝の街、猫と会う
吐く息が白い。
一月半ばの早朝。
まだ日はのぼりきっていない。
薄暗いアスファルトの道を神宮寺那由多は闊歩していた。
黒皮のブーツがカツカツとリズミカルな音をたてる。
銀地に鮮やかな青龍の刺繍が入ったスカジャンをはおり、濃紺のロングスカートという出で立ちは少し不良っぽい感はするが、切れ長の瞳に愛らしい顔立ちは服装とは真逆の印象であった。
身長は150センチとすこし。
小柄で幼い感じもするが、同時にその容貌は大人びた空気を持つ不思議な女性だった。
だんだんと夜明けを始める空を見上げながら、那由多は近所のコンビニに向かっていた。
道すがら、那由多は奇妙な生物に出会った。
白黒のぶち柄の猫。
冬の冷たい道を我が物顔で歩いている。
その凛とした横顔はこの世界の主人のような自信にあふれた容貌であった。
金色の丸い瞳で那由多の目を見ている。
そして、その尾が二つあったのである。
「ほお、猫又とはめずらしい。そうだ、少し、待っていてくれないか」
那由多が言うと、その猫はナーと鳴いた。
コンビニに小走りで入り、牛乳と食パンと煮干しをプラスチックのかごに入れ、レジにたつ。
レジには顔見知りのインド人アーマンドがたっていた。
彫りの深い、黒い顔に笑顔を浮かべ、
「那由多さん、おはようございます」
とかなり流暢な日本語であいさつした。
「ああ、おはよう」
微笑を浮かべ、そう返事をする。
会計を済ませ、店をでると白黒ぶちの猫又は毛ずくろいをしていた。
猫又の前に三びきほどの煮干しをさしだすと、ばりばりと勢い良くたべ、咀嚼した。
「ノオー」
というおかしな鳴き声をありがとうの意味と那由多はう受け取り、立ち去る猫又の小さな背中を見送った。
自宅兼仕事場としているふるびたアパートに戻ると、石油ストーブに火をつけ、愛用のスカジャンを壁のコート掛けにかけた。
手をていねいに洗い、うがいをする。
銀色のやかんに水をいれ、コンロに点火する。
湯をわかす間にトースターで食パンを二枚焼き、目玉焼きをつくる。
テーブルにバターとマーマレードを用意し、焼き上がった目玉焼きを皿に移し、レタスとミニトマトをそえる。
それと同時にチンとトースターがなったのでこんがりと焼けたトーストを小皿にのせる。
沸いたお湯で珈琲をいれる。たっぷりのミルクでわるのが彼女流であった。
そんなに牛乳が好きなのに背はのびなかったのねと友人に言われたことがある。
牛乳を飲まなかったらもっと背が小さかったよと那由多は答えたものだ。
朝食には時間をかける。
それが那由多の流儀であり、自由業でよかったと思う瞬間である。
収入は不安定であるが、この生活をやめる気は一切なかった。
そう、彼女の職業は私立探偵であった。
トーストに乗せた目玉焼きをうまそうに頬張っていると、チャイムの音がけたたましく鳴り響いた。
甘い珈琲でトーストを流し込むと那由多はインターホンの受話器をとった。
せっかくの朝食を邪魔された神宮寺那由多不機嫌きわまりなかった。
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