第12話

 龍騎様の活躍は素晴らしいモノでした。

 新聞各紙も、競技会の度に龍騎様の成績を紙面に掲載し、欧州馬さえ手に入れば、オリンピックで入賞も難しくないと書き立てました。

 そして浄財を募ってくれました。

 最初は単純に喜んでいました。

 愚かだったのだと、今となっては思います。


 長州っぽが諦めていなかったのです。

 全将官が親任取り消しと勅任取り消しの不名誉な退役処分にされ、不正に関与していた佐官以下も全員三階級降格の上で予備役編入と成りました。

 どちらも前代未聞の処置で、さすがに薩州閥の海軍も諸派閥も今上陛下に諫言したそうですが、有栖川宮威仁親王殿下憤死の怒りは、どのような諫言も受け付けないモノでした。


 だから長州っぽはやり方を変えてきたのです。

 とても陰湿で回りくどい方法で復讐を企てていたのです。

 陸軍での影響力を激減させた長州閥ですが、完全に力を失った訳ではありません。

 帝国議会ではまだまだ力を持っています。

 それに薩州閥と諸派閥も、今度は涼華家を警戒したのです。

 いえ、旧幕臣の派閥、幕閥を警戒したと言った方がいいでしょう。


「そんな!

 嘘だと言って下さい、父上様!」


「残念だが本当の事だ。

 陛下も喜んでおられる。

 今更取り消すのは無理だ。

 諦めるしかないんだ」


 龍騎様のドイツ派遣が決定してしまいました!

 それも短期の派遣ではありません。

 独国在勤帝国大使館附陸軍武官補として長期派遣です。

 全ては新聞記事を読まれた今上陛下の大御心なのですが、そこに幕閥を警戒する者達の悪意を感じてしまします。


 表向きは、オリンピックに向けて、龍騎様に優秀な欧州馬を購入する機会を与えるという理由です。

 派遣中は自由に馬術競技会に参加する事ができて、腕を磨くと同時に名と顔を売ると言う意味もあるそうです。

 いきなりオリンピックに出場しては、どれほど優秀な演技をしても、黄色人種と言う色眼鏡で見られてしまいます。

 ですが欧州の大会で名と顔を売っていれば、余りに露骨な差別減点ができなくなると言うのです。


 確かに表向きの理由は正当です。

 しかも軍馬の購入を公務とすべく、陸軍技術本部駐在官や陸軍航空本部駐在官のように、陸軍騎兵監部駐在官と言う肩書まで新設されています。

 独国在勤帝国大使館附陸軍武官補として体面を考慮して、同期と比べてとても速く中尉に昇進されました。

 普通は三年程度軍務経験を重ねて少尉から中尉に進級するのに、一年少しでの進級ですから、栄誉なのは間違いありません。


 ここまでの好待遇には、根深い長州っぽの恨みを感じて恐怖してしまします。

 日本を遠く離れた欧州で、龍騎様は暗殺されてしまわれるのではないでしょうか?

 

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