第10話

 本当は楓殿が調べてくれた流行りの服装を着て龍騎様の応援に行きたいのです。

 ですがそれでは馬が怖がってしまいます。

 元軍馬ですから、鉄砲の音にも少々の騒ぎにも動じないように調教されています。

 ですが万が一暴れたら、取り返しのつかない事故に繋がってしまいます。

 いえ、私達の事などどうでもいいのです。

 問題は私達の服装の所為で、龍騎様の競技会が台無しになってはいけないと言う事です。


 たなびくようなひだの多い洋装は諦めて、身体の線が露になるようなぴったりとした正装乗馬服に着替えます。

 男爵令嬢の体面ではなく、龍騎様に恥をかかせないように流行りのクロッシェは諦めますが、引眉とルージュと頬紅はしっかりとかいて、龍騎様に直ぐに見つけて頂けるようにします。

 本当は流行りの香水も付けたかったのですが、馬を興奮させるのが怖くて諦めました。


 私達は夜が明ける前に屋敷を出発しました。

 ゆっくり歩いたら習志野に辿り着くまで七時間はかかるでしょうか?

 でも私達は馬を使って移動します。

 馬を乗り潰さないように、でもできるだけ早く習志野に辿り着けるように、常歩と速歩を交互に使って急ぎました。


 現役の頃に、何百回と屋敷から習志野に通ったことのある大叔父様が道案内をしてくれていますから、道に迷う事などありません。

 御二人とも予備役に編入されていますが、特別に手続きをして、十四年式拳銃と打刀で武装されています。

 私を含めた他の人間も、鉄芯を入れた木刀を腰に差しています。

 長州やその走狗の襲撃に備えての事です。


 朝四時に屋敷を出で、七時には陸軍騎兵実施学校に辿り着く事ができました。

 大叔父様がペースを作ってくれましたので、余裕を見てくれていたようです。

 馬への負担は少なかったです。

 門番だけでなく、将校までが直立不動で敬礼をしてくれます。

 予備役とは言え二人の大叔父様は陸軍中将です。

 見学の予約を入れていたので、迎えに出てくれていたのでしょう。


 それに私達女も馬に乗って訪ねたので、それを好意的にとらえてくれたのかもしれません。

 涼華男爵家が騎兵科家系なのも、好意を持ってもらえる一因でしょう。

 なんといってもここ陸軍騎兵実施学校は、騎兵と乗馬技術の聖地なのです。

 予約を入れていたとはいえ、奇麗に掃き清められ、新しい寝藁がたっぷり入れられた馬房を貸してもらえました。


 案内の兵隊に鉄心大叔父様が心付けを渡しておられます。

 私も男爵令嬢として同じ事をすべきでしょう。

 鉄剣大叔父様は御自分で渡されるでしょうが、龍蔵様達の分は主人である私が渡さなければいけません。

 

 

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