第6話

「龍騎様、撞球を教えてくださいませ」


「いや、私は至って不調法なもので、撞球は苦手なのでございます」


「嘘を言わないでくださいませ。

 父上様から伺っておりますよ。

 龍騎様は撞球の名手だと」


 私は龍騎様の好きな事はみんな覚えたいのです。

 声にならない言葉を全身で表します。

 横で聞いている父上様は呆れた表情をされてられます。

 叔父上や大叔父様達も同じような表情です。

 最初は私が龍騎様に近づくのも嫌がっていた方々ですが、最近は笑顔で見守ってくれています。


「いえ、本当なのです。

 乗馬の方は最近ようやく納得できる乗り方になりましたが、撞球の方は将校の手慰み程度でございます」


「そうだな。

 あまり我儘を言うモノではないぞ、麗。

 櫻井は撞球よりも乗馬に力を入れねばならぬ立場だ」


 仕方ありません。

 父上様の申される通りです。

 叔父上様や大叔父様達が私の行為を許してくれるのも、龍騎様の馬術の御陰なのですから。


「ところで、厳輝。

 いい馬は手に入りそうか?」


 父上様が厳輝叔父上様に質問されています。

 龍騎様の事が心配で仕方がないのでしょう。

 父上様が大佐の進級され、陸軍騎兵実施学校長に就任されたので、近衛騎兵連隊の後任連隊長には、厳輝叔父上様が就任されたのです。


「残念ですが兄上。

 オリンピックで入賞できるような馬は、高すぎて近衛騎兵連隊では手が出ません」

 

 龍騎様は昇竜のような勢いで馬術を上達されておられます。

 近衛騎兵連隊内の競技大会では当然のように毎回優勝され、騎兵第一旅団内の競技大会でも同じように優勝を重ねておられます。

 騎兵第二旅団と合同で行われた競技会でも優勝され、国内で敵なしとなり、 ストックホルムオリンピックには間に合いませんでしたが、ベルリンオリンピックでは入賞を期待されておられるのです。


 ですが問題は、馬の能力なのです。

 龍騎様は馬を調教する技も巧みではあられるのですが、軍人に貸与される軍馬では、世界と戦おうと思うと限界があるのです。

 本当に残念な事ですが、馬術で優秀な馬は目玉が飛び出るくらい高いのです。

 特にオリンピックで入賞できるような馬は、並みの華族が手に入れられる金額ではないのです。


 まして貧乏軍人では絶対不可能です。

 父上様も支援しようとしているようですが、とても無理な金額なのです。

 龍騎様なら、軍馬でもある程度の成績を修める事は可能でしょう。

 父上様や叔父上様達も一緒に出場できるのなら、団体部門でも入賞する事も不可能ではありませんん。


 ですがそれは、ヨーロッパで調教された、馬場馬術や飛越に特化した血統の馬が手に入ればの話です。


「仕方ないな。

 何度も同じ手を使うのは嫌だが、またあの手で行こう」

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