第4話

「御嬢様、これが今日学んだことでございます」


「そうですか、では一緒に勉強しましょう」


 私は安全の為に学校に行けません。

 ですが勉学を疎かにする心算はありません。

 女流作家や女流画家を目指す以上、学業も大切なのです。

 家庭学習を許して下さった、今上陛下に恥をおかけするわけにもいきません。


 そこで教育係として召し抱えた龍騎様の弟妹が、私を手伝ってくれます。

 私と同じ学年の妹が、女学校に行って勉強した事を、女学校から帰って来てから私に伝えるのです。

 もちろん龍騎様の弟妹も狙われる危険がありますので、送り迎えも勉学中も、龍騎様の父上・龍蔵様が女学校の周りに待機しています。


 巡査などは苦々しく思っているようですが、私の誘拐事件は東京府中に知れ渡っていますので、誘拐に手を貸した東京警視庁も、上部組織の内務省も口出しできないのだと、父上様も大叔父様達も申しておられます。

 龍騎様の弟妹達が尋常小学校や女学校に行っている間は、一人で予習復習に励みます。


 平日頑張れば、日曜や祭日には大変な楽しみが待っています。

 龍騎様が屋敷に来られるのです。

 陸軍士官学校では、日曜日や祭日に一般休日が設けられております。

 許可を受ければ、朝食後より夕食時までの半日間は外出が許されるのです。


 乗馬本分兵科希望の士官候補生は、希望者すれば「遠乗り」と称して休日に乗馬しての外出が許可されているのです。

 私は龍騎様の乗馬を御世話する事を、父上様から許されました。

 使用人部屋で勉学に励まれる龍騎様に代わって、餌や水を与え、毛並みを整えるのです。


 乗馬は華族令嬢の嗜みです。

 ですが我が家には自費で乗馬を購入し養う余裕がありません。

 長州閥の商人が罠を仕掛けているので、反長州華族は商売するのが危険なのです。

 多くの華族が罠に嵌められ、長州に媚て私腹を肥やす新興財閥に多額の借金をする事になりました。


 そして泣く泣く令嬢を新興財閥に嫁がせる事になったのです。

 当然我が涼華家も狙われています。 

 男爵家の体面を護るためには大金が必要ですが、慣れない商売はできません。

 軍人としての俸給で遣り繰りするしかありません。

 本来なら龍騎様の家族、桜井家の方々を召し抱える事など不可能なのです。


 それが可能なのは、櫻井家の方々が無給で働いてくれているからです。

 父上様に言わせれば、ギブアンドテイクだと言う事だそうです。

 櫻井家の方々には、使用人部屋とは言え、安全な屋敷を提供する。

 衣食住を保証する、昔の食客のような待遇だそうです。

 父上様が後見人となる事で、陸軍幼年学校や学習院女学部にも通えるそうです。


 龍騎様が毎週末屋敷に来て下さるのなら、私には理由など何でもいいのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る