アラモの砦

 シャバーニが南バミューダの街を歩く。


 拳を使って歩く(ナックルウォークと呼ばれる)彼のたくましい背中に足を揃えて横座りしているのがエイジャ。彼女の胸にはぴょこんと子猫。タキシードもシャバーニの頭の上に乗っかっているが、体毛色が近いせいであまり目立っていない。多分、体毛色が違ったとしても目立たなかっただろう。


 美女とゴリラ。そのビジュアルは人種の坩堝るつぼたる混血国家ロザリアンにおいてもインパクト極大だ。違和感がありすぎる。まだ午前中の早い時間で、人通りが少ないのが救いだった。


 なぜエイジャがシャバーニの上に乗っているのか? それは騎獣アピールのためだ。さすがに街に野良ゴリラがいると騒ぎになるが、それが騎獣なら、まぁあり得なくもない……はずだ。


 あるいは、観衆にそういう“プレイ”だと思わせられる可能性すらある。ゴリラにふんした真性のマゾと女王様。あり得る。ロザリアンは本当に自由な国だ。タキシードはシャバーニの頭の上でそんな事を考えていた。


「ところでシャバーニ君、どうやって街の中に入ったん?」


 バミューダに限らないが、集落コロニーは大抵外壁に囲われている。都市ポリスであるバミューダであればその壁はより一層高く厚い。さすがにゴリラでも乗り越えるのは無理だろう。門には門番がいるはずだ。


「……え、普通にはいれた?」


 シャバーニ君の意外な回答に怪訝な顔つきになったタキシード。


「シャバーニ君って、見方によっては鍛えた人に見えるもんね」


 ゴリラが二足歩行してきたらゴツい人間に見える――わけがない。だか、ゴリラみたいにゴツい男がいることも確かだ。バワーズとか、戦闘狂アメリの彼氏ハンクとか。


「いやいや。でも裸やで。毛むくじゃらやし。それに話しかけたら一発やん」


「でも、面と向かってゴリラですか? って聞いたら失礼じゃん」


「え、えぇ……? いや、そうやなくて、人間ですか? って聞けば……もっと失礼か」


 うんうん悩むタキシードだったが、すれ違った若い女性がシャバーニ君を見て「あら、いい男」なんて言っているのを聞いて唖然となった。


「うそや……バミューダの人間って……いや、っていうか、それでもやっぱり門番ザルすぎるやろ! やる気あるんか! 門番名乗るのやめちまえや!」


 モヤモヤした気分を大声に乗せて吐き出したタキシード。


「まぁまぁ、おかげでシャバーニ君たちも無事私達のところまで来られたわけだし。いいじゃん」


 そんな事を言い合っていると、やがて一行いっこうは目的地に着いた。


 保健所。そこはかつてアラモの砦と呼ばれていた。


 その昔、野良犬や野良猫を捕まえて、里親が見つからなければ殺処分という非道な行いもまかり通っていた時代の話。


 保健所に次々と構成員をパクられて憤慨した南バミューダの獣たち。保健所はそんな彼らの組織的な襲撃を頻繁に受けていた。そんなことが長く続いて、保健所はついには物騒なバリケートに囲われ、職員は全員常在じょうざい戦場の心得こころえを叩き込まれるなど、戦時中さながらの厳戒態勢が敷かれるようになった。


 獣たちは獣たちでそんな保健所をアラモの砦と呼んで敵視し、そこへの攻撃を聖戦と称した。野良犬たちによる総攻撃、猫たちの夜襲、空からの爆撃、ネズミ達のトロイの木馬的だまし討ち。連日昼夜を問わずテロ活動が続き、ここは殺伐とした戦火に飲み込まれていった。


 その後、両者が疲弊ひへいした頃合いを見計らってタキシードが口添えし、最終的には保健所と南大三角連合会グレート・サウスデルタ・アライアンスとの間に正式な和平条約が締結された。人間の手形の指の合間四箇所に犬、猫、ネズミ、鳥の足跡が押された条約文章はがくに入れられ、今でも誇らしげに保健所の入り口に飾られている。


 最近では保健所の外に人間と犬、猫、ネズミ、鳥が一堂に会した銅像を作る計画も持ち上がっているらしい。危うくタキシードも巻き込まれそうになったのだが、それは全力で固辞した。恥ずかしすぎる。


 そして、今の保健所は動物愛護団体のような活動に落ち着いたというわけだ。シャバーニが保健所に引き取られた頃は、ちょうどここが優しい世界に変わりつつある時期だったのだ。


「ちょっとワシ、聞いてくるわ」


 そう言ってタキシードは保健所の知り合いにヴェラスケスの所在を確認するため、シャバーニの頭から飛び立っていった。


 結局――。


「保健所にはおらんかったわ」

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