下着ドロを追って空を翔る黒猫
下着泥棒
ソファーの上でひどい寝相だった。
ばんざいポーズになって、どでーんと“へそ天”で腹を出し、力なく投げ出された脚の合間からは尻尾が覗いて先っぽだけがピロピロ、ピロピロと左右に振れていた。恥ずかしいふわふわのニャン玉までさらけ出して丸見えだ。
タキシードのそんな姿を、エイジャは近くにしゃがんでニコニコ眺めるだけ。
うっかりお腹を撫でたりして、兄の
ここはタキシード探偵事務所。応接ソファーの上。
「――ふがっ!」
全身を痙攣させて
数呼吸おいて、また幸せそうな目つきになって鼻を舐め、タキシードは仰向けのまま顔を洗った。ひと通り顔をこすり尽くしてから、タキシードが身体をひねって横たえる。
お腹とにゃん玉が見えなくなって残念そうな顔になったエイジャに向かい、なにか? とでも言いたげな表情でタキシードがフスーッと鼻息をつくと、やがて、またゆっくりと瞼が落ちていった。
エイジャはしゃがんだまま、そんなタキシードの寝顔をニコニコ眺めるだけ。
タキシードの鼻が無意識にフスフスと鳴った。平和の二文字。そろそろ昼だ。
――コンコンコン。
少し乱暴なノック音に、タキシードがビクンと身体を揺らした。さすがに寝ていては、せっかくの鋭敏な聴覚も宝の持ち腐れ。
「え、えい……エイジ……Zzz」
タキシードは再起動に失敗した。彼の
「下着ドロって……」
来訪者は坂の下のご近所さんだった。なんでも、気付いたら干してあった下着がなくなっており、風で飛ばされたのかと思ってしばらく探したのだが、結局見つからなかった。そこで、これは泥棒ではないかと。そう考えたそうだ。数日前の話だ。
警察にも相談したらしいのだが、一枚だけで被害額も小さい。他の事件で忙しい。と言うことで警察はあまり乗り気ではなかったそうだ。とはいえ、盗まれた方はたまった物ではない。金銭的なダメージよりも、生理的な気持ち悪さを我慢できず、ご近所のよしみで探偵事務所に
「他の事件て……あいつら暇なくせに、イノライダーめ……今度、軽犯罪は重犯罪の入り口ってことを説教してやらなあかん」
タキシードはぼやいた。前足で耳の裏からごしごしと顔をこすり、先っぽだけが白い特徴的な手をぞーりぞーり。エイジャの肩の上で何度も顔を洗いながら眠気を飛ばす。
しかも安い。料金はプラチナ貨一枚ときた。
「はぁ、金がないのは首がないのと同じやな、エイジャ」
「いいじゃーん、どうせ暇なんだから」
「……ワシ、こんなんで、ええんやろうか?」
「ええよ、ええよ。兄ぃが下着ドロ追ってても誰も困らないんだから」
「うう……慰めになっとらんな、それ」
そうして坂を下りきってから、エイジャは定食屋の前で立ち止まった。
「――エイジャ。ワシらは今、手元が
タキシードが恐る恐る発したそんな言葉に、エイジャはガーンと衝撃を受けた様子で愕然と声なき悲鳴を上げた――が、しかしすぐに「ふにょい?」と首をひねった。
「ふにょい……ふふふっ……ふにょふにょ……ププッ」
何かが彼女の中でツボったようで、エイジャはタキシードを後ろから抱えると、彼の両手をつまんでプルプル振ったり、力なく揺れる彼の手先をピンピン弾いて遊び始めた。かなりご機嫌そうだ。
「兄ぃの手は、いつもふにょいもんね」
「……一応やけどな、手元が不如意って、ざっくり言って家計が苦しいって意味やからな。ささ、とっとと解決して晩飯代稼ぐで」
昼飯抜きの通告で急変が予想されたエイジャの機嫌だったが、タキシードの何気ない一言がタナボタ的上機嫌を彼女にもたらした。この幸運が冷めないうちに、タキシードはエイジャを急かして聞き込みを始めるのだった。
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