黒猫と悪党と怪盗と影

「諸君らが狙っているのは――ここにあるっ!」


 そう言って、窓から飛び込んできた誰かは何かを取り出して見せた。


 その人物は、宝石モザイクで出来た蝶々のマスク――パピヨンマスクを顔に貼り付けていた。髪は白く、背中にも白い、大きな翼が付いていた。おまけに白い礼服タキシードまで着て、タキシードとしてはなんだか腹立たしい相手だ。


 そんな白い礼服野郎が手に掲げているのは、タンバリンのような円環状の何かだ。シャンッと機嫌よさそうな、場違いな音が鳴っている。全体として、だいぶ間抜けな絵面だった。


「私は怪盗ワイトスパルナ! 約束の品は頂戴した‼」


 やたらとテンションの高い名乗りを聞いて、タキシードが思わず、


「誰やねんお前――」


「てめぇがワイトスパルナか!」


「(ワイトスパルナだと!)」


 タキシードのげんなりしたツッコミを遮って、リーダー格の男が白い礼服男に剣を突きつけて叫び、セーフルームの向こうからも驚愕の声が聞こえてきた。


「えっ……ええ! ワシ以外、全員知っとるの――⁇」


 置いてけぼりを食らったタキシードが、思わず視線でミシェルに助けを求めと、彼女は破けた胸元を抑えながら首を横に振ってくれた――よかった。


「ちっ……それは俺たちがドレアスから買い取った品だ。返してもらおう」


「(約束の品は既に渡した! 星遺物オーパーツ分の代金まではもらっていない!)」


「ふざけんな! あの心臓があれだけの価値しかないわけねぇだろうがっ!」


「チッチッチッ……君たち、この品はそもそも……」


 何やら口上を述べ始めた怪盗(自称)ワイトスパルナが強盗達の気を引いている間に、タキシードはそろそろとミシェルに近づいていく。もう完全に強盗達はタキシードの射程圏内だ。このまま、あのキザ怪盗も含めて全員して、ミシェルを連れて逃げよう。後は知ったことか。そんなことを考えていたタキシード。


「(――ばかな! そ、そこにいる見知らぬ人! そのワイドスパルナは泥棒です。わざわざ私の大切な品を盗むと予告状まで送ってきた正真正銘の犯罪人です。捕まえてください!)」


 そのひと言で、強盗達の注意が再びタキシードに向いた。


「あ! くそ、近づくんじゃねぇ‼」


 強盗の一人が慌ててナイフをミシェルに突きつけた。


 ――余計なことを……っ!


 ドレアスの迷惑なひと言のせいで、また拮抗が生まれてしまった。


 タキシード、強盗、怪盗(?)。三者が三つ巴となって睨み合う――まてよ、怪盗は何をしに来たんだ? そのまま逃げればいいのに。怪盗自慢か?


 タキシードは怪盗を見た。彼は意図の読めない謎のポーズを決めていた。その手前にはリーダー格の男と、強盗が三人。彼らに囲まれたミシェル。そして、その近くの壁に人型の黒い染み。


「あ――」


 閃光と雷鳴が空気を切り裂いて、黒い染みが壁から膨らみ出した。


 全員の死角から、ぞろりと部屋の中に現れたのは――グロテスク!


 タキシードは咄嗟に飛び掛かった。牙を剥き、すれ違いざまに爪を振り抜いて影を切った――手応えはあった。だが浅い。


 タキシードに裂かれたところから、ビチャビチャと半透明の体液を噴きながら現れたのは――全身が紐で編まれた、紐人間とでも言えばいいのだろうか。人間にピンク色の肉質な紐を複雑に絡みつけて、その人間だけをぱっと消去したらこんな形になる。そんなグロテスクだった。


 突如、紐人間の腕がシュッっと結束し、一本の槍になった。その槍がタキシードの着地点に伸びる。


「っ――黒猫くんっ!」


 ワイトスパルナが警告を発し、手にしたタンバリンを振るってその槍を払った。タキシードは着地した勢いで部屋を駆け、ワイトスパルナの背後を回ってグロテスクと距離を取った。


「なん――グロテスクだとっ⁉」


 茶髪ロン毛のリーダー格の男もグロテスクに剣を向け直して対峙した。


 〈グロテスク〉は人類の敵だ――生きとし生けるもの共通の敵と言ってもいい。グロテスクはスライムも食わない。そんな格言があるほどだ。グロテスクを前に人獣善悪は関係ない。協力してことに当たらなければ、その場のあらゆる生命体はみなごろしき目にあう。


 めまぐるしく変わる戦況。グロテスクの登場により、今度はタキシード、ワイトスパルナ、強盗の三陣営が暗黙的に共闘状態となる。


「無事かい? 黒猫くん?」


「――猫ちゃうわ!」


 タキシードは内心の怖れを振り払うように大声で虚勢を張った。


 ここにはエイジャがいない。その事実が彼の鼓動を早くした。まさかここで出くわすとは思っていなかった。

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