第3話 絶対安心/絶対安全マンション
年末に1年の漢字一文字が清水寺で発表される。
2017年は『北』。
まさに的中、キタサンブラックが有馬記念で有終の美を飾った、と浮かれてる場合じゃないぞ。
本命は北朝鮮の――『北』――だ。
現在も核爆弾を搭載したICBMの開発に躍起となっている。このため米国との間で一触即発の緊張状態が続いている。
そんな不安な年尾に、ロング丈のダウンジャケットを粋に着流した男女が気配なくツイスミ不動産に入って来た。
女の頭は金髪カツラでこんもり、男の髭は上品に白い。どうも栄光も挫折も味わい終えたシニアカップルのようだ。
一方店内では、「俺は今年、粉骨砕身で働き過ぎたよ、現在満身創痍の血だらけ、だけど誰も労ってくれな~い」と、クワガタこと自称イケメンの紺王子宙太が笠鳥凛子課長に聞こえよがしにほざく。
すると「早々と仕事納めして、ご褒美、ねだってんじゃねーよ」とキツイ蹴りが入る。
即座にクワガタが「カサリンさん、これはパワとイジメのダブハラです」と刃向かう。
これを軽く聞き流した女鬼課長、「おい、低知能の昆虫、もう100回くらい業務命令してきたろ、私のこと英国セレブ風に、カサリンでなくキャサリンと呼びなってば」とヤケクソにブルーな瞼を凝縮させる。
その結果、もう紺色に。
まことに珍妙な色合いだ。
だがクワガタは不思議な感動を覚え、「そのお目々、マジ卍っスか」と。
「なぬ、卍?」と首を傾げたカサリン、ポキポキと指を鳴らし、「アントニオ猪木の卍固めして欲しいのだな」と。
こんなやり取りを見ていたご婦人が低い声で「同じ職場で、このジェネレーションギャップ、悲劇だわ」と頭を垂れる。
ここで初めてカップルの存在に気付いたツイスミ不動産の二人、仕事モードに切り替え、私たちはこの理念で、いつも心はピッタンコですと1枚の紙を差し出す。
長い旅路の果てにきっとある、
あなたの居場所。
これからの残された人生は穏やかに、
そして好きなように暮らして行きたい。
そんな終の棲家を
あなたはお探しではありませんか?
お任せください、ツイスミ不動産に。
あなたのご要望に応え、
最高にご満足いただける物件を
ご紹介致します。
これを読み終えた紳士が「今の世の中、いつ核戦争が起こるかわからない。そこで絶対安心/絶対安全の終の棲家を探して欲しいのです」と訴える。
部下が今更そのお歳でとポロリと漏らすところを、課長が「正月明けにはご要望にお応えましょう」と言い切る。
松が明け、冬の晴天の昼下がり、絶対安心/安全の終の棲家が見付かったとの連絡を受け、シニアカップルが再び訪ねてくる。
そしてまずカサリンが口火を切る。
「核戦争にも負けない終の棲家、それはここから5時間ドライブしたトカゲ山の核シェルターマンションです」と。
「えっ、トカゲ山って?」
婦人が気持ち悪そうな表情に。その反応に待ってましたと、紺王子が熱く語り始める。
「確かにトカゲは多いです。ということは、白亜紀に誕生し、氷河期を超え現代までこの場所で生き延びてきたってこと。なぜならここの岩石は2億万年前マントルが地底深くゆっくりと冷やされ、隆起したかんらん岩でして、低吸水で頑丈。その上に美しゅうございます。この岩山に穴を掘り、核シェルターがはめ込まれてますので、たとえ核戦争が起こっても生き延びられますよ。こここそ究極の終の棲家です」
こう説得されれば、あとは現地を見るしかない。
早速翌朝四人は山に向かって出発。
幾つもの山を越え、雪はどんどんと深くなっていく。
もちろん四輪駆動車にチェーンを装着しなければ前進できない。それでも何回か谷底へと滑り落ちそうなヒヤリもあった。
だが強運なのか無事マンションに到着する。
されど一風変わってる。
そそり立つ岩山にいくつもの穴が開いてるのだ。
管理人によると、それらが玄関だと仰る。
「住民のみな様はどういう暮らしをされているのですか?」
やはり棲家の最終決定者は女性。管理人はそれをよく理解しているのか、背筋を伸ばし説明する。
「山で猪を狩り、川では岩魚を釣り、キノコを採り、炭焼きをして……、皆さん自給自足の自然暮らし。そして楽しみは洞窟の地底温泉で、老体をほっこりまったりと癒やす日々です」
これを聞き、白鬚紳士がもじもじと。
クワガタはすぐさま察し、高らかに発表する。
「お値段は2000万円です」と。
うんと頷く紳士、決心が付いたようだ。
だが婦人は「ここにはまったく悲劇がないのですよね」と顔を曇らせる。
この表情から感じ取った百戦錬磨の笠鳥課長がボソボソと。
「その通りですね、終電に乗り遅れた、歩きスマホで電柱に当たった、コンビニでおでんをこぼした、などの愛すべき小さな悲劇も……、ありませんわ」
さ~て、みな様なら、絶対安心/絶対安全のトカゲ山核シェルターマンション、2000万円でお買い上げされますか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます