第11話 俺は決意した
場所は移って工房。
俺はメルを適当な椅子を座らせて、今後の予定について話し合いをすることにした。
「はい、それでは作戦会議をはじめます」
「はじめます!」
まるで先生と生徒みたいな感じになってしまったが今それを気にしたって仕方がない。 コホンと咳をついてさっそく本題に触れる。
「まずは状況を整理しよう。 メルのお爺ちゃんが亡くなったのが半年前、オズワール商会から立ち退きの勧告が来たのが四ヶ月前、ここまでは間違いない?」
「はい!」
「ちなみにお爺ちゃんが生きていた頃はここの経営は成り立ってた?」
「もちろん! 常連さんもたくさんいましたし、お弟子さんだって四人いて人気の工房だったんですよ!」
「けど、メルが継ぐことになってから皆いなくなって味方が消えたと」
俺がそんなことを口にすると、さっきまで元気いっぱいだったメルの様子が途端にしょんぼり大人しくなった。
「はい…… 最初はまだ残っていてくれたんです…… けど私が不甲斐ないせいでまた一人、また一人と工房からいなくなってしまって……
新規のお客さんも、性能のわりに高いって言って買ってくれなくて、だんだん組合費も払えなくなってしまって……」
詳しく話を聞いてみると、お爺ちゃんの遺言によって跡取りはメルに決まったらしい。
それは完全に実力によって判断された結果らしいのだが、子供の下につくことを良く思わなかった弟子達は従うことが出来ず。
さらにはメルが決めた質重視のやり方にも賛同出来なかったということでここを去っていったということだそうだ。
「手間を抑えて値段を下げようとは考えなかったの?」
「爺ちゃんからは私の好きにやれって言われたので最初はそうしてたんです。
けどこのままじゃマズイっていうのはすぐにわかって、でも自分のやり方を変えるのが怖くて、中々行動に移すことが出来なくて……」
「それでそのまま来ちゃったわけだ。なんというか、世知辛い話だね……」
「全部私が悪いんです。私がしっかりしていないからこんなことになってしまったんです……」
「いや、そもそも10歳の子に責任を負わせるのが無茶な話だったんだよ。
とりあえずだ。これからこの工房をどうやって建て直すかを考えよう。 今はまとまったお金があるけどそれがいつまでも残っているわけじゃない。 やっぱり長期的な運用を見通さないと……」
俺がそんな話をすると、メルは理解が遅れているのかポカンと口を開けて惚けたような顔をしている。
「ど、どうかした?」
「ほぁ……トートさん難しいお話しされていてなんだか学者さんみたいです……」
「え? いやまあ、これくらいは義務教育受けてたら普通に……」
「ふぇ? ぎむきょういく?」
「あ、違う! なんでもない、今のはなんでもないよ!? あれ、おっかしーなぁ、記憶思い出しかけてんのかなぁー!?」
あっぶねぇ! もう少しでボロが出るところだったわ!
ああくそ、いつの間にか少し気が緩んでいたな、引き締め直そう。
「……それでだ。 何よりも今必要なのはお客さんを増やすことだと俺は思う。 メルの作る剣の良さを知ってもらって、着実に増やしていかなくちゃならない」
「お客さんを、増やす……! 増やしたいです! 私お客さんいっぱい欲しいです! ……でも、そうなるとやっぱり鋳造を考えないといけないのでしょうか?」
「うん? 確かあのお坊っちゃんも言ってたよなコスパ重視だとかなんとか。 鋳造っていうのは一体なんなの?」
「鋳造というのは、大まかに言うと溶かした金属を型に流して剣の形に整形する技法のことです。 流して固めるだけなので時間をかけず大量に作れる。それに伴って安く販売出来るというのが優れている点です」
「悪い点は?」
「溶かして固めるだけなので金属中の密度が低く鍛造よりも衝撃に弱いんです」
「……なるほど、話を聞く限りだと俺も鋳造は気が乗らないな。もしも戦闘中に剣が折れたりしたら最悪だからね。 いくら安いからって、自分の命を預ける武器に妥協はしたくないな」
「わ、私も同じ気持ちです! だから絶対に手を抜きたくはありません!」
メルは立ち上がって今日一番の大きな声でそう言った。
それはきっと彼女の心の叫び。どうしても譲れない信念なのだろう。
「けど、最低限の利益を出すためには今の価格が限界で、それではお客さんが買ってくれないんだよね……」
「いったいどうすれば……」
「うーん……」
そして長い沈黙が訪れる。
お互い頭を抱えて案を絞り出そうとするが中々うまくまとまらない。
そんなとき、最初に口を開いたのはメルだった。
「わ、私、今まで通りじゃなくて、その、もう少し製作コストを下げてみようかな……」
「メル…… いいのかそれで?」
「だって、仕方ないじゃないですか。 結局私が考えを改めれば解決する話なんです。
そりゃもちろん工房を手放したりは出来ませんけど、でも、妥協したくないというのは少なからず私の夢も関係しているわけで、私もその夢を諦めて経営だけに専念すれば終わる話なんです」
彼女は声を震わせ悔しそうにそんなことを言った。
彼女は今何を口にしたのだろう。
俺は今何を聞かされたのだろう。
仕方ない? 諦める?
才能があるのに、努力だってしているのに、まだ十歳の女の子が、そんな枯れた大人みたいな言葉を口にしてしまうのか? 凡人に成り下がってしまうというのか?
俺はただ、目の前の女の子が挫折するところを黙って見ているだけなのだろうか?
「……ダメだ」
「えっ?」
「そんな簡単に夢を諦めちゃダメだ! 俺は知っている。 君には才能がある。誰にも負けない信念と情熱だって持ち合わせている。
それをこんなところで、終らせていいわけがない!」
「そう仰っていただけるのは嬉しいのです。け、けど…… 他に方法が……」
「方法なら、ある」
そのとき、俺は三日前に街で見かけた剣闘技大会の貼り紙のことを思い出していた。
国中から猛者が集まるというその大会。
もし、俺がメルの剣を持って大会に参加して優勝したとする。 そしてそこで俺が彼女の剣を、そしてこの工房を宣伝すれば街の外から大勢の新規客が来るんじゃないか?
ちょうど大会の開催日は明日。どうやら当日エントリーも可能なようだし試す価値は十分にある。
やってやろう。 やってやろうじゃないか。
俺は半端者だ。 ずっと抱いていた望みや理想を前にして二の足を踏んでいる臆病者だ。
けど、そんな俺でも目の前の女の子が苦しんでいるのを放っておくことなんて出来ない。
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