第10話 俺は金を稼いだ


 あれからまた一日かけてジャングルからメルの作る工房に引き返す。道中モンスターを見かけることもあったが、余計な時間をかけて期限に間に合わなかったらマズイので全て無視。

 

 そうしてなんとか工房に戻って、気が気じゃなかったという様子のメルと再会した。 翌日、二人で適当な買取り屋に素材を売り出そうとしたわけだが、しかし……

 

 「買い取れない!? どういうことだ!?」

 

 「悪いんだけどねぇ、アンタらとは関わるなって上から圧力かけられちゃってんのよ」

 

 なんと、大量のマイティスネークの素材を前にして店主は買い取れないと言い出したのだ。

 

 「上ってなんだ? もしかしてオズワール商会のことか?」

 

 「ああそうだよ。 あそこの旦那にはウチも世話になってるから断ることも出来ないんだよ」

 

 「これならどうだ? ジャングルで見かけた珍しいモンスターの羽だ。

 こんなに薄くて軽い金属の羽見たことないだろう? 市場に回せば大金になるんじゃないか?」

 

 俺があの羽を見せてみると、店主は虫眼鏡を取り出してそれを凝視するが溜め息をついて首を横に振る。

 

 「うぅん、確かに…… でも、ダメだ。どうやっても商会の旦那に逆らうことは出来ないんだ。わかってくれ」

 

 申し訳なさそうにそんなことを言われて、俺達は仕方なく引き下がることにした。

 それから他の店をあたってみるものの結果は全て同じ。なんとこの街グレイルドの全ての店にオズワール商会の息がかかっていたのだ。

 

 さらに不運なことに王都へと向かう行商人はこの日一切いなくて、俺達は一旦街中のテラスカフェで作戦会議をすることにした。

 

 「ごめんなさいトートさん。せっかく頑張って頂いたのに……」

 

 「それはいいんだけどさ…… なあメル、何かおかしくないか? 君はただ組合費の支払いを滞納させていただけだ。

 それなのにどうしてこんな妨害を受けなきゃならない? もしかして、君達との間にはまだ何かあるんじゃないのか?」

 

 「も、もしかするとあのことが関係しているのかも……」

 

 「あのこと?」

 

 「はい…… 実は四ヵ月程前に商会から通知が来たんです。 丘の上に闘技場を建てるから、工房を立ち退かせろって……」

 

 「なんだよそれ、あそこは君のお爺ちゃんとの思い出がたくさん詰まった場所じゃないか。そんなこと出来るわけ……」

 

 「はい、だから断ったんです。立ち退くことは出来ないって。そのときはもう何も言ってこなくなってすっかり安心していました」

 

 「でも今回、あんなふうに嫌がらせを仕掛けてきた。おそらく向こうの狙いは組合費を払えないことを理由にしてメルの工房を潰すこと」

 

 「まさか、こんなことしてくるなんて思ってなかったんです…… ごめんなさいトートさん…… ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 俺は怒りを覚えていた。

 

 こんなに小さな子が、家族も亡くして一人で頑張ってきたんだ。

 

 それなのに大人達の理不尽な都合で今涙を流している。自分は何も悪いことをしちゃいないのに、心が押し潰されそうになっている。

 

 「何言ってるんだ。メルは何も悪くないじゃないか。悪いのは卑怯な手を使ってくる商会の方だ。

 とにかく今はお金を用意する方法を考えよう。 例えばそう、商会の息がかかっていないグレイルド以外の街に行ってみるとか」

 

 「い、一番近くの街でもここから半日はかかります…… たぶん支払いの期限に間に合わないかと……」

 

 「そっか、それなら……」

 

 

 そうこうして二人で解決策を立てていくがあまり良い案が浮かんでこない。いったいどうすればいいんだと八方塞がりになってしまったそのとき。

 

 「あの、もし良かったらあなた達の素材を買取らせてくれませんか?」

 

 「えっ?」

 

 突然俺達の目の前に現れた黒フードの集団。

 

 いかにも怪しい風貌をした連中が、俺達の素材を買い取らせて欲しいと申し出たのだ。

 

 

 「か、買い取るって、この素材全部か?」

 

 「はい、その金属の羽も買い取らせていただきます。 しめて百万カトラスでいかがでしょう?」

 

 連中の一人はダンと大量の金貨が入った巾着袋を机の上に置いてそう言った。

 メルはその中身を確認するが、どうやら本当に百万カトラス入っているよう。

 

 「すごい、すごいお金です!」

 

 「けどちょっと待て。 マイティスネーク分だとせいぜい十五万くらいの価値しかない。 アンタ達、どうしてこの羽に残りの分の八十五万も金を積められるんだ?」

 

 「それは、あまり聞かない方があなた達のためだと思いますが」

 

 「そっか、まともに俺達と話すつもりはないか。 なら結論から言わせてもらうけど俺は五百万でこの素材達を売ることにする」

 

 「なっ、トートさん!?」

 

 突拍子もない俺の発言にメルも怖がって黒フードの連中も俺以外の人間皆がざわついた。

 俺の予測ではこいつらはあのモンスターのことを知っている。その特異な戦闘力も稀少性についても、おそらく俺より詳しいのだろう。つまりは、この羽の価値も知っているということだ。

 だったらそこにつけこまない理由はない。今後何があるか分からないのだから、金は多くあるに越したことはないのだ。

 

 「……大きく出ましたね? 一応あなた達の様子はずっと見てましたから、後がないことを知っているのですが?」

 

 「だから? 俺はどうせアンタ達が一千万でも買いそうだからこの値段を提示してるんだけど? 取引が成立しなくて困るのは案外アンタ達の方だったりしてね」

 

 「ほう? いいでしょう。なら五百万で……」

 

 「おっと否定しなかったな、やっぱり一千万だ」

 

 「あ、貴方ねえっ…… いえ、いいでしょう。一千万カトラス払います。ただしこれが私達の出せる最大額です」

 

 「いいよそれで、一千万で取引成立だ」

 

 話がまとまり俺達は互いの持ち物を交換した。その間際がぼそりこんなことを言ってくる。

 

 「……まさか、こんな片田舎で一千万も払う羽目になるとは思ってもいませんでしたよ。

 どうして、私達がそれだけの金額を出せると?」

 

 「かまをかけただけだよ。根拠なんて何も無かった。 まあ、強いて言うなら正体を隠しているあたりどっかのお偉いさんとかなのかなって」

 

 「……なるほど。それでも正体を聞いてこないあたりあなたは賢いですね。 それじゃあ私達はもう行きます」

 

 「ああ、毎度あり」

 

 相手が言うとおり連中の正体は探らない方がいいのだろう。 下手をすればマフィアかギャングか。 まあ、どっかの国の研究機関みたいなのが有力か? 新種のモンスターの調査に来たとかだったりしてな。

 

 「い、いいいっしぇんまんかとらすぅぅぅぅ……」

 

 あまりの大量の金貨を前にメルは抜けるような声を出して卒倒していた。

 だが今彼女に倒れられては困る。【燦々天庫】なしではこの大量の金貨を運べそうもない。

 

 俺達はその足でモストリー商会へと向かった。

 対応にはあのお坊っちゃんが出て来て、めんどくさいので単刀直入に五万カトラスを差し出した。

 

 すると、相手は驚くような面白いくらいに慌てふためいてくれる。

 

 「な、なんでだ!? お前達に金を用意出来るはずが無いのに!!!」

 

 「おや、それはどういう意味ですか? まさかかのオズワール商会さんともあろうお方が私達零細工房ごとき陥れようと手回ししたなんてことが?」

 

 「ぐぬぬ…… わかった、今日のところは大人しく受け取っておくよ。

 まあでもあの工房はさっさとボクチン達に売り払ったほうが良いと思うけどね!」

 

 さあ、帰った帰った。と、半ば追い出されるような形で俺達は商会を後にした。

 

 そうして一先ず工房に戻ったときのこと。

 

 「メル、残ったお金は二人で山分けにしよう」

 

 「はひ!? な、何を仰っているのですかトートさん!?」

 

 「だって今月は良くても来月再来月分のお金が用意出来るとは限らないだろ? 今後商会の連中が何をしてくるかもわからないし、金はあった方がいい」

 

 「そ、それはそうかもしれませんが私がこのお金を受け取っていい道理にはなりませんよ!」

 

 「そう? 俺的にはメルにお世話になってるんだから何も問題ないんだけど……」

 

 「ダメですダメです! 私こんなお金受け取れないです!」

 

 「困ったな…… あっ、じゃあこういうのはどう? 俺はメルの剣を幾つか買い取るからさ、それで五百万カトラスっていうのは」

 

 「えっ、ええ…… でも…… い、いいんでしょうか……?」

 

 「いいのいいの。それじゃあこれとあれと、あっ、この小刀も使い勝手良さそうだ」

 

 メルはまだ納得してくれないが、俺は強引に話を終わらせた。

 

 少しだけ晴れやかな気持ちだった。

 

 あっちの世界では何者にもなれなかった俺が、今ではこうして誰かの役に立てる。 他人に感謝される。

 

 そのことが俺にとってはとても嬉しかったんだ。

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