第6話 俺は才能に触れた


 さて、総合してもうどれだけの時間が経ったのかもよくわからないがとにかく剣が完成した。

 

 といっても鍔や鞘、装飾も何もない抜き出しの刀身に辛うじて布で巻いた柄があるだけの状態だ。

 いったい完成品となるにはどれだけの時間が必要になるというのだろう。ああ、想像するだけで恐ろしい。

 

 「あ、あのトートさん…… もしよかったらその、この剣で試し斬りをしてもらえると嬉しいかな、なんて……」

 

 出来上がった剣を見せるように抱えて、メロが何かを言いづらそうにして俺にそんなことを頼んできた。

 

 「へ? あ、ああ、そうだね。 君だけ実力を披露して俺がなにもしないっていうのも失礼だしね」

 

 「あ、ありがとうございます! そうしたら外に出ましょう! 試し斬り用に丸太を用意します!」

 

 そうして俺は工房の外へと案内された。

 

 空はもうすっかり夕陽が沈みかけていて、空気もどこかひんやりとしていた。

 なんだか新鮮な感じだ。目覚めたときは灼熱のジャングルにいて、さっきもずっと炉の炎で暖められた室内にいたもんだから感覚が麻痺している。

 

 しかしだだっ広い丘だこと。

 

 メル曰くこの工房がある場所は街から少し離れた山の麓にあるとのことだが、視界に映る範囲では街はおろか人一人いる気配がない。

 

 まあこういう環境でこそ作業も捗るのかもしれない。俺にはわからない領域だな。

 

 「んしょ、んしょ……」

 

 この肌寒い気温の中でもメルは相変わらず肌を露出させていた。彼女は今、重たそうにして丸太を運ぼうとしている。

 

 「手伝うよ」

 

 「わわわっ、そんな、嬉しいですけど申し訳ないですっ!」

 

 「いいからいいから、女の子一人にこんな重たいもの持たせられないよ」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 なんとか二人で協力して設置完了。てか、これ、見たときから思っていたけど……

 

 「めちゃくちゃデカいな……」

 

 俺の目の前に鎮座する高さ二メートル、直径一メートルはあるかと思われる丸太。というかもはや柱。

 

 俺は今からさっきの剣でこれを斬るというのか? なんだろう、急に自身が無くなってきた。

 

 「さあトートさん! スパーンといっちゃって下さい!」

 

 メルは期待の眼差しを向けてそのときを待っている。ああもう、こうなったらどうでもなれ!

 

 剣を構えてギフトを発動。

 

 瞬時に剣に関する情報が流れ込んでくる。

 

 「……」

 

 すると、その剣についての情報が、構成されている材質や用いられた製作工程等が先程実際に見たせいか一層正確に伝わってくる。

 

 もう、それだけで不安が無くなっていく。 この剣なら必ず斬れるという確信が生まれてくる。 生まれてしまう。

 

 「……はっ!」

 

 高く跳んで横薙ぎ一閃。さらには地面に着地するギリギリまで何度も何度も振り抜いていく。

 

 そして数秒後、丸太は思い出したかのようにその巨大なシルエットを崩れさせていった。

 

 

 「ほ、ほわぁぁぁぁ……」

 

 

 興奮と驚嘆の声を漏らすメル。

 

 俺はそんな彼女の方へ振り返って彼女に声をかけた。

 

 「ど、どんなもんかな?」

 

 「ススス、スゴいです! やっぱりトートさんはスゴいです!」

 

 「あ、ありがとう。 でもこれはやっぱりメルの剣の力だよ」

 

 「そ、そんなことないですよ!」

 

 メルは称賛の言葉をかけてくれるがあまり素直にその言葉を受けとる気にはなれなかった。

 

 その後、バラバラになった木片を二人で片付けた。途中、メルは少し興奮気味にまたあの話を持ち出してきた。

 

 「トートさん! これなら絶対最強を目指せますよ! どうですか!? バディ組んでくれませんか!?」

 

 「あ、えーっと、うーん…… ごめんもう少しだけ待ってもらってもいい?」

 

 俺は恐る恐るそう返した。 きっと相手はがっかりするかと思ったが、以外にも返ってくる反応は明るいもの。

 

 「……わかりました!」

 

 「ごめんね。 なるべく早く返事出来るようにするからさ。 ……にしても、俺が言うのものなんだけどメルは待たされて嫌じゃないの?」

 

 「トートさんにはじっくり考えてから決めてほしいなって! 決めるのを無理矢理急かしたって良いことないですから!」

 

 「……そっか、なんかありがとうね」

 

 どうして俺が返事を先延ばしにしたのか。

 

 普通なら俺の性格上即決でYESと言っているところだ。


 最強。 つまりその分野においてナンバーワンであるということ。 今まで俺が喉から手が出るほど望んでいた称号だ。

 

 ギフトとかいうチート能力があるから、今の俺にはその資格がある。 可能性がある。

 

 躊躇う要素なんてどこにもないはずなのに……

  

 「いえそんな! もともとお願いしているのは私ですから! それよりトートさん! もう暗くなっちゃいましたけど今晩はどうされるんですか?」

 

 「えっ? ああ…… そういや何も考えてなかった……」

 

 まさか鍛治作業があんなに時間がかかるものと思っていなかったからそんなこと考える余裕もなかった。マジでどうしよう。

 

 「……よかったら、泊まっていかれますか?」

 

 「えっ、いいの?」

 

 「はい! ちょうど爺ちゃんの部屋が空いていますから! そこを使ってください!」

 

 

 ああ、メルは本当にいい子だな。 普通才能のある奴って性格が悪くて嫌みったらしい奴が多いのに、この子は全くそんなことがない。

 

 きっと育て方が良かったのだろう。

 

 ありがとうメルのお爺ちゃん。部屋お借りします。

 

 俺は彼女からの誘いを甘んじて受けた。しかしこれが思わぬピンチを招くことになる。

 

 それは彼女が作ってくれた夕食を頂いているときのことだった。

 また蛇肉の丸焼きが出てきてほんの少しげんなりしているとメルは話題欲しさにこんなことを訊ねてきたのだ。

 

 「あの! 私トートさんのこともっと知りたいです! トートさんはいったい何をされている人なんですか!? 旅人? それともそれだけ剣の腕が立つからどこかの騎士団に所属しているとか!?」

 

 「え、え~っと……」

 

 しまった。今までの流れからして彼女が俺のことを知りたがるのはわかっていたはずだ。

 だがどうしたものか、時間がたくさんあったにもかかわらずこういう質問に対する回答を用意することを失念してしまっていた。

 

 流石にトラック事故に巻き込まれたと思ったらいつの間にかこっちに来ていて何故かイケメンになっていた高校生とは答えられない。

 

 そもそも、今日一日俺が彼女の側にいたのはその方がこの世界の情報を得やすいと考えたからだ。

 

 作業風景を見せてくれと言ったのもメルの申し出を検討するためではなくこの世界の技術レベルを確認するため。

 

 つまり俺の正体を明かすつもりはないということ。

 さんざんお世話になってしまっているがソレはソレコレはコレ、それはむしろ彼女を信用していないからとかではなく、正直に話した方が彼女に迷惑がかかってしまう可能性があるという理由によるものだ。

 

 例えば、どこぞの国の研究機関が異世界人の情報を聞きつけて捕まえにきて匿った彼女は罪人になる、とかな。

 

 だから本当のことは絶対に教えない。後ろめたさもあるにはあるがここは嘘をつくことにしよう。

 

 「あー…… 実はと言うとさ、俺もしかしたら記憶喪失かもしれなくて……」

 

 「ええっ!? そうなんですか!? どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか!」

 

 「ご、ごめんね……? でも言い出すのが怖くてさ、今やっとメルに言うことが出来たよ……」

 

 「そ、そうだったんですね…… そうとは知らず私トートさんに専属剣士の話なんてしてしまって、余計に混乱させちゃいましたよね…… ごめんなさいトートさん!」

 

 「メ、メルが謝ることじゃないよ! だからさ、自分がどこの生まれで何の仕事をしていたのかはよく覚えていないんだ。

 ついでに言うとここら辺の土地のこともあんまりよくわかってなくて、出来ることならその、文化とか歴史とか、そういうのを知りたいかなって……」

 

 「わかりました! そういうことでしたら明日にでも街に降りましょう! きっと色々知れますし、記憶を取り戻すいいきっかけになるかも!」

 

 ああ、こうなることはわかっていてもメルの純粋さが胸に刺さる。でも今は心を律さないと、正直者が美徳とされるのはせいぜい小学生までだ。

 

 結局俺達は明日の朝に街に降りる約束をし、俺は一足早く二回に上がり床につくことにした。

 

 しかし昼まで寝ていたからかそれともベッドが固いからか、どうにも寝つきが悪い。

 

 三回ほど浅い眠りを繰り返した俺は、尿意を覚えて一階に降りる。

 すると驚いたことに工房の灯りはまだついていて、覗いてみるとメルが作業をしていた。

 

 「……!」

 

 彼女は黙々と剣を打っている。

 

 昼間に見せてくれたのはあくまで俺のための実演。今彼女は何本もの剣を同時進行で作り進めていた。

 

 不思議だった。こんなに小さな女の子がどうしてあれほどに見事な剣を打てるのか。比較したわけでもないし俺自身剣に関しては素人でしかないが、それでも彼女が作っていた剣のどれもが素晴らしいと言わざるを得ない出来だった。

 

 それはきっと才能だけじゃない。毎日毎日、毎晩毎晩、寝る間も惜しんで努力しているからこそ彼女はその若さであんな剣を打てるんだ。

 

 「……」

 

 そのとき、俺は胸の内で何かざわつく感覚を覚えた。

 

 それは昼間に鍛治作業を見せてもらったときにも、その後試し斬りのために剣を握ったときにも抱いた感覚だった。

 

 いったいこの感覚は、この感情はなんなのか。探ろうとするが、どうやってもわかることはなかった。

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