第5話 俺は鍛治作業を見学した


 何故か緊張した空気。まるで異性に対する告白かのような。そんな雰囲気に思えるのは俺だけだろうか。

 

 「えっと、バディっていうのは?」

 

 「ご、ご存じありませんか!? バディというのは鍛治師の専属剣士のことで、鍛治師では入手できない強力なモンスターの素材をとってきてもらったり、鍛治師が作った剣を使って宣伝したりしてもらう人のことなんですけど……」

 

 うーん? つまりプロスポーツの選手とスポンサー用具メーカーの関係みたいなものか?

 たしかにそんなビジネスがあってもいいとは思うが、そういうのってスポーツしかりよっぽど隆盛じゃないと成り立たないよな?

 

 「大体はわかったけどどうしてそれを俺に?」

 

 「それは、トートさんが私の運命の人だからです!」

 

 「おっと大胆な告白…… 運命の人なんて、ちょっと過剰なんじゃ?」

 

 「いえ、そんなことないです! だってトートさんのギフトは大剣聖と同じ【千剣君主ソードマスター】なんでしょう? 不思議だったんです。私が作った剣をあんなふうに上手に使いこなせるのが! それに……」

 

 メルはまだ何かを言いかけようとしたが、俺は一つ引っ掛かることがあったので相手の言葉を遮り質問した。

 

 「ちょっと待ってよ。それじゃあまるで君の剣は普通の人には扱えないみたいじゃないか」

 

 「えっ? あっ、そ、それは…… お恥ずかしながらその通りで……」

 

 しまった。もしかするとこのことは彼女にとってコンプレックスだったりするのか?

 どこか後ろめたい様子な辺り、突っ込んではダメなことを突っ込んでしまったような気がする。

 

 「ご、ごめん。なんか変なこと聞いちゃったね」

 

 「いえ、いいんです。 それであの、専属剣士の剣は……」

 

 「あーうん。そうだね、ちょっと突然のことで俺もどうお返事したらいいものか……」

 

 「ご、ごめんなさい。そうですよね、いきなりこんなこと言われても困りますよね」

 

 「あ、いや、そんなに落ち込まないで。うんとそうだなぁ、それじゃあこうしよう。 俺はまだ会ったばかりでメルのことを全然知らないからさ、色々教えてくれないかな」

 

 「わ、私のこと……?」

 

 「そうそう! バディなんて大それた関係になるならさ、お互いのこと知るのは大事でしょ?」

 

 「で、でもどうやって?」

 

 「そうだね、それじゃあまずは剣を作っているところ見せてよ!」

 

 「……ふぇ?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 「そ、それじゃあはじめますよ……?」

 

 「ばちこい」

 

 

 場所は移って一階の工房。おそるおそるといった様子でメルが作業に取りかかる。

 

 ほんの数分前の話だが、彼女は少し待っていてくれと俺に言って、少しの時間の後に服装を変えて戻ってきた。

 それはいわゆる作業着だ。手には厚手のグローブ。シャツなどは着用せず、サンドカラーのオーバーオールにベルトブラ。

 頭にはトレードマークとも言うべきカーキグリーンのバンダナを巻いて髪も後ろに結ってある。

 

 なんだこれは、本人は気がついていない様子だがあまりに性的すぎるだろう。

 大体なんだよ乳バンドって、歳のわりにけっこう大きいことを知ってしまった俺はいったいどんな顔をすればいいんだ。

 

 ま、まあ、流石に推定十歳に欲情するような変態じゃないさ。平常心平常心、俺の頼みでせっかく彼女が頑張ってくれるんだから邪な心でいるのはあまりに失礼だ。

 

 なんて、俺が精神統一をしている間にも作業は進められている。

 

 彼女は工房の中心にあるピザ釜のようなものに向かって火の準備をしているようだった。

 

 「これは?」

 

 「鍛治炉です! 工房の心臓部と言っても過言ではない重要な機材ですね! これで素材となる金属を加工できる温度まで温めていくんです!」

 

 「ほぉぉ、それっていったいどれくらいの温度?」

 

 「ベースとなるエメテル鉄の融点が千五百度なので火はそれくらいですね!」

 

 「千五百度!? とんでもないな! もしこの中に手を突っ込んだりしたら……」

 

 「あはは! 間違いなく死んじゃいますね!」

 

 俺の何気ない質問に、少女は笑ってそう返した。 どうやらもうこういう作業は慣れているようで、特に怖がったりすることはない様子。

 

 「でも、どうやって千五百度もの温度を?」

 

 「大事なのは炭と空気です! うちは昔からマスクア地方で採れる天然煉炭を使用していて、これを使うと最大二千度の超高温にもなるんです!」

 

 「二千度…… すごいな…… それで、空気っていうのは?」

 

 「主にその日の空気中の水分量のことですね! 雨の日なんかは湿気ていて鍛治をするのには向いていません! 他にも空気を送り込むタイミングやペースなんかも大事です! これが上手くいかないとどうしても温度が上がらなくて!」

 

 「へぇぇ…… つまり打つ前からもう鍛治は始まってるわけだ」

 

 「そです! 爺ちゃんが言ってました! 炉組み十年、打ち八年、されども剣の道に終わりなしって!」

 

 メルはポンプのような器具を使ってどんどん空気を送り込んでいく。

 ちなみにそれはリットーリザードと呼ばれるモンスターの胃袋で作られたものらしく、耐火性に優れ湿気を取り除いてくれる効果があるとのこと。

 

 「あっ、そろそろいい頃合いですね!」

 

 火かき棒で炭とさをいじっていると彼女は元気にそう言った。

 

 そしてやっとく鋏を使って炉の中に金属の延べ棒を差し込んだ。

 

 「これがさっき言ってたエメテル鉄?」

 

 「そです! 安価で手に入るのに加工はしやすい、さらには耐久性も高いと大変えらい金属なんですよ!」

 

 「大変えらい金属か!」

 

 「大変えらい金属です! さて、ここからが腕の見せどころですよ!」 

 

 いよいよ刀剣鍛治のメイン、鍛剣だ。この作業の意味としては叩くことによって金属中の純度と密度を上げることにあるらしい。

 そして熱いうちにどれだけ正確に素早く叩けるかが重要らしく。 やっとく鋏で鉄を取り出し金床と呼ばれる台の上に置いてからのメルの動きは早かった。

 

 「おおすごい、みるみるうちに剣の形に……」

 

 「……!」

 

 カンカンカンと、金属がぶつかり合う小気味のいい音が続く。

 

 彼女はもう俺の言葉に何か返事をしたりするようなことはなかった。

 ただ一心不乱に大小二種類のハンマーを使い分けて整形していく。

 興味本位で少し顔を覗くとメルは少し笑っていた。とても楽しそうな様子だった。

 

 「ふう……」

 

 数分後、一通りの目処がついたのかメルは顔をあげては額の汗を腕で拭った。

 

 「おつかれさま、すごい集中力だったね」

 

 「あっえっあっ、す、すみません、私昔っからこうで……」

 

 「何も謝らなくたっていいじゃないか。 メルが楽しんでいるのが伝わってきて良かったよ」

 

 「そ、そうですか!?」

 

 メルは少しだけ表情を緩ませる。

 

 「それで、もうこれで剣は完成?」

 

 「他所ならそうなんだと思います! けど、ここからが私のこだわりポイントです!」

 

 「こだわりポイント?」

 

 「はい! このゲルノチァ金をつかってコーディングしていくんです!」

 

 ゲルノチァ、なんとも酔狂な響きだ。

 

 メルは威勢よく白銀色の丸い金属を取り出しそう言った。自信のある様子。なるほど、どうやらこの一手間に強いこだわりがあるようだ。

 

 「その心は?」

 

 「剣が錆びにくくなります! あと刃こぼれが起きにくくなりますね!

 あとゲルノチァは熱に強い特性があるのでドラゴンのブレスを受けても溶けてダメにならないようになります!」

 

 「おお、思ったよりも大事な効果だった」

 

 

 メルはまず炉の温度を二千度付近まで上げて、それからゲルノチァ金を温めた。いや、温めたというよりかは溶かしたと表現する方が正しいだろう。

 

 どろどろの光る粘液と化したそれは、まだ熱を持ったままの鉄刀身にかけられていく。

 

 「これで約一時間ほど、ゆっくり温度を下げて八百度になるまで待ちます!」

 

 「どうして温度を下げる必要が?」

 

 「そうしないとエメテルとゲルノチァが接合しないんです! 不思議ですよねえ、八百度のときだけくっつくなんて~」

 

 「なんかさらっと言ってるけど、ものすごく根気のいる作業だよねこれ。 目を離したり出来ないんでしょ?」

 

 「もちろん! 急に温度が下がったりしないように付きっきりで見ておかないとです!」

 

 「大変だなぁ……」

 

 そうこうしながら待機すること一時間。

 

 二つの金属がくっついたのかは目視ではわからないが、バケツに張った冷却水に刀身をつけるとしっかりとした棒状の金属が姿を現す。

 

 「や、やっと完成か……」

 

 「いいえまだです! 形が悪いのでヤスリで削って、最後に砥石で研磨して完成です!」

 

 「ひ、ひぇぇぇぇ」

 

 結局完成したのはそこからさらに五時間が経過した後だった。

 

 やべえ、やべえよ剣作り。

 

 こんな根気のいる作業。 飽き性気質のある俺にはとても真似出来そうにない。

 

 いや、この子が病的に凝り性なだけなのか?

 

 何にせよ彼女が冗談なんかではなく本気で最強の剣を目指していることはよくわかった。

 

 なるほど、伊達に最強を目指していないな。

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