この勇者にしてこの勇者あり ~バグりきったワンダーランド~

林部 宏紀

この勇者にしてこの勇者あり 

 三年前、勇者により大魔王は倒された。それにより魔物達は大人しくなり、世界に平和が訪れた。しかし三年後、大魔王と呼ばれる存在が再来。新たな大魔王は魔物達を率い、とある王国に侵攻しようとしていた。それを受け王国の女魔術師シャラは、神剣を持つ勇者を迎えに付近の町へ急行していた。

 神剣カリバーン、それは神によって選ばれた勇者にしか触れることができない剣とされており、その剣を持って大魔王を打ち倒した勇者バラックが一年前に姿をくらませた後、彼の息子に受け継がれたといわれていた。


「うわ~んいやだよー! 死んじゃうよ~!」


 勇者はシャラに強引に引きずられて町を出ようとしていた。


「俺勇者になる気なんてなかったのに、ノリで剣持ってみたら持てちゃってさ……確かにこの剣はよく切れるよ!? けどだからって、それだけで魔物となんか戦えるわけがないじゃん! コワイヨ――!」

「どんな勇者よ」


 泣き喚いてごねるも、にべもなく一刀両断される勇者。


「とにかく、神剣を持つ勇者である以上、アンタに拒否権なんてないわ。さ、大魔王軍と戦いに行くわよ」

「いやぁああ~!」


 勇者リィノの悲鳴が虚しく町にこだました。


 リィノ、勇者バラックの息子。神剣を受け継いだ勇者だが、元来、少々頼りない普通の少年。顔だけは悪くない。

 シャラ、王国随一の魔法使い。少々トボけた顔立ちをした美少女。天然だったりもする。



 ともあれ、王国へと移動し始めた二人だったが、しかし道中の草原にて、そんな二人の前に、動く死体型の魔物、腐った死体が現れた。


「お、出たなモンスター。さ、シャラさん、さっさと魔法で焼いちまってください」

「臭いが移るからムリ。レディに気を遣いなさい」

「え――っ!? じゃあどうすんだよ!?」

「あんた仮にも勇者でしょ?」


 男を引きずる腕っ節を見せておきながら、今更なウザい乙女心をチラつかせてくるシャラのことを諦め、リィノは自ら剣を取った。


「くそっ、こうなりゃ俺がやってやる。こちとら神剣を持つ勇者様よ、こんな相手に負けるはずがねぇぇ――っ!」



 数秒後、リィノは相手が吐いた腐った液体まみれになってKOされていた。


「弱……」


 見下げ果てたシャラの白い視線が、勇者なのに弱すぎるリィノに突き刺さった。


 勇者に勝ったしたいは、奪った神剣をごきげんに振り回していた。


「……な、なんでくさったしたいが神剣持ててるんだよ」

「もうしたいさんが勇者ってことでいいんじゃない」

「ナル! ナル! オレユウシャニナル!」

「おおっ、なんという意欲。あんたしたいさんに勝るところないわね。私、もう彼と旅するからいいわ」

「うう……なんかしたいさんに地位も女も取られたみたいで屈辱……」

「大丈夫よ。彼が勇者バラックの息子リィノだってみんなには言っておくから」

「大丈夫しゃねえよ! なにが大丈夫なんだよ! 唯一残った名誉まで奪っていこうとしてんじゃねえよ!」


 あやうく全てを失いかけたリィノだったが最後のところで踏み止まり、土下座で頼み込んで、シャラに火魔法でしたいさんを火葬してもらい、なんとか剣を取り返して二人は旅を続けた。



 そうしてついに王国の城下町へ着いた二人だったが、しかしその時には大魔王の大軍もまた、そこへ辿り着こうとしていた。


「これじゃ市街戦になる。町の人を守りながらの戦いとなると勝ち目がないわね……」


 それを目にし希望を失いかけたシャラに、リィノは活路を示すべく言った。


「いや待て。こんなこともあろうと策を用意してきた。こうして付けヒゲを付けて髪をオールバックにして顔にシワを描けば……」

「おおっ!? 勇者バラック様にそっくり! さすが親子ね!」

「この姿でモンスター達を威圧して追い返す!」

「なるほど! 頼んだわよ!」



 数分後、リィノは父・勇者バラックの姿を借りたまま、モンスター達に土下座をしていた。威圧が全く効かなかったことを受けての命乞いである。


 そんな彼に白い視線を送るシャラ、及び勇者バラックの帰還に歓喜の声を上げていた住民達。親の威を借りて勇者たる親の名を汚すドラ息子リィノ。



「なぜ威圧が効かなかったのか教えてやろうリィノ」


 その時、ふいに魔物の群れの中からリィノの名を呼ぶ者が。



「本物のワシが新しい大魔王だからじゃ」



 群れの間を割って姿を現した者は、他ならぬ父バラックその人であった。



「オメーが新しい大魔王なのかよっ!?」



 リィノ、及びシャラ、住民達は瞠目して驚いた。


「いやいやなんでだよ!? なんで大魔王なんかになってんだよ!?」


 混乱しつつ問うリィノに、バラックは過去を回想しながら語った。



 大魔王討伐から一年後、バラックは謁見の間にて国王に土下座していた。


「カッコ付けて大魔王討伐の恩賞を辞退した件、死ぬほど後悔してます! やっぱりあのお金下さい!」


「え~、もう国家予算組んじゃったよ~。今更言われてもムリ」


「そこを! そこをなんとか!」


「ムリ。一度カッコ付けたなら、そこ貫けよ、勇者なら」


 勇者渾身の懇願は、国王ににべもなく却下された。


「お父さん……カッコ悪過ぎるよ」


 その光景を、まだ多感な年頃だったリィノは、胸を詰まらせながら見詰めていた。


 その後、バラックは城下町の店にて、今度は店主に土下座していた。


「お願いします! どうか雇って下さい!」

「え~、正直手に余るよ……恐れ多くも勇者様の扱いなんて」


 勇者渾身の懇願は、店主に無下に却下された。見下げ果てた父の姿を、多感な年頃のリィノはもはや白眼視していた。


「まさか一年もしない内に生活費が底をつくとは……救世の英雄が国にいたらみんな気遣うかと思って、カッコ付けて人里離れた山小屋で暮らし始めたのが失敗だったな~」

「うん、誰もアンタのこと重んじてないしね」


 その後、父子は自宅の山小屋に戻って反省会。


「そうだ、お金に困ってるなら、一緒に旅した仲間達に相談してみたら?」

「いや、あいつら今どこにいるのかも知らんし。大魔王倒したらみんな三々五々バラけていったから」

「え――っ!? 大魔王打倒の旅を共にした友情は!? 絆は!? どんだけ人望ねーんだよアンタ!」

「ない。あ~あちくしょう、どこの店に頭下げても就業空白期間が~、とか言われるしよ! なにが空白期間だよ! こっちは大魔王倒す旅に出てたんだっつーの!」

「こっちがちくしょうだよ」

「子供の頃、何にでもなれる真っ白な自分という言葉が好きだった。今は履歴書の空白期間のせいで何者にもなれない」

「うるせえよ」

「おまけに、そんなこんなしてる内に見放されちまったのか、神剣も独りでに元の台座に戻っていっちまったしよ」

「当たり前だわアホ」



「こうして世界を救ってしまったばっかりに疎まれたワシは、ひねくれて大魔王となり、世界を滅ぼすことを決意した」

「このやろう」


 開き直る父に見下げ果て直した息子。


「頭来た。身内の暴挙は看過できん。なんとしてもお前は俺が倒す」


 あまりの情けなさに怒りが沸いてきたリィノは、そう宣言しながら神剣を構えた。


「ん? 神剣? お前が神剣受け継いだの?」

「まぁな」

「……なにそれこわい。もれるわ~」


 それを見るや、バラックは神剣を持ち勇者となった息子にビビり、足がすくんでしまった。


「……今はまだ勇者と戦う準備が整っておらぬ。だがいつか必ずワシの部下がお前を倒す。その時までさらばじゃ」

「部下かい。自分でやる気ゼロかい」


 自分の遺伝子を継ぐ者が神剣を手にした。そのポテンシャルの恐ろしさは、バラックが一番よくわかっている。そうして、バラックはこの場での勇者との直接対決を避け、国から引き上げてしまった。その様子を見た魔物達もバラックの後に続き、ひとまず国難は去った。


「どうなってるのよ、あんた達親子は。いい加減にしなさいよ」


 この子にしてこの親あり、な親子にシャラがツッコミを入れたところで、住民達を含め、みな一様に脱力した。みな、かつての英雄の痛々しい姿に嘆息し、素直に国が救われたことを喜べないまま終わった。


 いや、リィノ達の戦いは、まだ始まったばかりであった。

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