第6話 平和の象徴ハト、石川啄木

「やっちまった……」


 昼休み後の掃除の時間、安西広二は、また悪ふざけをしてやらかしてしまった。


 教室にて、ほうきをバット、黒板消しをボールにしてクラスメートと遊んでいたら、後ろの棚の上に置いてあった初木の提出前の美術課題、紙粘土細工に当てて、落として壊してしまったのだ。


 クラスメートは即座にずらかったが、安西は友人としてそうはいかない。


 しかし、これは怒られる。


 安西は真っ青な顔で一計を案じ、自身の紙粘土でブサイクなハトのオブジェを作り、代わりにとばかりに棚の上に置いた。



「面目次第もございません」


 安西は土下座をして、初木に事の経緯を説明した。


「なるほど、つまり安西は掃除を怠けて遊んでいたせいで、私の作品を壊してしまった、と」


 問いただす初木の顔はいつものようにクールだが、そこには確かな怒気が感じられた。


「はい、大変申し訳ございません。これよりは心を入れ替え、働きアリのように真面目一筋に生きたいと存じます」


「なるほど、働きアリ。安西、働きアリは実際のところきちんと働いているのは全体の二割。そして、そういったアリだけを集めても、またその内の八割は怠けて働かなくなるものなの。つまり、安西は全く反省などしていないということなのね」


「ええーっ!? イメージと違うーっ!」


 まさかの働きアリの実体に意表を突かれ驚く安西。


「ですが、い、いえ、けっしてそのような意味では! ええとその、すいません油断しました。やわらかい黒板消しならなにか壊れたりはしないだろうと」


「黒板消しは背中側が硬いじゃない。それに、油断ですって? 油断という言葉は、昔のインドの暴君が、家臣に口まで油でいっぱいの壺を運ばせて少しでもこぼしたら死刑だと命じて刀を突き付けたことが由来なのよ。元来、命がけで細心の注意を払うという意味なの。口にした以上、それなりの不注意の代償を支払ってもらうわよ」


「え―――っ!?」


 怒った初木と話すと、どの言葉が地雷になるかわからない。


「ところで安西、代わりにとばかりに置いてある、このブサイクなハトの置物は一体なんのつもりなの?」


「いえ、その、ハトは平和の象徴なので、これを見たら和んで許してくれないかな、と。ハハハ」


「そう。ハトが平和のシンボルとされることになったのは、旧約聖書の一説、人類の堕落に怒った神が大洪水を起こして人類を滅亡させたが、人の良いノア一家だけは方舟に乗せて助けた。その後ノアがハトに洪水が引いたことを教えてもらい地上に降り立ったエピソードが由来なのよ」


「え? 平和って人類壊滅のことなの?」


「まして堕落したあなたに方舟は来ない」


「え―――っ!?」


 逆効果だった。


 激おこの初木の命により、その日からしばらく、一人で初木の分の掃除も務めることになってしまった安西。やってもやっても終わらないが、さぼると初木にホウキで撲殺されるのでやめるわけにはいかない。


「働けど働けど、なお我が生活楽にならざり。ぢっと手を見る」


「その短歌で有名な石川啄木は、実際はまぁまぁの給料をもらっていて、当時かなり高価だった卵で頭を洗い、『なぜそんなことを、食べたらいいのに』と聞かれると『こうすると頭が良くなるのだ』と不可解な答えを返していたらしいわ。そんな歌を口にしたところで、誰も憐れんでなんてくれないわよ」


「ええ~……」


 怒れる初木は厳しかった。


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