雑学ちゃんは奇行が愛おしい
林部 宏紀
第1話 勝海舟、タイタニック
「安西、あなたさっきバッティングのコツを教えてくれなどと野球部に頼んでいたでしょう?」
「ああ、今度の球技大会で野球やることになったんだ」
「……ふぅ、安西、コツという言葉の語源は骨肉の骨、人体の基礎たる骨のことなのよ。すなわち、コツという言葉は元来、基本を意味する言葉なのよ」
「お~さすが初木、歩く参考図書。つまりキャリアの浅さをごまかしてくれるようなものはない。基本を重んじて練習を積むのが物事のコツだってことだな」
「ええ、素振りでもしてなさい」
「りょうか~い」
放課後、帰宅途上、今日も今日とて初木は安西にうんちくを垂れているのであった。
「ちなみに、今『ごまかし』と言っていたけれど、ごまかしという言葉は、昔のゴマ菓子から来てるのよ。小麦粉にゴマを混ぜて練った生地を焼くとふくらんで、見た目のわりに中がスカスカだった様から」
「なるほど。奥深いなぁ。日本語の語源」
「ちなみに、『ようかん』は元々羊肉の煮こごりのことだったのよ。だから漢字にすると「羊羹」と書くの」
「ちなみにで話が飛びすぎてない!? でもマジかよ。たまげたなぁ」
「けれど、昔のお坊さんはお肉を食べなかったから、代わりに小豆を使ってそれを作ったの。と、むしろそちらの方が定着してしまった、というわけね」
「なるほど! そういう成り立ちだったのかぁ」
こんな時間が二人にとってかけがえのない一時だったりする。
そして、球技大会当日、安西が出場する野球の試合が始まるという段になっても、安西のチームはまだポジション決めに難渋していた。
野球経験者無しのチームなのだが、そんなチームだと一際特殊なポジションであるキャッチャーをやりたがる者がいないのだ。
「よし、じゃキャッチャーは俺がやるよ。みんな大船に乗った気でいなさい」
なので、安西は自ら名乗りを上げ、キャッチャーを引き受けた。
自分の出番がまだなので安西の試合を観に来ていた初木は、その様子を見て、泥舟でしたってオチにならなきゃいいけどと不安しか覚えていなかった。
ポジションが決まり、ようやくプレイボール。
投手の初球。速いストレートがスイングした打者のバット下にかすり、にわかに軌道が変わる。これには安西、全く反応できない。ボールは勢いよく安西の股間に着弾。悶絶する安西。そのまま救急車で病院へと運ばれていった。
「まさか初球リタイアとはね。大した大船もあったものね安西」
病室にて、安西、お見舞いに来た初木に茶化されても、面目次第もなく死んだ目を浮かべ何も弁解できない。
「安西、今日のあなたは子供の頃に病犬に股のボールを噛まれて死にかけ、以後大の犬嫌いになった勝海舟を彷彿とさせたわ。日本人のみでアメリカに渡航すると意気込んで艦長を務めたものの船酔いして帰ると駄々をこねるだけだった、結局アメリカ人に任せることで渡航を成功させた勝海舟を」
「なんだよそいつ。全然名が体を表してないじゃん。負海舟じゃん」
「大船気取りで撃沈したお仲間として、あなたは今日から負海舟と名乗りなさい」
今日は茶化されても面目次第もなく、死んだ目を浮かべ何も弁解できない安西。
「大船撃沈といえば、タイタニックって事故保険金を得るためにワザと沈没させたという説があるのよ。そもそも沈没した船もタイタニックじゃなく、過去に事故を起こしダメージを受けていた姉妹船だとも」
「マジで!?」
突然興味深い話をぶっこむ初木。食いつく安西。
「それらの根拠としては、タイタニックのオーナーとその仲間たちが、なぜか直前になって乗船をキャンセルし別の場所に旅行に行っていたこと、別の船から再三氷山警報が出ていたのに回避していないこと、なぜか見張り用の双眼鏡が入ったロッカーの鍵が持ち出され使えなかったことなどが挙げられるわ。また、船体が折れたのは氷山が当たったのとは別の場所だったという説もあるわ」
「マジか~。確信犯だとしたら大事だぞ……」
と、そこでチームメイトが病室に試合の報告にやってきた。
「おー安西、お前の代わりに入った奴の活躍で優勝したぞ~」
……微妙な空気が病室に流れた。
「安西、あなたという大船は沈没することでかえって渡航を成功させたわ。いない方がうまくいく。さすが海舟の再来ね」
今日は茶化されても面目次第もなく、死んだ目を浮かべ何も弁解できない安西なのだった。
(お読み頂きありがとうございました。次回から上品な内容となります(笑))
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