第24話 〜あるカラオケシンガーのメモワール〜

    〜フィリピン〜


    =一九八四年=


       九月  



      〈二四〉



  「セブ島での話に戻ると、トゥリーナ」。高野さんは―たぶん努めて感情を抑えながら―静かに言った。「あの島で僕は、実はもう一個所訪ねているんだ。…それは、エヴェリンが小林に〔作業場〕として報告していたところで、セブ市の南西の外れにあることになっていた。

  「小林とエヴェリンの関係、小林の彼女への不信…。そんなことを矢部から聞いたあとだったからね、僕はもう、小林のために働くという気をほとんどなくしていたんだけど…。だってそうだろう?小林は自分の愛人をそんなふうに疑ったんだよ。そんな類の疑いって、いったん抱いてしまうと、トゥリーナ、仮にだれかが〔疑う理由はなさそうだ〕と報告したところで、簡単には消えないんじゃない?」

   わたしは何も言わなかった。〔消えない〕と決めつけてしまえば、わたしと克久の接点が消滅してしまいそうな気がしていたからだった。

  「小林は、矢部を通じて僕に〔システム〕のチェックを頼むことにしたとき…」。わたしの反応にはかまわず、高野さんはつづけた。「たぶん、〔システムは存在していなかった〕〔ミスター・フェルナンデスなんて人物はいなかった〕〔セブ港オフィスは見つからなかった〕というような報告を僕にしてもらいたかったんだと思うよ。そういう報告があるはずだと思い込んでいたと思うよ。そういう報告を聞いて、自分の疑いは当っていた、自分が注意深かったからあれ以上カネを失わずにすんだ、みたいに自己満足したかったんだと思うよ。…そうだとすれば、トゥリーナ、仮に僕が〔ちゃんとしたシステムがあった。システムは実用的なものだ〕と報告したところで、小林は信じなかったんじゃないかな。〔高野という男はあんなふうに報告してきたけども〕といった具合に、結局は、エヴェリンを疑いつづけたんじゃないかな。…だったら、僕がその〔作業場〕を訪ねる―小林のために働く―意味はとうになくなっていた、というよりは、初めからなかったわけだよね」

          ※

  「なのに、僕はエヴェリンの〔作業場〕を見ておきたかった。彼女がそこに構えたものを直接自分の目で見て、彼女が自分のビジネスにどれほど真剣に取り組んでいたのかを確かめておきたかった。…マクタン島でミスター・フェルナンデスに会い、セブ港オフィスでガブリエルと話したあとだったし、僕はその〔作業場〕では彼女の真剣さ、真摯さが感じ取れるはずだ、とほとんど信じていたんだ。

  「もっと言えば、トゥリーナ、僕は、エヴェリンの真摯さが確かめられたら小林をあざ笑うことができる、とさえ考えていたかもしれない。〔あんたって男はいったい…〕ってね。…あのときの僕は、小林の頼みを聞き入れてそんな手伝いをしていた自分にずいぶん腹を立てていたからね。

  「だけど、〔作業場〕を訪ねると決めたあとでも、〔オフィス〕のガブリエルに電話をかけるのは、気持ちの上では楽じゃなかったよ。なぜって、自分の気持ちがどうであれ、僕は、ほかでもない、〔そんな〕小林のために、自分の身元をいつわって、つきたくない嘘をいくつもつきながら働いていたわけだからね。そんなところへ、もしガブリエルが気を変えて、僕に、日本にいることになっている僕の顧客ともビジネスをしたいから仲介してくれ、と頼んできたら、どうすればよかった?僕はさらにでたらめな、新たな嘘をつかなければならなくなっていただろう?

  「いや、トゥリーナ、最初にセブ港の〔オフィス〕に行ったときには、行く前に僕は、それなりに腹を決めていたんだよ。ビジネスというのはクールなものだから、いくらかの嘘は許される、と考えていたし、もし〔オフィス〕が望むなら、僕の架空の顧客のために貝殻見本を受け取ってもいい、とまで思っていたんだよ。だけど、矢部から話を聞いたあとでは、事情は違っていた。

  「実際に、ガブリエルがくれた名刺にあった〔オフィス〕の電話番号をダイアルし始めたときでもまだ僕は、その〔作業場〕へ案内してくれと彼に頼むかどうか心を決めかねていたよ。アドレスは分かっていたんだから、直接〔作業場〕に行くという手もあるのだ、そうすればガブリエルにはもう嘘をつかなくてすむのだ、エヴェリンのことを知らない振りをすることはないんだ、などという考えが頭に浮かんでね。

  「だけど、ガブリエルに隠れてこっそり〔作業場〕を訪ねるというのは、結局は、前についた嘘に新たな隠し事を重ねることだった。僕が訪ねたことは〔作業場〕にいる人物からたちまち〔オフィス〕に伝えられるはずだった。〔新たな隠し事〕はすぐにガブリエルに知れるに違いなかった。

  「そんなふうに考えているときだったよ、トゥリーナ、ガブリエルからもらっていた名刺にロゴタイプされていた、エヴェリンの会社の名が改めて僕の目に入ったのは。…[ノラスコ・シェル・ディストリビューション]。自分がつくりあげたシステム、自分の会社に彼女がどれほど大きく賭けていたか、彼女の夢がどれだけ大きかったかを、その名はこの上なく明らかに示しているように僕の目には見えたな。…僕はどうしても、つまり、ガブリエルに何か新たな嘘をつくことになっても、〔作業場〕を見ておくべきだと思ったよ」

          ※

  注文された飲み物をテーブルに運ぶウェイター、レイモンドや、ステージで歌う客などに向かって視線は絶えず動いていたけれども、高野さんは[さくら]の中の動きに気を奪われることなく、自分の話をつづけていた。

  「電話に出たガブリエルは、僕がまだセブ市にいると知って驚いたようだった。だから、僕は〔ほとんど楽しめなかった〕とは言わずに、その間の二日間をどうやって過ごしたかを、つまり、道教寺院やカルボン市場などを見物して回ったことを、彼に告げた。…彼は変にいかめしい口調でこう反応したよ。〈地元の人たちが築き上げてきたものや、地元の人たちがどう生きているかを直接見ておくと言うのは、ミスター高野、あなたのビジネスにとってもいいことですよ〉

  「それまでフィリピンに来たことがない、エヴェリンのビジネスパートナー、小林への皮肉なのだ、と僕は受け取ったけれども、その皮肉は、そんな小林のために動いていた僕にも、トゥリーナ、ずいぶんきつく聞こえたよ。だから僕は急いで話題を変えてしまった。〈ところでガブリエル、君はこのあいだ、ボタンの原料となる貝殻を直接漁民から買いつける用意ができている、と言ったよね?〉

  「ガブリエルが〈ええ〉と答えたから、僕は間を置かずに〈だったら、日本へ送り出す前に一時的に貝殻を置いておく倉庫みたいなところがあるわけだよね〉と、〔作業場〕のことを知っていることは隠して彼にたずねた。彼は答えた。〈ええ。でも、あれは倉庫というよりは、島の南部で買いつけた貝殻を、日本へ輸出する前に、洗って殺菌するための施設なんです〉。僕はもうためらうことなく、〈そこを見せてくれないかな〉と頼んだ。…僕が予想してなかったことだけど、彼が〈いいでしょう。案内しましょう〉と応えたのは、ちょっとのあいだ躊躇してからだったよ」

          ※

  「その〔作業場〕も〔ある〕とされていたところにちゃんとあった」。高野さんは言った。「エヴェリンの〔報告書〕に〔作業場責任者〕と記されていた、彼女のもう一人の兄、ローランド・ノラスコも間違いなくそこにいたよ。

  「率直に言えば、トゥリーナ、この〔作業場〕と呼ばれていた場所は、オフィス用の仕切られたスペースがひと隅にある、空っぽの小さ目の納屋、とでも呼ぶのがふさわしいもので、中には、貝殻を洗って殺菌するための作業台も排水溝も、机も電話も、何もなかった。まるで、小林からもらっていた資金がちょうどそこのところで切れてしまった、とでも言っているみたいにね。

  「でも、僕が驚いたのは、そんなふうに空っぽだったということではなかった。そうではなく、その〔作業場〕のもう一方の隅にあった容器の小さな山だった。…容器にはそれぞれ、僕には馴染みのない薬品の名が記されたラベルが張ってあった。日本へ送り出す前に貝殻をその薬品で殺菌するのだとローランドは僕に説明してくれたよ。

  「いや、ローランドは実際に、その薬品と真珠貝みたいな貝殻を使って、どんなふうに殺菌するかをやって見せてくれたんだよ。…ただ〔真剣〕というだけでは足りないぐらいの真剣さでね。その薬品をマニラで入手する際や、その薬品をセブに持ち込み、島内で保管・所有し、使用するための許可をもらうに当たって、エヴェリンがどんなに大変な思いをしたかを僕に話していたときのローランドは、さらに、それ以上に、真剣だった。

  「ローランドがそこまで真剣だったわけはまだよく理解できていなかったけども、トゥリーナ、僕には、薬品容器の小さな山は、とにかく、彼らが自分たちのビジネスにどれだけまじめに取り組んでいたかをりっぱに証明しているように思えたよ」

          ※

  「それほどまじめに取り組んでいたにもかかわらず、ローランドにも、やはり、自分の役割を果たすために必要なカネがなかった。ベニートとガブリエルがそうだったようにね。でも、彼の態度はガブリエルが〔オフィス〕で見せたものとはずいぶん違っていたよ。カネがないことを彼はガブリエルの何倍も不満に思っていたんだ。準備ができてから半年間ものあいだ自分に発注してこない小林の無責任さに、彼は立腹しきっていたんだ。

  「そして、そこまで立腹する特別の理由がローランドにはあった。…彼は島内の漁民たちに〔この事業がひとたびスタートしたら、かなりの量のボタン用貝殻を定期的に買いつける〕と約束して、すでに貝殻の収集を始めさせていたからね。始めさせていたにもかかわらず彼らからまだ一枚の貝殻も買っていなかったからね。そのことを、彼はひどく恥じていたからね。彼が僕に〈すっかり面子をなくしてしまったよ〉と言ったのは、トゥリーナ、二度や三度じゃなかったよ。

  「ローランドがそんな不名誉な状態に陥っていること―フィリピンのある島で一人の人間の暮らしがそんなふうに展開していること―を小林が知らないでいるという事実は、僕にはやはり気持ちのいいものではなかったな」

          ※

  「ローランドが僕に―小林とおなじ日本人に―聞いてもらいたかったのは、自分が陥っている〔不名誉〕な状態のことだけではなかった。…〔作業場〕で見たり聞いたりしたことを胸の中で整理しきれないまま、僕がそこを去ろうとしていたとき、彼はこんなことをつぶやいたんだ。〈ベニートもガブリエルもおなじだけど…。俺たち、もう何か月も無収入で暮らしているんだ。〔彼〕が給料を送ってこないからね〉

  「僕は、正直に言うと、トゥリーナ、彼らの給料のことなど考えてもいなかった。ほとんど空っぽの〔作業場〕を見たあとでも、つまりは、〔ちょうどそこで〕小林のカネが切れたんじゃないかと感じたあとでも、だれかの給料のことなど、僕の頭には浮かんでこなかったんだ。

  「ローランドは口調が皮肉なものになるのを抑えきれないまま、こう言い足したよ。〈もう隠しておくことではないからね。そう、俺たちは、個人としては、それぞれ、とっくに破産しているんだ。貝殻のビジネスを実際に始める前だっていうのにね。俺はいいよ、女房がタリサイの市場で小さな果物屋をやっているから、また〔主夫〕に戻って、子供たちの面倒を見てればいいんだからね。だけど、ベニートとガブリエルは新たな仕事を見つけなきゃならない。こんな経済のときだから、簡単じゃないよ。ベニートは旅行代理店での安定した仕事を放り出してこのビジネスに飛び込んできていたというのにね。…なんでこんなことになってしまったんだろうね。俺には分からないし、もうどうでもいいことだけどね。…いや、分かっていることが一つあるよ。あんたが数日遅れてセブに来ていたら、ミスター高野、俺やガブリエルとは出会っていなかっただろうということ。ああ、ここもオフィスも、もうすぐ閉鎖してしまうんだ〉

  「ローランドが貝殻の殺菌・洗浄の仕方をあんなに真剣に僕に説明したり、エヴェリンが薬品を入手するのにどんな苦労をしたかをあんなに熱心に僕に話したりしたのは、トゥリーナ、実際に運営することなしに〔彼の作業場〕を閉鎖してしまわなければならない悔しさを僕に伝えたかったからだったんだね」

          ※

  「僕はガブリエルの方にゆっくりと向き直った。…胸の中で自分に〈〔作業場〕と〔オフィス〕を閉鎖するというのは、つまり、エヴェリンのこのビジネスにかけた夢も、実は、とうに壊れ果ててしまっているということ?〉と暗い気持ちで問いかけながらね。ガブリエルはちょっと表情をゆがめてから、僕にこう言ったよ。〈ええ、実はそうなんです、ミスター高野。いまローランドが言ったとおりなんです。先日あなたが訪ねてきたときにはそうは言いませんでしたけど、こことおなじようにあのオフィスももうすぐ―数日中に―閉じてしまうことになりそうなんです。あのとき、わたしは〔ベニートはいまマニラでエヴェリンと話し合っている〕と言いましたよね。〔ミスター小林が自分で立てたこのビジネス計画に急に消極的になってしまったことにどう対応したらいいか〕について。…あれは全部が真実というわけではありませんでした。いえ、ベニートはマニラに行っているんですよ。でも、それは…〉。ガブリエルはなぜか、そこでローランドの表情をうかがった。話をつづけていいかと視線でローランドにたずねていたのかもしれない。だけど、〔作業場責任者〕は何も言わなかった。ガブリエルは視線を僕に戻した。〈それは、ミスター高野、エヴェリンを説得して、この貝殻ビジネスをあきらめさせるためだったのです〉

  「僕は、トゥリーナ、どう反応していいかが分からず、ただ黙って彼の話に耳を傾けていたよ。ガブリエルはこう言った。〈ミスター高野、あなたがここに来たのが、そうですね、二か月前だったら、わたしはすぐにでもあなたと商売の話を始めていたと思います。…わたしたちに投資してくれたのがだれであれ。もっとはっきり言ってしまえば、エヴェリンのパートナーを無視してでも。だけど、もう遅すぎます。遅すぎるんです。エヴェリンは…〉。ガブリエルは喉のつかえを払ってからつづけた。〈わたしたちは…。とにかく、すっかり破産しているんです。けさ、あなたに電話で、ここを見せてほしいと言われたとき、わたしが返事をためらったのを覚えていますか〉。僕は、覚えている、と答えた。彼は言った。〈あれは、あの瞬間、いまさらだれかにわたしたちの〔作業場〕を見てもらっても仕方がない、と感じていたからでした。じゃあ、なぜここへ案内する気にわたしはなったのでしょう。それは、急に、ミスター小林がエヴェリンとわたしたちにしたこと、あるいは、してくれなかったことを、ほかでもない〔彼とおなじ日本人である〕あなたに見ておいてほしくなったからなんです〉

  「僕はすっかり恥じ入っていたよ、トゥリーナ。…〔彼とおなじ日本人〕というのは、たぶん、ガブリエルが言ったのとは違う意味で、実にうまく僕のことを表現しているように思えてね。だって、トゥリーナ、あのときの僕は、自分のフィリピーナの〔愛人〕を詐欺師ではないかと―確かな根拠もないのに―疑う日本人のために働く日本人だったからね。

  「だから、〔遅すぎる〕という言葉でガブリエルは何を僕に伝えようとしていたんだろうかと僕が考え始めたのは、雇ったトゥライシクルでガブリエルといっしょにセブ港に戻り、彼を〔オフィス〕の前で下ろして、一人になってからだった。彼の話し方には、〔すっかり破産している〕という以外の理由がありそうだったことを思い出したんだ」

          ※

  「だけど、僕がセブで知ったのは、結局はそこまでだった。…その日の午後、僕は長いあいだ、ホテルの自分の部屋の窓からオスメニア・サークルを見下ろしていた。エヴェリンの運の悪さが気の毒に思えてならなかったよ。自分と小林のためにつくり上げた〔システム〕、自分と小林のためにした準備を、彼女は小林になんとしてもじかに見てほしかっただろうな、などと考えながら。

  「小林は自分の目で、たとえば、あの薬品の容器の小さな山を見るべきだった、と思うよ。ぐずぐずしていて、とてもやって来そうにはない外国人企業家をだますために、わざわざあそこまで準備する者はいないだろう、と気づくべきだったと思うよ。小林は、彼のビジネスを助ける用意ができたと報告してきた人たちと直接会うべきだった、と思うよ。…エヴェリンの誠意を疑い始める前に。いや、疑い始めたあとにでも。

  「僕は自分がいやになっていた。小林の態度に胸が悪くなっていた。自己中心?決断力の欠如?欲?臆病?小心?高慢?対人不信?…だったら、トゥリーナ、彼は初めから、こんなにビジネスに手を出してはいけなかったんじゃない?エヴェリンにこんな提案をしてはいけなかったんじゃない?」

          ※

  高野さんはわたしの答えを待っていなかった。「僕はしだいにこんなふうに考えるようになっていったよ。〈不幸なことに、エヴェリンは一つ間違いを犯していた。彼女は、小林のビジネスに対する考え、ビジネスを拡張しようという野心、あるいは、これが彼女にとってはもっと大事なことだったかもしれないけれども、小林の彼女に対する愛情と寛大さを、過大に評価していたんだ〉ってね。

  「実際、エヴェリンには、小林が、第一には、貝殻の輸出入ビジネスをいっしょにやることを提案しはしたものの現実には、それで手軽に儲けたいと考えていたらしいこと、第二には、少なくとも、ビジネスを始めてからしばらくのあいだは、彼女にマニラに住んで時間を過ごしてもらいながら、彼が貝殻を買いたいときだけ、臨時雇いで、用を勤めてくれるよう彼女に期待していたらしいこと、第三には、彼女の側のビジネスをそんなふうに、簡単に、小さく考えていたらしいこと、そういうことが見えていなかったわけだろう?

  「小林とは対照的に、エヴェリンは事をうんと大きく考えていた。小林に貝殻を安定して供給するために、さらには、自分のビジネスを土台の確かなものにするために、まずシステムをつくりたいと考えていた。…一方で、ほら、トゥリーナ、矢部が言っていたように、たぶん、日本に不法滞在しているバーのホステスというそれまでの境遇からすっかり抜け出すんだ、と念じながらね。

  「エヴェリンは、自分のシステムが安定すればするほど、彼との仲も固くなる、と信じていたんじゃないかな。…彼女がそんな大きな望みを持っていることに小林は気づかなかった。彼は、エヴェリンがそんなところまで、そんなに急ぎ足で行こうとは思っていなかった。エヴェリンは、自分が自分のパートナーから―一度はすばらしい〔夢〕をいっしょに見たはずの相手から―そんなに簡単に詐欺の疑いをかけられようとは考えていなかった。

  「僕は、トゥリーナ、マニラでエヴェリンに彼女の大きな〔夢〕を捨てさせようとしているベニートはさぞかし大変な思いをしていることだろう、と思わずにはいられなかったよ」

          ※

  わたしは再び自分にこうたずねていた。〈克久とわたしはどうだったんだろう。二人がいっしょに何かを夢見ていたとすれば、それはいったい何だったんだろう〉

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