車窓

 これは写真店に勤めるMさんの通勤中の話。

 Mさんの家から務め先までは電車で三駅ほどある。

 その日、Mさんは寝坊をしてしまい、身だしなみもそこそこに電車に乗った。

 朝の時間帯と言えど、片田舎の電車内は座る席に困ることはない。他紙部では全く考えられないようなことだが、田舎の三駅は二十分ほどもあるので、Mさんは周りに迷惑が掛からないかと軽くあたりを覗ってから軽く化粧を直すことにした。都合のいいことに、Mさんの両隣には乗客はいない。

 Mさんはカバンからメイクポーチを取り出し、そこで大事なものを忘れたことに気が付く。

 鏡を忘れてしまったのだ。

 だが、今は便利なもので、スマホのインカメラを鏡の代わりに使うことができる。

 電車はちょうどトンネルに差し掛かろうとしていて、風の音と揺れが少し強くなっていた。

 Mさんがインカメラを起動して、顔と平行に掲げいざ、勝負とばかりにメイク道具を手にした瞬間だった。

 インカメラの右上端の方に、ちらりと人の顔が映った気がする。彼女の後ろはもちろん車窓だけで、その外にはトンネルの冷たい岩肌が広がっているはずなのに。

 Mさんの指がシャッターを押した。


「でも、残念。何も映ってなかったわ」


 Mさんがお店で印刷した写真には彼女の言う通り何も映っていなかった。

 


 

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