その手の話

八重土竜

鏡の話

 Cさんが子供の頃の話です。

 Cさんの家は長期連休によく母方の祖母の家に行っていました。母方の祖母の家は山間部に位置する寒村にあり、所謂典型的な日本家屋でした。

 田舎の家にはありがちな、畑と一体になった広い土地の一角に母屋と離れがあるような造りで、二つの棟が長い廊下でつながっているような形になっていました。

 その時は、確か夏休みのとある一週間であったと記憶しています。

 祖母の家は所謂避暑地という場所にありましたが、それでもうだるような暑さだったのを覚えています。

 祖母の家とは言え、一週間も片田舎に軟禁されているようなものですから、Cさんもさすがに飽き始めていました。両親は同窓会に出かけますます暇でした。祖母が庭の畑に行くからとCさんと弟に声をかけましたが、弟の方が祖母について行くと言って、そのまま庭の方へと降りていきました。

 遊び相手の居なくなったCさんは離れの部屋に一人きり。

 もう何度と探検したかわからない蔵など暴いてもつまらないし、外に行くにもうだるような暑さだったため、辟易としていました。その時ふと母屋と離れを繋ぐ廊下のことを思い出したのでした。

 Cさんの祖母の家は三方を山に囲まれたような形になっていて、時間帯によって陰る場所が出てきます。特に、長廊下と呼ばれていたその母屋と離れを繋ぐ廊下は日中影になっていることが多く、涼しかったことを思い出したのです。

 Cさんが長廊下への扉を開ければ、狙い通り、廊下はひんやりと涼しかったそうです。廊下は二十メートルほど続いていましたが、その突き当りを左に曲ると母屋へとつながる扉に続いていました。

 曲がり角のどん詰まりに、人の背丈ほどもある鏡が壁にはめ込まれていました。

 Cさんは何故だか、その鏡の前まで歩いて行って、その目の前に座りました。

 鏡に映っているのはもちろん自分だけで、それから背後にある母屋への扉だけでした。

 暇は人を殺すと言いますが、その時のCさんは何を思ったのでしょう。唐突に、鏡の中の自分とじゃんけんを始めたのです。

 いくら連戦したとて、あいこが続くのみで。

 気の向くまま、体の動くまま、Cさんが三度目のグーを出した瞬間でした。

 鏡の中の自分に勝ってしまったのです。

 鏡には驚いた顔の自分だけ。違うのは負けたか、負けなかったか。

 その時、背後の扉が開きました。

「Cちゃん、夕飯何食べる?」

 聞きなれた祖母の声でした。

 Cさんは鏡に背を向けました。

 Cさんの祖母の家の鏡は今もあるという話です。

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