番外 夕月のバレンタイン(バレンタイン特別編)

 これは、私が、中学1年生だった時のお話。


私は普段から、男子のような言葉使いをしている所為か、同性である女子に其れなりにモテる。とは言っても、小学生になったばかりの頃は、ただ男子っぽく振舞っている女子にしか見えなかったから、誰もがちょっと変わった女子ぐらいに、見ていたぐらいだっただろう。


しかし、段々と上級生になるにつれ、ある意味、男子よりカッコイイと言われるようになってくる。自分ではずっと振舞ってきただけだから、どう違うのかがよく分からなかったのだが…。

まあ、どんどんと女性らしくなっていく身体に反して、これ以上女子らしく見えないように、逆の行動を取って来たのはではある。


お陰で私は、学苑では相当に目立っていたことだろう。上級生と見られる男子生徒から、「おい、男女」とか呼ばれたことも一度や二度ではない。

別に気にしていないし、そう呼びたければそう呼べばいい。だが私は、そう呼ばれる方が、今の私の目指すところなのだから、である。


そうでなければ、女の子が、同性の女の子を本気で守り切ることなんて、有り得ないのだから。私は、本気で大切な幼馴染を守りたいと思っているのだ。

自分1人の力で。だから、武術の稽古などで相当な無理もしたし、身体を張るというかなりの無茶もした。でも、後悔は一切していない。


元々、運動神経が抜群に良かったのも、幸いした。

本来なら、こんな稽古とかしていたら、女性らしい身体つきではなくなって、筋肉がムキムキになったりしているのだろうな。

ところが、私の場合は全く兆しがない。まあ、ホンの少しぐらい身体が引き締まっている程度には、筋肉がついているのだが。


弟の葉月も、私と同じような武術の稽古をしていたにも関わらず、私以上の筋肉をつけており、腹筋もいい具合に割れている。

はて?私達には、男女の違いしかない筈なのだが。

一体、どう違うのだろうか?その男女の違いだけで、こんなにも違って来るものなのだろうか?本当に不思議な現象である。


まあ、兎も角、幼馴染のに合わせて、男装をしてまで女子であることを、誤魔化すようになって行ったのである。それに伴い、私が上級生になるにつれて、バレンタインの日になると、女子生徒数人から、バレンタインチョコを貰うようにもなっていく。男子には気軽に渡せないけれど、私にならと思ったのかもしれない。

主に、同じクラスの女子か同期生が多かった。偶に下級生からも貰ったりした。


 「私はだけど、いいの?」

 「はい、ぜひ貰って下さい。」


そう言われれば、同じ女子として、女子の気持ちは痛いほどよく分かるので、簡単には拒否が出来なかった。勿論、貰った以上は、きちんと食べたよ。

私も毎年、幼馴染と一緒に作っては、お互いに交換していたしね。幼馴染は、私がくれるのだけど、私は友チョコ感覚で食べていたんだよ。


そして、中等部に進学すると、この男子のような行動には一目置かれるようになり、演劇部の部長に勧誘されることとなる。幼馴染と一緒に。

当初は断っていた。何せ、私は、この幼馴染の為だけに、男子のように振舞っているのだから。そう、彼女が、私しか受け入れなかった故に…。

だから、嘘で塗り固めるように男装することに、困惑していたのだ。


ところが、どうしても私達が欲しかった演劇部の部長は、幼馴染の方に揺さぶりを掛けてきた。「北城さんの男装が見放題よ。」と言って、幼馴染を勧誘したのだ。

それに対し、幼馴染は、「私は夕月が入部するなら…入ってもいいですけど…。」と、困ったような乞うような表情で、私の顔を仰ぎ見るのだ。

はあ、…仕方がない。可愛い幼馴染が望むなら…、入部するしかないか。


演劇部に入部したのは良いが、私の役は、男装の役ばかりであった。演劇部に、男子部員が居ない訳ではないのに。演劇部には、部長が勧誘してきたイケメン男子が3人もいる。だというのに、私が男装してまでヒロインの相手役を演じるのは、正直おかしな話だと思う。

しかし、私の男装する『北岡』役が、予想以上に大ウケしてしまったのだ。


それは、仕方がない事でもあった。私が女子の気持ちをよく理解した上で、普段から男子っぽく、女子生徒に丁寧に接していたこともあるのだろう。

その為、お芝居の男装と重なり、女子のより身近な理想の存在に祭り上げられた、そんな感じだと思う。このくらいの年頃の女子は、そういうに、最も憧れているのだから。


その上、私は今まで、体育での対戦やケンカでも、誰にも負けたこともなく、男子だろうが大人の男性だろうが、簡単には負けない程に強い。

毎日欠かさず、厳しい稽古をしていた私にとっては、当然のことでもあるが、そんな事実を一々他人に話すこともないのだと、誰にも話していない。


別に、内緒にしている訳でもないが。そういう理由もあり、余裕があるように見えるらしく、それが余計にカッコ良く見えるのかもしれない。別に私は、カッコつけたい訳でもないし、余裕ぶっている訳でもない。

ただ単に、こんなに苦労して鍛えているなんて、知られたくないだけなのだ。女子なのに、何でそんな事までするんだ、と言われることが分かるから、尚更に。


ただ単に、干渉されたくないだけなのだ、私は。理由なんて決まっている。たった1つしかないのだから。

私は彼女を守りたい。誰の力も借りずに。ただ其れだけなのだ、理由なんて。他に思う事なんて、ないんだよ。





        ****************************





 「北岡君!私のチョコ、受け取って下さい。」

 「「「「「「「私も!」」」」」」」


この学苑では、バレンタインチョコは、バレンタイン当日の授業後に渡すのなら、OKとされている。一応、そういう決まりがないと、授業の合間の休憩時間に、他の教室に女子生徒が押し寄せる、そういう事例があるからだ。


中等部になってからの私の人気は、鰻上りであったが、まさかバレンタインチョコをあんなに貰うことになるなんて、想像もしていなかった。

一応は女子だし、男装で人気が出ても、まあ、強い女子に憧れている生徒ぐらいだろうと、軽く考えていた。


その日は、演劇部のお芝居を披露した後、最後に舞台に出て来た時に、演劇部員の男子に渡してもいい、という流れになっていた。

授業後の上演で、観客の生徒達は当然、演劇部の男子部員狙いであることは、分かっていた。その中に、私も含まれているとは、だったが。


お芝居を終え、改めて舞台上に他の部員達と並ぶと、私の前方の舞台下に、女子が並び始める。当初、何が起こっているのか理解するのに、数秒時間が掛かったほどである。皆、手にバレンタインのチョコを持って、私の前方に並んでいる。

私の方を真っ直ぐに見て。流石にギョッとしたよ、余りの女子の人数に。

えっ、ウソだろ?ってね。


で、先程のセリフを一斉に言われたわけだが。どうしようか?貰っても、全部食べきれない…。無理して食べたら、お腹壊しそうだしね。

かと言って、貰わない訳にもいかないし。手作りだったら申し訳ないし、そうでなくても、折角用意してもらっているのだから、無下に出来る訳がない。

さて、どうしようか?


そう考えて、ふと閃いた。これなら、全部食べなくてもいいし、女子生徒達もしてもらえるかもしれない。

私は早速、そのを実行することにした。先ず1人目の女子の少女から、チョコを受け取り、「開けていい?」と訊いてからその場で開封する。

そして、中のチョコを取り出し、大目に1口だけ齧りつく。


 「うん、美味しい。ごめんね。これ以上食べれそうにないんだ。だから、これで勘弁してくれる?だから…、君にも食べて欲しいな?僕からのとして…。はい、あ~ん。」

 「 ‼ ええっ!?……あっ、………はい。」


自分が食べたチョコを、今貰ったばかりの相手に差し出す。私が食べさせるというの形で。思ってもいなかった出来事に、相手の生徒は一瞬固まった。

その後すぐ気が付くものの、流石にこの場で他人から食べさせられるのは恥ずかしいのだろう。真っ赤っ赤になって、目を白黒させているようだ。

しかし、私がにっこり笑ったまま、手を下げないものだから、覚悟を決めて私に誘導されるようにチョコに齧りついた。


その瞬間、「きゃあ~‼」という女子の叫びが一斉に起こり、女子達の目の色が変わった。「狡いわ!」とか「羨ましい…。」とかいう声も聞こえる。

どちらにしろ、今から順番にしていくつもりだよ?

今、私の手から餌付けされて、チョコを食べた女子生徒は、これで満足してくれたようで、ふわふわした足取りで去って行く。


よし!これで何とか乗り切れそうだ。次々に、まるでノルマのように熟して行く。

女子生徒達は赤くなりながらも、私から食べさせてもらいたそうに、うるうるした期待した目を向けてくる。

う~ん。これは、思っていたよりも効果がありそうだな…。


やっと、並んでいた女子全員へのサービスを終えて、ふと周りを見ると、イケメンの男子陣が、ギョッとした顔のままで固まっていた。

あれ?そっちまだ終わってないの?というか、さっき私の方に並んでいた女子が、またそっちにも並んだんだね。

ふう、良かった。君たちの分の女子の人気を、私が1人で奪っていたと思っていたから、心から安心したよ。


さて、帰ろうと幼馴染を探していたら、他の部員が皆私を見つめて、ポカンとしていた。と言っても、女子部員は、観客の生徒に混じって並んでいたし、今度は男子の列に並んでいて、それ以外のほぼ男子部員になるけど。皆、どうしたんだろう?

ふと、部長を振り返ると、目を半眼にして、呆れているようで…。


まあ、いいか。正直、私も、ここまで狙っていた訳ではないんだし。

その後、幼馴染と一緒に帰宅した後で、彼女に本気で叱られたよ。

ああいう事は誰にでもしてはいけない、ってね。でもね、これぐらいしか思いつかなかったんだよ。そんなに怒らないで欲しいな?



そうだ、幼馴染にもをすれば、許してもらえるかな?

うん、今から交換する時に、そうして見ようかな。





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 いつも読んで頂き、ありがとうございます。

今回は番外編でも、この日の為に書き下ろしたお話となっています。

今回は副題通り、夕月視点で、主人公達の過去の物語となります。

バレンタイン企画として、急遽書いてみた次第です。


夕月が暴走しています。毎年、チョコは貰っているのかな、と考えていたら、こうなりました。もし、これが実物の男子なら、アウトですよね?一応、女子ということで、ギリギリセーフかな?

実は、本人は幾ら男子っぽいと言っても、本来は女子なので、女子目線で考えてしまい、結果こうなった訳です。女子の希望を叶えたい、と思ったぐらいで、余り問題視していないようです。


次回からは、また通常のお話に戻ります。

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