3話 隣の家の幼馴染

 「では、お父様、お母様。行って参ります。」


 今朝は、学苑に行く準備が、いつもより早く出来てしまった。

朝食後に一度部屋に戻ってから、今はリビングにいる両親に挨拶する為、鞄を持って階段を降りていく。

父も出勤待ちのようで、父専属の運転手である篠田さんが、準備中なのだろう。


篠田さんは、三千みちさんの旦那さんで、真姫まきさんの父親でもある。眼鏡を掛けていて、柔和な笑顔をする人だ。篠田さん夫妻の子供は、もう1人おり、『幹人みきと』さんと言って、真姫さんのお兄さんに当たる。


幹人さんも、運転手兼雑用担当であり、真姫さんが私にとって、姉のような人なら、幹人さんはみたいな人。父以外の、家族の運転手を担当している。とても気さくな、よく気が付く面倒見の良い人なのである。


うちには、あともう1人運転手が存在する。只飽く迄、予備という感じであり、運転手派遣業の会社と契約しており、その都度来ることになっている。

大体は、いつもの同じ人が来てくれるのだけれど、偶に都合が悪くて、全く別の知らない人が来ることもあったわね。


幹人さんの妹である真姫さんは、主に家政婦の仕事を行う母親の補助として、我が家で働いている。明るい性格で、いつもにこにこした愛嬌のある人である。

普段は、真姫さんの都合がつく限りは、幹人さんか真姫さんが、兄と私の為に運転してくれている。現在、学苑には車で行かないから、私専属は必要ないのよね。


そして篠田さん一家は、我が家の敷地内にある、使用人専用の別棟に住んでいる。つまり、住み込みということになる。何でも、篠田さんのお祖父じいさまの代から、うちの九条家に仕えてくれているようなの。


他には、通いのお手伝いさんがおり、川辺 名菜かわべ ななさん、という独身のまだ20歳はたち過ぎたばかりのお姉さん。大人しい人なのだけれど、気遣いの上手な人でもある。

名菜さんは、真姫さんの学生時代の後輩に当たるらしくて、真姫さんの紹介で、うちに来てくれているのよ。


 「気を付けて、ゆっくり行きなさい。」

 「行ってらっしゃい。夕月ゆづきちゃんによろしくね。」

 「「「お嬢様、行ってらっしゃいませ。」」」


玄関を出て、広い庭を歩いて行く。いつもであれば、門の前で待っててくれるのだけれど、今日はまだ時間あるからなぁ。私が呼びに行ったら、驚くかしら?

わくわくしながらやっと門を潜ると、今度はうちの外壁に沿って歩いていく。

そうは言っても、お隣は直ぐなのだけれど。


今、向かっている方向とは、反対側のお隣には、外壁がずっと続いていて、距離がかなりある。でも私には、用がないのだから、全く関係ないわ。

私にとって、用があるのは、近い方のお隣さんである。外壁から割と近いの。


浮き浮きしながら、お隣の門前に来ると、門横側の自宅駐車場で、バイクを整備している人が居る。居ましたわ!目的の人が!


 「おはよう、夕月ゆづ!」

 「ん??はよー、未香子みかこ?何かあった?」


その人は驚くどころか、私を心配している様子である。う~ん、思いっきり心配されましたわ。「何もないわ。早く起きただけですわ。」と答えると、夕月ゆづは目を丸くしてから、思いっきり笑い出す。


 「ふっははは。未香子がこんなに早く起きるなんて、雨でも降るかなあ?」

 「酷いですわ!夕月ゆづまで、そのように言うなんて!」


怒ったフリをしてぷくっと膨れてみせると、「ごめん、ごめん。」と謝ってくれるけれど、まだ笑っていますわね?

その後すぐ、まだ早いからと、夕月ゆづの家の中で待たせてもらうことになったけれど。その間も、ずっと肩が震えていましたわよ?




        ****************************




 久しぶりに夕月ゆづの家に入ったなぁ。いつも我が家まで来てくれるから、最近、あまり来ていなかったものね。相変わらず、誰もいないのね…。

小父様も小母様も、忙しいのは分かるけれど…。夕月ゆづは何でも、1人で出来過ぎるのですわ…。


私のである夕月ゆづは、両親と一緒に、我が家の隣で一般的な一軒家に住んでいる、一見ごく普通の市民である。その為、専属運転手は兎も角、お手伝いさんも雇っていない。


共働きのご両親のお仕事が不規則なので、私も、滅多にお会いすることがない。

普段から、夕月ゆづが家事をおこなっているのは、決して貧乏だからとか、そういう理由ではないのです。夕月が率先して遣っているお手伝いなのです。


取り敢えず、紅茶でも淹れようかな。他人よその家、状態ではある。

2人分の紅茶の用意が丁度出来た時、リビングの扉が開いて、夕月ゆづが入って来た。


 「おっ?紅茶淹れたの?火傷とかしなかった?」

 「もう!火傷なんか、しません!」


心配そうに聞いてくれるけれど、いくら何でもそのぐらい出来ますわ。でも、私の返答に対して、「未香子は、鈍臭いからねえ。」と返してくるのよ。

私は納得がいかず、ぷくっと膨れていると、頬を軽く指でつついてくる。


 「ふっははは。未香子、可愛い。紅茶、サンキュー。」


揶揄われたと分かっていても、お礼を言われて、可愛いなんて言われてしまうと、つい嬉しくなって、思わず顔が緩んでしまう。

もう、本当に調子がいいのだから…。でも、そういうところが、夕月ゆづらしくて好きだったりするの…。うふっ。


夕月ゆづがソファーに座ったので、私も向かい合って座る。本当は、隣に座ってくっ付きたい。でも、今、隣に座ったら、私の心臓がやばいから…。

夕月ゆづは、バイクの整備で汚れたからもあり、シャワーを浴びて来たようだった。

石鹸とかだと思うけど、香水と言うよりも、爽やかないい匂いがする。


 「シャワーを浴びてきたの?」

 「あぁ。汚れたというよりも、汗をかいたからね。今から密着するのに、臭い匂いを嗅ぎたくないよね?」

 「み、密着っ!…それより嗅ぎたいって…、何!?」


私は、思わず叫ぶように言ってから、顔を真っ赤にして立ち上がった。

…密着!確かに密着かも!嗅ぐって、私が?確かにいい匂いが…って違う!!

私が苦悩していると、くすくす笑う声が聞こえてくる。どうやら揶揄われたようである。もう!夕月ゆづはこうやって時々、私を揶揄うのが好きなのよ…。


揶揄われたのに気が付いて、私が剥れていると、目を細めて「未香子、可愛い。」と言ってくるから、本当に始末が悪いったら。私の心臓が持たないわ…。

もう!夕月ゆづの意地悪!


夕月ゆづは、私の反応に満足したようで、「紅茶淹れるのが、上手くなったねえ~。」とか「丁度いい味になっているよ。」とか褒めてくれる。

本当に、私というか、女子の扱いが上手いのよね。まあ、それは当然なのだろうけれど。それでも、上げて落とす他の男子とは大違い、と思っている。


 「う~。夕月ゆづは、汗かいても臭くないよ…。」

 「ん?そうかな?あぁ、未香子も、いつもいい匂いするよね?」

 「!!」


夕月ゆづの言葉に、私は完全に固まった。ギギギってしそうな首を動かして、夕月ゆづを見つめる。私もいい匂いって…。やだぁ、どうしよう。これから、自分の匂いに気を付けなければ。


改めて夕月ゆづを観察して見ると、既に制服に着替えている。ただ制服のスカートの下には、五分丈ぐらいの黒のスパッツを着用していた。

今日は入学式だから、必ず全員制服着用なのである。私服であるスパッツは、学苑で脱ぐのかな?余り見えないようだし、そのままなのかしら?


 「制服の下のスパッツ、着て行くの?」

 「うん、まあね。スカートだけだといざという時に、全く動けないからね。スパッツならば、どこでも脱着可能でしょ?」


今から通う『名栄森学苑なさかもりがくえん』は、一応制服が決まっている。しかし、入学式や終業式などの学苑の式典行事以外は、制服着用は自由である。

つまり、私服OKなのである。普段は、制服を着用しない生徒も、少数ではあるけれど、居るには居る。


しかし、制服の購入額は、半端ない金額なのである。購入したのだからとか、制服が可愛いとかの理由で、結果として着用する生徒の方が、圧倒的に多いのである。

男子の学生服は、ブレザーにスラックスとネクタイのセット。女子の学生服は、襟がセーラー風になったブレザーに、スカーフ風の大きなリボンと、膝が丁度隠れるぐらいの長さのスカートのセット、になっている。


そして、勿論私は、女子の制服を着ている訳であり…。また、夕月ゆづも、私とを着用しているのである。それは、つまり…。夕月ゆづは、私と同じ同性であり、の女子高生なのである。


そう、この夕月ゆづこそが、私にとっての、なのである。

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