未来

ここあ。

第1話 始鐘

 人はなぜ桜を見ると片思いをするのか。いや、たまたま出逢いの季節に一目惚れをするのか、それとも一目惚れをするときに桜が咲いているだけなのか。俺もわからないし、多分こんなくだらないことは誰も知ろうとはしないだろう。だからこそ俺は春なんかにする一目惚れはまやかしだと思っている。

 しかし、平安時代から花という言葉が桜と位置付いているのは、古来、桜の持つ偉大さに人々は感涙を受けていたのだろう。だから、今ある恋愛小説の多くは桜が舞い散る今日君に恋をした。っていう始まりのなるのには納得いく。俺が恋をするのはもう平安時代から決まっていたような物なのか。だから俺はこの言葉を借りる。

  桜が舞い散る今日君に恋をした。高校の入学式のある日ある女の子が目に入った。中学で三年間付き合ってた彼女に振られもう恋愛はこりごりだ。高校では縁がないだろうと思っていた時だった。入学式の後まだ誰も知らないクラスメイトと教室に向かう途中君と目が合った気がした。この勘違いも一目惚れも桜のもたらすまやかしだろうがあの時の自分にそんなことを考える余地はない。目で追っていると同じ教室に入っていった。

「同じクラスかぁ」となぜか笑みが溢れる新井 駿太 一五歳である。この時周りの俺の世界観の中ではモブキャラとなっているクラスメイトに変な顔で見られてたのではないかと考える余裕は一人一人が着席した後だった。遅れて担任の海老山 敬が入ってくる。学年主任を務めているベテランだ。入ってきた後慣れた顔で笑いながら私たちに第一声を放つ。

「とりあえず、自己紹介しようか。適当にクラスに自分を伝えなさい。じゃあ一番の新井からよろしく」俺はこの時いつも新井の名字を恨む。担任自体自己紹介してないのに俺からすることになった。俺は出身中学とよろしくという言葉を簡潔に発しクラスメイトの拍手が鳴り響く中で着席した。つまらない人間だと思われただろうか。そんなことはどうでもよかった。早くあの子の名前が知りたい。この気持ちで胸がどうにかなりそうだった。

しばらく続く自己紹介など耳にも止まらなかった。その声と鳥の鳴き声なんてBGMにすらならなかったのだ。そして彼女の番が来る。

「田中 薫です。立岡中から来ました。同じ中学が少ないので仲良くしてくれると嬉しいかなって思います笑部活はまだ迷ってるので何が良いのあったら声かけてください!」

仲良くする。絶対する。と心の中で復唱した俺は顔にそれが出ていたかもしれないと感じると少し赤面した。田中 薫のその透き通る声が俺の耳をまるで一本の糸のように突き抜けていった。そこはまるで桜の並木道一帯に俺と君とが二人しか存在していない世界のように感じられた。

 あの子の声をもう一回。もう一回と脳内再生しているうちに気づけば自己紹介が終わっていた。彼女以外なにも聞いてねえ。と焦る自分とは裏腹に周りの人達は同じ中学なのかそれとも新しくなのか。それは定かではないがみんなが交友を始めた。

幸いにも出席番号で並んでいる俺の周りは男子ばっかりだったのでなんとかなった。彼女を横目にあたかも自己紹介で覚えましたかのように周りが呼んでいる呼び名で友達と言えるかはまだ微妙なクラスメイトを呼ぶ。ある程度はこれで交友関係で困る事はないだろうと安心した俺は彼女の方を横目ではなくしっかりと見ることにした。すると、また目があった気がした。いや、今回は気がするじゃない。彼女は目が合うと俺に微笑んでくれたのだ。

 まさか、今日知り合ってまだ話したこともない好きな女の子に微笑まれるとは思ってもない。俺は冷静にこれを対処することができず見て見ぬ振りをした。そのあと赤面した自分の顔を晴れている空のせいにして窓を開けた。すると教室は春風で満ちていく。その空気は地元の俺でさえおいしい感じがした。空気がおいしいとはこういうことを言うのだろうか。

               今日俺は君に恋をした

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