第9話007「絶対絶命」



「よう、クライブ。この前は随分、やってくれたな……」

「……ザボン」



 学校からの帰り道――家までの道なりの中で人の気配が少ないところでザボンに声をかけられる。


 そこにはザボン以外にいつもの二人の手下と、そして……高校生くらいのチンピラが一人立っていた。


「お前……散々、俺のお腹を蹴りまくりやがって! 許さん……許さないぞ……この『忌み子』めっ!!」


 ザボンが顔を真っ赤にし、青筋を立てて吠える。エマの言う通り、ザボンはかなり根に持っていたようだ。


「フフ、まあいい。とりあえず、お前にはこれから痛い目に合ってもらうからな」

「フン。そんなのお断りだ……と言ったら?」

「クヒヒ……別にお前の意思は関係ないんだよ、バーカ!…………捕まえろ」


 俺はザボンの言葉と同時にその場から逃げようとした、その瞬間――、


「うっ?!」


 後ろから、別の高校生くらいのチンピラ二人に腕を掴まれた。


「おとなしくしろ、チビ」

「腕、折るぞ、コラ!」

「くっ?!」


 俺は逃げようと必死に藻掻くが大人とそう変わらない……いや、それどころか普通の大人よりもがっしりとした体格の二人の力に俺はピクリとも体を動かすことができなかった。


 そうして俺は、そいつらに腕を掴まれながら村を抜け、森の奥へと拉致られた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おらぁ~~~~!!!」


 バキッ!


「ぐはっ!!」



 俺は森の開かれた場所へ連れていかれるや否や、いきなりチンピラに殴られる。


 連れていかれたその場所は、村から一キロほど離れた場所で周囲には当然、家などなく、ただただ大木が広がる森のど真ん中だった。


 そんな場所で俺はザボンの指示で動くチンピラ三人にいい様に殴られていた。


「おらぁー! 立て、コラぁ~~!!」


 ドゴッ!


「うごあっ!! ゲホゲホ……」


 顔を殴られた後、今度は別のチンピラが腹に思いっきり蹴りを入れる。


「おらぁ~! おらぁ~!」


 ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!


 さらにそいつは俺の腹だけでなく頭や背中を何度も蹴りを浴びせ続ける。すると、


「……起きろ、クソチビ」


 ゴガッ!


「ぐはっ!」


 この三人の中で恐らくリーダー的存在のチンピラに、俺は顔をサッカーボールのように思いっきり蹴られた。さっきの二人とは比べ物にならないくらいに強烈な威力だ。


 ブブッ!


 蹴られた瞬間、たぶん折れたのだろう……俺の鼻からかなりの出血が辺りに飛び散る。


「おー、これは! 今のは鼻の骨が折れたんじゃないか? なあ、そうだろう?」

「そ、そうだね……ザボン君」

「ほ、骨が折れたと思うよ! ザボン君!」


 ザボンは俺が大量に鼻血を出したことにキャッキャとはしゃぎまくりながら取り巻きに絡む。取り巻きの二人は話を合わせているようだが、若干……いや、かなり、俺の出血に引いていた。


「お前らノリ悪いな~。そんなんだとお前らも…………やっちまうぞ?」

「「!!!!!!」」


 二人がザボンの冷ややかな言葉に凍り付く。


「……な~んてな! 冗談だよ、冗談、ギャハハハハ!!! さ~て…………おい、クライブ~、生きてるか~?」


 ザボンが満面のニヤケ笑顔でクライブに声をかける。


「どうだ~、ん~? そろそろ土下座する気になったか?」

「ハアハアハア…………そ、そんなわけあるか、クズがっ!」

「な……っ?! 上等だ……」


 そう言うと、ザボンが俺のところへ迫り、俺の胸倉を掴み上げる。


「もういっぺん……言ってみろ」

「ぐっ!…………ど、土下座なんか……するか、バーカ……」

「くっ!」


 ザボンはボロボロの俺の顔に右拳を叩きつける。


「うぐはっ!」


 俺は殴られた勢いのまま、地面に倒れる。


「こ、ここここ、この野郎ぅあぁぁああぁああ~~~~~~~!!!」


 ザボンは俺を殴るといきなり大きな奇声を上げる。


「い、いいだろう……へへへ……殺してやるよ、クライブ~……おい、お前らぁぁっ!!」


 血管を浮き上がらせ、目線がまともに定まらないキレた表情のザボンがチンピラ三人に声を張り上げる。


「もういい……もういいからさぁ~…………こいつ殺せよぉぉぉぉ~~~ああっ?!」

「「!?」」


 チンピラ二人がザボンの狂った表情で放つ『殺せ』という言葉に一瞬、強張こわばる。


「こ、殺すって……そ、そんなの……」

「ザ、ザボン君……ほ、本気?」

「うるせーんだよ! ふうふう……俺が殺せっつったらよ~……殺せよぉぉ、なぁーーーっ?! 心配すんな! こいつ一人殺したところでウチの親父なら捕まらないよう処理してやるよ。それにこいつは『忌み子』だ。世界から嫌われているただの望まれない存在なんだよぉーー! ふうふう……」


 ザボンの狂気の言葉が続く。


「それに、ここは領主の結界が外れた森だ。そこで子供が一人死のうが子供が森に迷い込んで魔物に襲われたことにすることなんて簡単にできんだよ! だから、殺せ! 報酬も倍にしてやる! だから目障りなこいつをよ~……ふうふう……一刻も早くよ~…………殺せやぁぁぁあぁあぁぁあぁぁ~~~っ!!!」


 ザボンは怒りで興奮し過ぎているのか呼吸も激しい。そんな九歳とは思えないような残虐性を纏った言葉を放つザボンに、


「ふう、いやいやまったく……まさか、殺しの話になるとは……」


 男は苦笑いを浮かべながら『参ったな~』という砕けた感じで一言呟く。一瞬、ザボンに『冷静になれ』とでも言ってなだめるのかと期待したが、それは俺の…………完全なる勘違いだった。


 ニタァァァ。


「ザボン君、もう訂正は無しだよ? 俺もう……スイッチ入ったから」


 すると、突然、チンピラ男の体から湯気のようなユラユラしたものが浮き出す。


「ニッ……そうだ、それでいい」


 ザボンはその男のオーラのようなものを見て、安心するような、期待するような表情で言葉を返す。


「!?……な、なんだ? こいつの体から出ている透明な湯気みたいなもんは?」


 クライブは男の異変に気づく。


 その異変は『透明な湯気のようなもの』くらいしかわからないが、しかし、少なくとも、今、確実に言えることは、


「メ、メチャメチャ、嫌な予感しかしねーな……」


 すると、男はおもむろに俺に向かって右手を掲げる。


 な、何をする気だ?


 俺は男の様子を注視しながら眺めていた。すると、


「……フレア・ショット」


 ゴォッ!


 ズドーンッ!!


「……なっ?!」


 チンピラが『フレア・ショット』と言った瞬間、そいつの右手から『真っ赤な火の弾』のようなものが飛び出した。その『火の弾』はかなりの速度で、気づいた時にはすでに俺の足元にその『火の弾』が着弾し、着弾したその場所は抉られ土の焦げた匂いが立ちこめる。


「い、今のは……まさか……魔法っ?!」


 俺は初めて見る魔法に驚愕しつつ、同時に恐怖心が一気に膨れ上がる。


 あ、あんなの、まともに食らったら…………死……。


「ヒャヒャヒャ! 見たかっ! 今のは火属性の攻撃魔法『フレア・ショット』だ! しかも、こいつは魔力も高いから通常以上の威力だぜ? これでお前を消し炭にすればお前を『行方不明扱い』にすることもできるぞ? アヒャヒャヒャヒャっ!!」


 ザボンがけたたましく狂喜乱舞する。


「……いや~、俺、魔物は殺したことはあるけど人間は初めてなんだよ? 楽しみだな~……どんな感じなんだろうな~……魔物と違って命乞いとかすんのかな~……ヒッヒッヒ」


 最初はまともそうに思えたチンピラのリーダーも、今ではザボンと同じ狂気にまみれた表情を浮かべている。


 すると、ザボンがユラリと俺に近づいてきた。


「クライブ~? どうだ~? 命乞いするか~? 今のはワザと外したんだぜ~? こいつは遊んでやがるからな~」


 ザボンがヌメッとした喋り方で話しかける。


「もはや、お前の死は確定済みだからよ~、最後に俺からせめてもの『情け』を送ってやるよ。こいつに一発で楽に殺されて欲しいか? それとも、ジワジワ痛めつけながら苦しむように殺されてほしいか? 土下座して謝るなら一発で楽に殺してやるぞ~? どうだ~、んん~?」


 ザボンが本当に楽しそうな顔で俺に土下座を求める。


 まさか、こいつがここまでまともじゃない奴だとは思わなかった。これならあの時、返り討ちなどせずに逃げればよかったな~……。


 俺は今更ながら自分の『失態』『過失』にうんざりする。


 ここから逃げることはもはや不可能……助けが来ることもまずありえない。なんせ、ここでいくら俺が叫んでも一キロ以上も離れた村に俺の声が届くわけがない。


 となると、せめてここはザボンに命乞いをして、何とかこの場を凌ぐことが第一だ…………、


「お、俺が……命乞いを………………するわけねーだろ、デブっ!」


 バキッ!


「ぐはっ?!」


 俺は最後の力を振り絞り、ザボンを思いっきり殴りつけた。地面に勢いよく転がるブヨブヨ肉の塊に俺は満足する。


「お、おおおおおお、お前ぇぇぇ~~~~~~!!!!!」

「へへ……最後にスカッと……したぜ」


 ザボンが怒り狂いながら叫ぶ。


「こ、こここここ、殺せぇ~~~~~! い、いいいい、今すぐ、直ちに……こいつ、殺せよぉぉぉぉぁああああぁああぁ~~~~!!」


 そのザボンの言葉を合図にザボンの前にチンピラが出てくる。


「というわけだ。本当はゆっくり痛めつけて殺したかったけどザボン君の命令だからしゃーないか。そんなわけで、俺の最大火力の中級魔法『フレア・バーニング』で炎に包まれながら死んでもらうよ?」


 そう言うとチンピラの手の平から『火の弾』が出現。しかし、さっきとは違い、今度はその火の弾が周囲から魔力のようなものを吸収しどんどん膨らんでいく。


「膨らめ、膨らめ、膨らめ、膨らめーーーーーーー!!!!!!」


 先ほど放った火の弾は直径十センチ程度だったが、今、目の前にある火の弾はすでに直径二十センチを超えている。


「……ふう。さ~てと…………死ぬ準備はできたかな?」

「……」


 せっかく転生してこの世界をいろいろ知りたかったのになぁ~、失敗したな~。今度死んだらどこに行くんだろうなぁ……俺。


 俺は他人ひとごとのように自分の免れないであろう『死』を意外にもすんなり受け入れていた。


「……へっ。恐怖で俺も頭がおかしくなったか?」


 そんなセリフを吐くと同時にチンピラが叫ぶ。


「じゃあなーーーチビ! フレア・バーニングっ!!」


 ゴォオォォォオッッ!


 チンピラの右手から直径三十センチ強にも膨れ上がった『火の塊』が俺に放たれ、そして…………着弾した!



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