受けて立つ

「受けて立つ」


 おおおお!

 周囲からあがる歓声。ギャラリーが盛り上がるのも無理はないだろう。これだけの人物たちが俺たちのやりとりを聞いているのは好都合だ。証言者が多ければ多いほど、照夫と交わした約束は破りがたくなる。俺が勝ったら、きっちり約束を守らせてやる。覚悟しとけ。


「そうこなくっちゃ! 何で戦う? アキヒロが提案してよ」


 それは、どんな勝負でもかまわない、どっちにしろ自分が勝つから、ということか。

 なら、照夫、俺、双方にとって最も自信のある種目を選ばせてもらおうじゃないか。


「照夫。俺は知ってる。お前、遥をドナーにしたいんだろ? 対戦種目は、吸血だ」


 おおおお! …………うん?

 そこかしこから困惑の声が聞こえてくる。意味分からないよな。吸血なんて言われても一般人にはピンとくるはずがない。

 一方、照夫だけは、その美しい顔に驚愕の表情を浮かべた。


「そうか。そういうことだったんだね。あの舌技、ただ者じゃないと思ってたけど。キミも、なんだね。しかし、そっちの界隈に詳しいボクでも、キミみたいな逸材、聞いたことなかったんだけど。誰かの秘蔵っ子だったりする?」


 恋する男子から勝負師へ意識が切り替わったぽい照夫が、真剣に俺を見つめた。


「残念ながら、つい最近まで人間だった天然モノだよ。今は、違うけどね。ある人から稽古をつけてもらった」

「へえ。それは、面白い。実に面白い! 最高じゃないか! 条件を一つ追加させてもらってもいいかい? ボクが勝ったら、キミはボクのものになれ。ボクに比肩し得るキミがボクの陣営に入れば、覇権を取れるに違いない!」


 照夫は興奮した様子でそうまくしたてた。

 天原家に俺を加え、吸血芸能の世界でさらに自分の立場を押し上げるつもりなのだろう。強欲、というか、上昇志向のある野心家だな。


「いいぜ。だけどその代わり、俺が勝った時、俺の頼みを一つ聞いて欲しい」

「頼みって具体的にはなんだい?」

「今はまだ言えない。勝ったら教える。どうだ?」


 これは賭だ。普通ならこんな怪しい話、乗ってこないはずだ。危険過ぎるから。


「別にいいよ。だって、『吸血』でボクと勝負しようっていうんだろ? キミの舌技は確かにボクの認めるところではあるが、こと『吸血』に限るのであれば、負ける気がしないね」

「決まりだな」


 しかし照夫なら乗ってくるだろう。吸血に対して絶対的な自信を持っているから。


「放課後、中庭で決闘といこうじゃないか。何か予定は?」

「ない。それで大丈夫だ」

「よし! では、放課後を楽しみにしているよ!」


 照夫は遥に見事なウインクを送りながら去っていった。

 照夫が出て行ってからも喧噪は続く。


「ロックロックルォーックっ! 月瀬、お前やるじゃないか! なんという男らしさ! 愛する女性、それを狙うイケメンとガチ勝負たぁ恐れいった! オレは感動したよ! ぜひお前を題材にした曲を作らせてくれ! ふっ、このオレが恋愛モノの歌詞を書くことになろうとはっ。激アツなやつを書くぜええええ!」


 原田が唐突に話しかけてきたと思ったら、これまた唐突に自分の席に戻ってギターを抱えながらノートに何かを猛烈に書き始めた。なんだあいつ。

 原田と入れ替わるようにやってきた小野に、さっきの件で話しかける。


「ごめん。小野たちがせっかく照夫に俺と遥が付き合ってるなんて嘘を吹き込んで牽制してくれたってのに、無駄にしちまって」


 俺が謝ると、小野はなんのこっちゃとばかりに目をしばたたかせた。


「何言ってんだ? おれたちゃいつも通りに遥ちゃんと月瀬はラブラブ説を披露したまでだぞ。驚いたよ。朝いきなりイケメン転校生が訪ねてきて、遥ちゃんのこと聞かせてほしいっつってさ。二人はほぼ恋人同士っつったらどういうことだとイケメン野郎が絡んできたから、お前等がいかに普段愛を育んでいるかを語ったんだよ」


 全然助け船とかじゃなかったー! っつかまたそんなくだらんこと言ってたのかよ! まあよくよく考えると遥が照夫の求愛を断るつもりだってこと、クラスの連中は知らなかったから助け船も何もないな。


「月瀬ぇ。やっぱり遥ちゃんのこと好きなんじゃないかよぅ。惚れたぜ。あのイケメン王子と一騎うちたぁやるじゃないか。応援してるぜ! しっかし吸血ってのはなんだ? ヒルみたいに血ぃ吸うのか? それに陣営、覇権とかどういう意味だ?」


 小野が肩を組んできながら興奮気味にそう尋ねてくる。周りは俺と小野の会話に耳を澄ませているようで、静かだ。

 考えろ。咄嗟の言い訳として最適なものを。吸血という単語。俺と照夫の共通点。その他諸々。


「ああ、吸血な。実は俺、照夫のやつと知り合いなんだよ。照夫ってハーフだろ。なんかイギリスの遊びに吸血鬼ゴッコみたいのがあるらしくてさ。どっちがより吸血鬼っぽく首筋に噛みつけるか、みたいな遊びなんだけど、それにハマっててな。ま、こればっかりは見てみないと分からんしあんまり気にするなよ」

「そんなよく分からない遊びがあるんだなぁ。世界は広い! んで陣営とかは?」

「照夫の吸血ゲームチームに入れって意味でああ言ったんだよ。マイナーでネット検索に引っかからないと思うけど、一応世界大会があってさ。以前から誘われてたけど断ってたんだよ。英語話せないしこっちの日常を優先したいから」

「へぇ。 ただ遥ちゃんを守るってだけでなく、色々複雑なんだなぁ。とにかく頑張れ!」

「あと、原田と小野、お前ら誤解してるけど、別に遥の恋人として照夫と戦うわけじゃなく、あくまで幼なじみとしてだからな?」


 俺が必死にそう主張しても、はいはいと流された。いつも通りっちゃいつも通りだが今回ばかりは誤解を深めそうなので念入りに主張しておかなければ。

 と、小野の後に今度は加藤がやってきて、俺の背中を力強くはたいた。


「いてぇ! 何すんだ加藤!」

「見苦しいぞ月瀬! さっきのやりとり、どう見ても一人の女を取り合う男と男のぶつかりあいじゃねえか! あたし、不覚にも感動しちまったよ! 月瀬にあそこまで甲斐性があったなんてな! これで勝ってこそ本物だ! あたしはイケメンが好物だが、少女マンガ的展開はもっと好物だ! ポッと出のイケメンに求愛されるも、幼なじみの顔が頭から離れない! そんな時、イケメンが幼なじみに、あたしを賭けて勝負を挑んで……たまらーん! 当たって砕けろ月瀬ぇ! おい原田、とっとと歌詞書き上げろやぁ! このパッション、音楽せずにはいられない!」

「べらんめえ! おとなしく待っとれや! てめえはできあがった歌詞にメロディつけてけ!」

「おっけーい!」


 原田が語頭にロックをつけてない!? それだけ本気ということか。


「おい遥。俺たち、散々勝手なこと言われてんぞ。いいのか?」


 渦中の遥に水を向けてみたものの、当の本人は何事も無かったかのように涼しい顔をしていた。


「うーん。概ねいつも通りじゃない?」

「どこがだよ!」

「私たちが恋人同士って誤解されてるとことか。なんだかんだ私の問題を解決してくれようとするあっくんとか、ね」


 ふんわり微笑んだ遥は、俺の頬をサッと軽くなでてから、自分の席へ向かった。

 ……え、何今の!?

 不自然に暴れる心臓をなだめつつ、俺も自分の席へ。

 しばらくして朝のホームルームがはじまる。 

 その頃にはクラスは落ち着きを取り戻し、俺もまた冷静になった。

 登校前は、どう照夫を攻略するか糸口さえつかめていなかったが、他ならぬ照夫が自身の攻略方法を示してくれた。内容は至ってシンプル。舌技でもって戦い、勝つ。それだけだ。

 口の中で、特訓用に使っているものとは別の、ウォーミングアップ用の小さな鉄球を転がしながら、勝利のイメージを頭に強く、繰り返し抱く俺なのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る