遊園地デート

 遥の言いつけを守り、万全の準備をして家を出た。

 相手を待たせるわけにはいかないので、集合時間の一五分前に現地に到着できるように電車に乗る。

 てっきり同じ電車になると思ったのだが、朔夜の姿はどこにも見られなかった。俺が早く出過ぎたか、あるいは。

 やや早足で現地へ向かう。


 アイス・ランド。

 アイスランドという国とは一切関係ない。遊園地のコンセプトが『氷』なのだ。スケート場が併設されていたり、園内のアイスクリーム屋の数が異様に多かったり、温度管理のされたドーム内では年中氷の彫像が展示されていたりと、とにかく『氷』にこだわっている。

 ここを選んだのは、単に最寄りだったというだけ。幼い頃から遥や両親とよく来ていたため、楽しみどころを把握している、というのもある。

 遊園地の外観が近づいてくるに連れ、鼓動が早まっていく。

 緊張しているのか? それとも、めかしこんだ朔夜に会うのが楽しみとか? ええい自分のことなのに分からん!


 遊園地のアーチが見えてきたあたりで、俺は足を止めた。

 チケット売場の前、遊園地のアーチに背を預けながら佇んでいる少女。

 中学一、二年生くらいの容貌だが、その美しさからもっと上のように見える。

 髪で髪を結び、片方の肩へかけられたサイドポニー。薄ピンクのブラウスに、黒地に白のチェックスカート。スカートは短めで、白い生足が目に眩しい。

 黄金色のブレスレットをいじりながら、きょろきょろと辺りを見回している。

 と、目があった。

 朔夜はすぐさま目をそらし、左手で右腕を抱きながら、下唇を噛んでうつむいた。

 ドクンと心臓が跳ねる。

 普段と違う装い。態度。それらのせいで、別人に見える。


「お、おっす。待たせたな」

「ううん、今来たとこだから」


 そんなお決まりのやりとりをする。電車で一緒にならなかったことから、もっと前に来たことなど分かり切っているのに。

 俺が黙って朔夜をまじまじと眺めていたせいで、首を傾げられた。首を傾げる動作すら可憐で、もう何かどうすればいいんだよこの空気!


「アキヒロなんか変」

「いつもと違う格好だから、その……正直に言うわ。見とれてた。今日のお前はかわいすぎる」

「っ!」


 朔夜は息をのみ、耳まで真っ赤になった。元々の肌がおそろしく白いため、赤くなるとすぐ分かる。そんな反応もまた可憐で、ってこのままじゃ埒があかない。照れてばかりじゃ朔夜を楽しませられない。


「んじゃ、行くか。支払いは今日は全部俺がするから、遠慮なく欲しいもの、したいことを言ってくれよ」

「いいの? あたしもお金持ってきてるけど」

「いいんだよ。俺が誘ったんだから。俺の顔を立てると思って。な?」

「そこまで言うなら、甘えさせてもらおうかしら」


 たおやかに微笑む朔夜。ずっと素の口調でいくつもりか。態度といいその微笑みといい、別人過ぎる。保たないぞ俺の恥ずかしさを司る部分が。

 受付で一日どのアトラクションでも遊びたい放題のフリーチケットを買い、園内へ入る。

 並んで歩くだけでも正直緊張する。隣の朔夜との距離が三歩半なのもお互いの緊張度合いを表しているのかもしれない。


「アキヒロ、今日はあたしの朝の挨拶がなくて寂しかったでしょ~」


 緊張を解こうとしたのか、朔夜がおどけてそんなことを言った。

 朝の挨拶というのは、体液提供のことだろう。

 え、俺こんなかわいい子と毎朝あんなことやこんなことしてたの!?

 と、急激に恥ずかしくなる。逆効果だった。


「朔夜の朝の挨拶なんてなくても全然大丈夫だし。全然平気だし」


 焦って中学生みたいな口調になってしまった。


「むっ。なんかそれ嫌だな」


 若干不機嫌になってしまった。ミスったか。


「こほん。どっか行きたいアトラクションあるか?」

「ここはじめてで、何も分からないから、アキヒロに任せるわ」


 朔夜は目を輝かせながら、園内を見回している。

 この様子を見るに、今までこういう場所に来たことがなかったのだろう。昨日行きたいとこを聞いたとき、真っ先に遊園地を挙げたということは、よほど行ってみたかったのだろうと推測。なら俺が、遊園地の楽しみ方をたたき込んでやらねば!

 恥ずかしさを忘れ、どうすれば遊園地を楽しみ尽くすことができるか頭をフル回転させる。

 よし、見えた!


「まずはアレ買いに行こう!」

「え、ちょ、手」

「ん?」

「なんでもない……」 


 勢いのまま物販コーナーへ。

 アイス・ランドのマスコットキャラクター、ヒョウザンくんとイッカクちゃんの被り物だ。俺がヒョウザンくんのサンタ帽みたいな被り物、朔夜がイッカクちゃんのネコミミみたいな被り物を着用。


「遊園地はな、雰囲気が大事なんだよ。これはこの世界に没入するため、非日常を味わうために必要なアイテムなんだ」


 朔夜は頭についたネコミミ様の被り物をちょいちょいいじりつつ、小さく笑った。


「うん、確かに何か楽しくなってきたかも!」

「だろ! さて、体力ある午前中はアソコで決まり!」


 連れて行ったのはアトラクションではなく。


「わわわ。転ぶ転ぶ転んじゃう! アキヒロ絶対に手離さないでよ!」 

「承知」


 ガクガクと脚を震わせながら必死に前へ進もうとしている朔夜をサポートする。

 スケートも初体験のようで、怯えが全面に出ている。ククク、一時間後には笑顔にしてみせる!

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