イケメン転校生
『おしっこ飲みたい』事件以降は特に何もなく、平穏無事に昼休みを迎えた。
「三組に超絶イケメン男子が転校してきたらしいぞぉ! 二人とも一緒に見に行こうぜーい!」
購買から帰ってきた加藤が開口一番、威勢の良い声を教室中に響き渡らせた。
数人の女子が色めき立ち、早速席を立つかたわら、加藤に呼びかけられた当人たちは興味なさげに食事を続けていた。
「遥。見に行かなくていいの?」
「私は別に。甲斐ちゃんは?」
「わたしもそんなには。イケメンならサッカー部で見慣れてる」
「サッカー部ってイケメンさん多いもんねぇ。私は昔からアイドルとかにあんまり興味なかったしなぁ」
「または、心に決めている人がいるとか?」
「さぁそれはどうでしょう」
「大方予想はついてるけど」
「その予想、言わなくてもいいよ。私も誰の名前出されるか、大体分かるから」
「遥。中々ガードが固い」
「そんなことないよ~」
違う。俺は決して聞き耳を立てているわけではない。席が近いから勝手に耳に入ってくるだけだ。決して遥の心に決めた人とやらが知りたいわけではない。
「月瀬ぇ。何小難しい顔してんだよぉ」
「小野。お前の顔のがヤバいぞ。鬼面着けてるみたいになってる」
小野は拳を握りしめながら物騒なオーラを放っている。
「そりゃあ三組のイケメン野郎にキープ何人かかっさらわれちまえばこんな顔にもなるわい」
ああ、そういうことか。そもそもキープとか言ってる時点でダメな気がする。
「ロックロックロックロックロックロックは全てを破壊する。オレはロックで世界を破壊する。嗚呼ロック。おおロック。オレを救いたまえロックロックロックロックローック!」
「原田もだいぶ荒れてんな。これも転校生のイケメンのせいか?」
「ザッツロック。転校生でイケメン。しかも運動神経抜群で頭もいいらしい。こんな不公平があるか。理不尽だ。いっそのこと全人類、狼マスク被って生活すればいいのだ」
「それお前の好きなロックバンドだろ」
三組に転校してきたらしいイケメン男子の影響はどうやらかなり大きいらしい。どんな人物か興味はあるが、わざわざ足を運んでまで見たいとは思わないな。
加藤の提案をガン無視して雑談に花を咲かせている遥と甲斐さんにしびれを切らしたのか、加藤は強引に二人の腕を掴んで教室から連れ出した。
遥が見に行くのは好都合だ。後で話を聞かせてもらうとしよう。
残りの昼休みは、原田が即興で作った『ロックは世界を壊す~イケメン追放狼マスクパレード~』という曲のライブを鑑賞して終わった。突如教壇まわりに作られた特設ステージで行われたソロライブは、一部モテ男子を除く多くの男子たちを熱狂させた。わざわざ三組から来た男子は涙を流していた。
原田の怨念のこもったデスヴォイスはそれはそれは迫力があり、音を聞きつけたのか上級生や下級生もやってきた。中には軽音部の先輩らしき人もいて、次期部長はあいつで決まりだ、なんて話が聞こえてきた。
飽きないなぁこのクラス。
「で、どうだった? 三組のイケメン転校生は」
「すごかったよ。おとぎの国の王子様みたいだった。背が高くて、金髪で、目が青くて、鼻も高くて。イギリスと日本のハーフなんだって」
「すげえ。そんな絵に描いたように完璧な人間がいるとは」
「ファンクラブが転校初日にできたくらいだから、相当人気あるんだろうね」
夕食時。遥と朔夜と三人で食卓を囲みながら一日の出来事を話す。
「む。金髪碧眼で日英ハーフ……思い違いか。我はアキヒロのアルバムを鑑賞しておったら洗濯物干すの忘れそうになったのじゃ。ハルカと一緒に写っている写真ばかりで微笑ましかったのう」
「何勝手なことしてんだ」
「いいじゃろうそれくらい。どんな子どもだったか知りたかっただけじゃ。ぬしは幼稚園の頃から舐めるのが好きだったのじゃな。まさに我が家業を継ぐべくして継ぐ存在じゃ。っかっかっか」
愉快そうに笑う朔夜を見ていると、こっちまで楽しくなる。朔夜の過去を知ってから、朔夜への見方が変わった。
朔夜は家を追い出されてからずっと一人だと言っていた。せっかくうちに来たんだから、もっと楽しませてやりたい。
「朔夜、明日どっか出かけるか? 遊園地とか水族館とか映画とか、どっか楽しそうなところ連れてってやる」
そんなことを考えていたら、ふと口をついて誘いの言葉が出た。
何気ない一言だったが、朔夜にとっては驚天動地だったようで、スプーンを落とし、目をこれでもかと見開いていた。
「アキヒロからそんな言葉が出るなんて」
「意外か?」
「意外よ。あたしに協力してくれるとは言ってくれたけど、根っこの部分では、あたしのこと恨んでるかと思ってたから」
その発言こそ意外だ。俺を吸血鬼にしたことを後悔しているのだろうか。
「そりゃあ吸血欲求には振り回されて大変だけど、恨みの感情なんか一切ないぞ。朔夜が過去を打ち明けてくれたあの夜から、俺は自分の意志でお前の力になると決めたんだ。そこ勘違いするなよ」
「アキヒロ……」
じわりと朔夜の目尻に涙が浮かぶ。朔夜は案外泣き虫だ。
「ってことで、まあなんだ、親睦を深めるという意味でも、外出しないか」
「行く! 行きたい! 遊園地!」
鼻息荒く朔夜が身を乗り出してくる。
「遥もどうだ?」
「ううん。私はいい。二人で行ってきなよ」
遥は微笑みながらそう答えた。
この微笑みは、怒りとかはらんでいない純粋なやつだ。
「分かった。んじゃ明日ちょっくら朔夜と遊園地行ってくるわ」
「あっくん」
「ん?」
「そういえば私、欲しい本があるんだよね。あと服も見たいかな。いくつか気になる映画もあるんだけど」
このタイミングでこんなことを言い出したってことは、つまりそういうことだろう。
「明後日、ショッピングに同行させていただきます」
「ありがと。朔夜ちゃんもどう?」
「我はいい。明日遊んだ分、家事が溜まってしまうからのう。日曜日は溜まった洗濯、掃除を片づけたい」
「ん。じゃああっくん、明後日よろしくね」
「おう」
普段は小野と原田と適当に遊んだり、一人で読書や映画鑑賞したりしている土日が、まさか二日間とも外出の予定で埋まるとは。
朔夜がはしゃぐ姿も楽しみだし、久しぶりに遥と外出するのも楽しみだ。
「なら、今日は朔夜ちゃん、私んちに泊まらない? 外出用の服貸したげる。他にも色々準備が必要だろうし」
「ハルカは家に親がおるじゃろう。迷惑はかけられん」
「大丈夫大丈夫。うちの親大ざっぱだから。いきなり泊まるって言っても問題ないよ」
「むむぅ」
「朔夜。遥の言ってることは本当だぞ。遥んちのおばさんはドのつく大ざっぱ脳天気人間だ。あの人たちなら世界中どこでも生きていける気がする」
「それは褒めすぎだよあっくん」
「褒めたことになんのか?」
時にその脳天気さが恋しくなって、ちょくちょく相談しに行くくらいだ。俺のどんな悩みも笑い飛ばして、あれ、この悩みってそんなに深刻じゃないかもしれない、と思わせてくれる。
「俄然、興味が湧いてきたのう。では、遥の家に泊めさせてもらうとするか」
「おっけー」
「俺も挨拶だけしに行くわ」
そんなこんなで陽向家へ行くことが決定。
夕食をたいらげ、食器を片づけてから三人で向かうことにした。
遥の家は俺の家の対面になる。坪数や外観がほぼ同じなため、道の真ん中を通ると変な感覚に襲われる。
遥が自宅の鍵を開け、先に入る。
「おかあさーん、ちょっと来てぇ」
「はるちゃん? あんたあっくんちにいるんじゃ……あら! まあまあまあ! 久しぶりじゃないのあっくん! やだもうおばさんあっくんが来るって知ってたらお化粧して待ってたのに!」
遥の母、彼方
かなた
さんだ。うちの母より若い。うちの母より美人。以上。あと巨乳。
彼方さんに力いっぱい抱きしめられる。毎回こうやって歓迎されるのだが、そのたびに気恥ずかしくなる。色んな意味で。
「お久しぶりです彼方さん」
「かなちゃんでいいのよ!」
「それは流石に厳しいっす」
「もう、奥ゆかしいんだから」
遥のご両親は中身も若い。だから親しみやすいのだが、対応に困ることもある。
「おかあさん、お願いがあるんだけど」
「もしかして、ついにあっくんと結婚!? そのお願い!? ラブストーリーは突然に!?」
「ちょっと待って! 違うからね!?」
「なんだ。まだなのね。よく考えたら二人とも結婚できる年じゃないわね。なら婚約? 婚約なの?」
「今のところそんな予定ないから……」
遥が力なくそう言う。
彼方さんの一番困った点。それはことあるごとに遥と俺をくっつけようとするところだ。
「もう、二人はお似合いのカップルになるのは目に見えてるのに」
「おかあさん。そろそろ怒るよ。私もあっくんももう高校二年生なんだよ? そういう話はもうやめてよ」
「はいはいごめんねごめんねぇ~」
全然反省していないご様子。俺も遥の立場だったらつっかかっていただろうが、他人なのでスルー安定である。
「それで、お願いなんだけど、今夜この子を泊めてあげてほしいの。寝る場所は私の部屋でいいから」
遥の後ろに隠れていた朔夜がひょっこり顔を出す。
「こ、こんばんは。月読朔夜ともうします」
自信無さそうにおずおずと挨拶する朔夜。その様子はさながら年相応といった様子でシンプルに萌えた。
「きゃーなにこのべっぴんさんは! かわいい! も、もしかしてはるちゃんとあっくんの子ども!? 私の孫なの!? そうなのね!?」
「おかあさん冷静になって考えようよ! 中学生くらいの子なんだから私三才くらいで産んだ計算になるよ!」
「それもそうねぇ。お人形さんみたいにかわいらしかったからつい興奮しちゃって。泊めるのはおけまるよ。でも、この子は何なの? 素性は?」
しまった。その部分、何も考えてなかった。
遥も同じらしく、俺に救援信号を送ってきている。ここは朔夜の保護者(?)として、俺が言い訳を考えねば。
「あー。この子は……なんていうんでしょう、俺の関係者……家族?」
「それって……まさかあっくんのお嫁さんってこと!?」
「だからなんでそっち方面に持ってくんですかぁ! えー、遠い親戚と言いますかなんと言いますか」
「でもこの子、あっくんと似ても似つかないわよ?」
「それ遠回しに俺の顔面が残念って言ってます?」
「タイプが違うってだけよやぁねぇ。私はあっくんの顔、好みだから!」
それがフォローだということは明白だった。彼方さんの優しさが胸に沁みる。
「今日一日だけでいいんです。どうでしょうか?」
「もちろんウェルカムよ。でも変ね。こういう時、シンくんとミサキちゃんからメールの連絡くらいきそうなものなのに」
シンくんというのは俺の父親で、ミサキちゃんというのが俺の母親だ。うちの両親と彼方さんは幼なじみらしく、昔から三人でよく遊んでいたらしい。
「すみません、ご存じの通り職場で修羅場っておりまして、連絡する暇もないそうなので俺が代わりに」
「なるほどねぇ。分かったわ! サクちゃん、今夜はよろしくね! 一緒にニャン生ゲームとかしましょう!」
彼方さんは朔夜の手を強引に引っ張り、家の中へ連れていってしまった。
残された俺と遥は顔を見合わせた。
「彼方さん、相変わらず元気一杯だな」
「まあね……」
「じゃ、朔夜を頼んだ」
「うん。あっくん、明日寝坊しちゃだめだよ。私、起こしにいかないからね」
「わーってるって。九時に現地集合だろ?」
「そう。身だしなみもいつも以上に気をつけること!」
「はいはい」
「本当に分かってるのかなぁ? あ、そうだ、あっくんち出る前、明日着てく服用意しといたからそれ着るように! あと朝ご飯はしっかり食べてくこと!」
「了解であります」
「よろしい! 朔夜ちゃんを目一杯楽しませてあげるんだよ」
「任せろ」
手を振る遥に、同じ所作でもって応えながら、俺は遥の家を後にし、自宅へ戻った。
遥のやつ、まるで俺をデートに送り出すかのような雰囲気だったな。それぐらいの心構えをしろっていう遥なりのメッセージなのかもしれない。
朔夜と出会って明日でちょうど一週間。最初は不審者だと警戒したが、もうすっかり生活に馴染んでいる。
相性が良いと、短時間でも親しくなれるものなんだな。や、向こうが俺のことどう思ってるか分からないけど。
俺は朔夜のこと、どう思っているんだろう。少なくとも、当初のような悪感情はない。どころか、友人と接する感覚に近い、気安さを感じている。友人、とは少し違うか。同志、と呼ぶのがいいかもしれない。
俺を必要としてくれていることは純粋に嬉しいし、期待に応えたいとも思っている。体液交換によって吸血鬼としての体質が似る点、また吸血鬼としての先輩という点で主、親という感覚もある。
どちらにせよ、もう切っても切れない関係になった、ということだ。
ふと、朔夜が過去を吐露した際に流した涙、寂しそうな表情を思い出した。
ごちゃごちゃ難しいことを考えるのはやめよう。明日は朔夜が心の底から楽しめるように行動しよう。
夜更かしせず、いつもより早めに床についた。寝不足のせいで頭が働かない、全力で楽しめない、なんてことになるのはごめんこうむる。
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