まごうことなき変態がそこにいた
放課後。今日も遥と一緒に帰宅。食材は十二分にあるため、寄り道せずに帰る。
限界が近い。何の? 決まっている。吸血欲求だ。
一日ぐらい大丈夫だと思っていたが、甘かった。既に頭の八割以上が吸血欲求に支配されている。
帰れば朔夜からもらえる。それまでの辛抱だ。耐えろ。耐えるんだ。
「あ、あっくん、そこに缶転がってるから気をつけてね」
「うわっぷ!」
思考が働かず、遥の言葉に反応できなかった結果、缶につまずいてしまった。
「あう」
思わず、隣にいた遥にしがみついてしまう。
六時間目が体育だったせいで色濃く香る汗。
自分の中で最後の砦が決壊する音が聞こえる。
耐えろ、耐えるんだー! ここを凌げば援軍がああああああああああああああ!
目の前の首筋に、むしゃぶりつく。
美味い美味い美味い美味いもっともっともっともっと。
「あっくん!? ダメだよこんな道の真ん中で……ひぅっ、ああ、ダメだってねえ、ひゃうっ!」
息も絶え絶えな遥に引きずられ、路地裏へ移動。
そこで思う存分堪能する。
はずが、汗だけでは物足りない。
朔夜。吸血芸能。首筋から血液を摂取。
遥の、うっすら汗の浮かんだ首筋に、噛みつく。
「っ!」
遥の身体がビクリと大きく震える。痛そう、ではない。
朔夜が言っていた。吸血鬼の唾液の効果。痛みよりむしろ快感を与える。噛みつきによってついた傷も、すぐ塞がる。
深く噛むと取り返しのつかない出血となる。僅かに漏れ出るくらいの小さな傷を意識。
舐める。舌で転がす。舐める。回す。吸い出す。
「あ、これ、ダメなやつだよあっくん、なんでこんなっ、あふっ」
遥の声によって気分が高まり、さらに舌の動きが激しくなる。
自分が次のステージへ進んだのが直感で分かった。
実戦で得られる経験値は訓練の比ではない、と。そういうことか。
数分後、満足した俺は、傷口のみ丁寧に舐めて塞いだ後、遥の身体を離した。
「もう、無理ぃ」
腰から崩れ落ちそうになる遥を受け止める。
「ほんっとすまん! また、やっちまった」
「ごめん今は話しかけないで」
「うい」
遥は全身を赤くさせながら、ぎゅっと強く目をつぶって小刻みに震えていた。もじもじと太ももをすり合わせている。
それだけ恥ずかしかったのだろう。欲望に身を任せた後の罪悪感がキツい。
「ん? 何か香辛料みたいなにおいがするような……」
「き、気のせいじゃない? 今日のお弁当の中に入ってた七味の残りでしょ?」
「そういや入ってたな、それか」
「わた、私はもう大丈夫だから。先行ってて」
「なんで? 帰る場所同じだろ?」
「いいから!」
「了解しましたぁ!」
気迫に押され、小走りで去る。
やはり気が立っていたのだろうか。後で誠心誠意謝らないとな。
「ただいま~」
「おお、帰ったか。む、ハルカは?」
「後で来るよ」
「そうか」
三角巾を付け、はたきを持った朔夜が玄関まで出迎えに来てくれた。
滞在二日目以降、朔夜は俺たちが学校に行っている間に掃除洗濯をやってくれている。その途中だったのだろう。
「弁当、ありがとな。めちゃ美味かった」
「じゃろう? アキヒロのには我の体液を入れておいたからのう。余計に美味しく感じたじゃろう」
「マジで? 全然気がつかなかった。何入れてくれたの?」
「色々入れたからなぁ。えーと、まず汗じゃろ。次に」
「やっぱいいごめん自分で聞いておきながら覚悟ができてなかった」
「なんじゃ。変なやつじゃのう」
聞いてしまったら今後美味しく食べられなくなるかもしれない。または変な性癖に目覚めてしまうかもしれない。どちらも由々しき事態ゆえ、回避させてもらった。世の中知らない方が幸せなこともある。
今夜は遥が夕食を作ってくれ、三人で団欒した。
遥が風呂へ行っている間、ソファで俺の膝の上に座っている朔夜へ話しかける。この体勢についてはスルーしていただきたい。
「なぁ朔夜。これから朝、その、体液をくれないか? 今日、弁当に入ってた分じゃ足りなくて、下校途中、遥に吸血しちまった」
「そのためのドナーじゃろう?」
紅い瞳が俺を見上げてくる。この角度だと、胸元が見えそうで危ない。朔夜を膝に乗せた状態で抜刀してしまったら大惨事だ。遥的な意味で。
「でも、顔真っ赤にさせて、身体も震わせてて身体的にキツそうだったんだ。なるべく負担をかけたくない」
「それは……面白いから言わんどこ。ふむぅ、しかし一日も我慢できなかったのか。ぬしはよほどの絶倫と見た」
「別の意味じゃないよね!? 吸血鬼的な意味でだよね!?」
「分かった。考えておこう。楽しみにしているがよい」
「安定のスルーですか。あと、吸血の時、汗だけじゃ物足りなくなって、首筋から血液を摂取しちまったんだが、あれどうにかならないか」
「汗は栄養素が少ないからのう。本能的に、より栄養価の高い体液を求めたのじゃろう。しかし咄嗟に首筋へ吸血するとは流石じゃ。我の後継者にふさわしい」
朔夜は上機嫌になった。確かにあの時、朔夜の顔が浮かんで、それで首筋へ噛みついたような。
「そうじゃアキヒロ、実は我、さっき浴室に下着を置いてきてしまったのじゃが、取りに行ってくれないかの?」
つーことは今ノーブラ&ノーパンってことじゃねえか。朔夜の、服に対する意識を早急に改めさせないと。通りで胸元ががっつり見えかけてるわけだ。
「自分で取りに行けよ!」
「足攣った」
「なんちゅうタイミングの悪さ……はぁ。行ってくるわ」
「黒いやつじゃぞ~。遥のと間違えるなよ~」
「わ、分かった」
黒か。イイネ。ナイスだね。
朔夜を持ち上げて隣に降ろし、俺は脱衣所へ向かった。
朔夜を下着無しの状態で放置しておくわけにはいかない。急いで回収せねば。
そんな、はやる気持ちが俺にミスをさせた。
躊躇せず脱衣所のドアを開ける。
そこには、今まさに上の下着を着けたばかりの遥が、呆然とこちらを見ていた。
あれ、ちょっと待って、なんで今、猛烈に吸血欲求が湧いてきているんだ?
「えっ、ちょ、あっくん? そこは驚いて『ご、ごめん!』とかいいながらすぐ出て行って後ろ手でドアを閉めつつドキドキするところじゃないの?」
「や、なんでそんな冷静に話してられるんだよ」
「冷静じゃないけど動揺し過ぎて着替えの手が止まってるんですけど」
「俺も突然湧いた吸血欲求にとまどっている」
「え」
ライムグリーンの下着に包まれた身体は女の子らしさに溢れている。
ぷにっと柔らかそうな肢体。腰はややくびれていて、胸は想像以上に前に張り出していた。着やせするタイプとみた。
――――舐めたい。
性的な意味ではなく吸血鬼的な意味で。
流れ落ちた湯と汗、それらの終着地点、へそへ視線が釘付けになる。
帰り道で体液もらってるし、理論上はもう足りてるはずだ。足りているのなら耐えられるはずだ。はずだ。しかもよりにもよってへそを舐めに行きたいだなんて変態か。
抑えろ。人間としての尊厳を守るんだ。
「ああもう無理! いただきます!」
変態だった。まごうことなき変態がそこにいた。
下腹部、下着のやや上から舌を這わせ、へそへ行き着く。
出汁のきいたお湯と新鮮な汗。たまらん。
「あっきゅんなんら変な感覚らよぉ」
反射的に後ろに引こうとした遥だったが、がっちり腰をホールドした俺がそれを許さない。尻の感触? んなことより体液のが重要なんだよ!
次から次へと流れ落ちてくる。最高か。
執拗にへそを舐めていると、遥がへたったように上半身を折り曲げ、俺の頭を支えにするように包み込んだ。
頭が至福の柔らかさに包まれる。おっぱいの感触? んなことより体液のが重要なんだよ!
堪能し尽くし、舌の動きを止めたところでいつものように正気に戻っていく。
あ、あ、あ、またやっちまってるぞこれ変態的行為に走ってたぞ今日に限ったことではないけど!
気付けば、荒い息を吐いている遥の胸に顔をうずめていた。あとなんか下腹部に抱きついてた。事案。訴訟。敗訴。死にたい。
謝らねば。でも毎回謝ってばかりだと、また同じこと繰り返すんでしょ? と思われそうだ。こういう時は、謝罪よりお礼。
「体液を提供いただき誠にありがとうございました」
「…………」
ガリッ。
「いってぇ!?」
頭部噛まれた! 吸血鬼に目覚めたのか!?
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