体液各種

「おかえりなのじゃ。アキヒロ。ハルカ」

「ただいま~」

「ただいま、朔夜ちゃん」


 遥の言いつけを守り、下着姿ではなくTシャツ姿の朔夜が出迎えてくれた。


「人間界は大変じゃのう。毎日毎日学校に通わねばならんとは」

「吸血鬼界には学校ないのか?」

「あるぞ。ただ。希望制じゃ。学びたいものが学びたいだけ学ぶ。そういう仕組みができておる」

「へぇ。そりゃいいな」

「ぬしももう吸血鬼なのじゃから、今からでも吸血鬼側の学校に通ったらどうじゃ?」

「だから俺は人間界で生きてくんだってば」

「ちぇ」


 朔夜はため息をつくと、早足でリビングへ戻って行った。


「朔夜ちゃんちょっと待って」

「む?」


 リビングのドアに手をかけたところで振り向く。


「下、はいてる?」

「それはもちろん。ほれ」


 だぼだぼの黒いTシャツのすそをめくる。そこには小ぶりなお尻と、それを包む白い下着があった。

 黒、白、紅ときてまた白、か。

 朔夜は漆黒の髪、紅い瞳、白磁のような肌が印象的だから、それに対応した色はよく映える。本人も理解して身に付けているかもしれない。

 にしても朔夜、肌が白い。パンツと同化、ともすればパンツより白い。

 朔夜が俺に流し目を送ってニヤついている。それに気付きつつも俺は朔夜のパンツ付近から目を離せない。そんな俺たちを見ながら笑みを深めていく遥。若干頬が膨らんでいる。この怒り方パターンは見たことがないかもしれない。


「朔夜ちゃん。私、部屋着用のショートパンツ、用意したよね?」

「うむ。じゃが、開放感が足りん。我は締め付けられること、自由を奪われるのが嫌なのじゃ。下着だって着用したくないのじゃが、そこは最低限の礼儀。このTシャツだってアキヒロのにおいがするから着てるのじゃ」

「最低限の礼儀っていうのは下着に加えて服を上下着ることだよっ!」


 おお。遥の全力突っ込みとは珍しい。


「ふむ。ならば、アキヒロ、そのカバンを寄越せ」


 朔夜がちょいちょいと手招きする。

 俺は言われたとおりスクールバッグを手渡した。

 受け取った朔夜は中をまさぐり、あるものを取り出した。


「これならはいてもよかろう」


 朔夜はおもむろに俺が今日使った体育用のジャージをはきはじめた。


「汗塗れで汚いぞ」

「何を言っておる。高級ワインのような深みあるにおいじゃぞ。ぬしを吸血鬼にした時、あまりに美味過ぎて無駄に長く体液交換してしまったくらいじゃ。眷属ではなくドナーにしようか、本気で揺れた。それほどまでにぬしの体液は美味じゃ。主従関係になったゆえ味は薄まったが、それでも尚凡百の体液より格段に美味い。近々摂取する予定だからよろしく頼む」

「お、おおう」


 知りたかったような、知りたくなかったような情報だ。体液が美味いって何の自慢になるんだ? 牛で言えば乳の美味さか? まさか吸血鬼たちは体液の美味い人間同士を交配させてよりよいドナーを作ろうと? 流石にそれはないか。


「朔夜ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「質問を許可しよう」

「どうやって体液を摂取するの?」

「無論口から直にじゃ。唾液は新鮮なものが一番じゃからの」


 とんでもないこと言ってますけどこの人。や、吸血鬼からしてみれば普通のことなのか? 分からん。教えて常識ある吸血鬼の一般人さん。


「唾液じゃないといけないの? 汗とかじゃダメなの? それか、血液とか」

「そうじゃった。血液の方も味見しておきたかったのじゃ。なぜ唾液が良いのか。それは単純に味じゃ。我は爽やかな口当たりが好きでのう。唾液はそんな味がするんじゃよ。汗は唾液や血液と比べると味の深さに劣る。そうじゃな。人間界の言葉で言うと、唾液は甘味と酸味、血液は旨み、汗は甘味が強い。他には……鼻汁は苦み、尿は辛味、涙は塩味、愛〇ならびに精〇は無味じゃが酩酊を生じさせる。じゃが、これはあくまで統計であって、個人個人へ焦点を当てればその限りではない。例えば、アキヒロの唾液の味を形容するならワイン、といった風にな」

「あ、あい、せ、せい!?」


 遥が、朔夜の口から飛び出したとあるワードに動揺している。いや俺もだけど。


「朔夜、お前の話はちと人間には刺激が強すぎる!」

「そうか? 吸血鬼同士の会話なら普通に出てくるぞ? 誰々の血液は霜降りだとか誰々の精〇は度数が高くてすぐ目を回しただとか」

「もういい! それ以上話されるとおかしくなるから! 価値観大事にしてこう(?)!」

 

 違う世界、常識の中で生きてきたんだなと実感した。俺が吸血鬼になるのは難しいかもしれない。機能的な意味ではなく、価値観変革的な意味で。


「さ、朔夜ちゃんは、その、色んな体液を、飲んできた、のかな?」


 おっとぅ、ここで遥が顔を赤らめながらぶっこんできたぞぉ! 俺もぶっちゃけ気になったけどぉ!

 

「吸血鬼として一〇〇年も生きてきたのだから当然じゃろう。それに我は吸血鬼の中でも名家と言われる家の出。幼少期より高級体液を摂取してきておる。ま、血液以外の直飲みは今まで無かったのじゃがな。栄養の補給は吸血鬼界で流通している体液パックを使った料理だけでしか行ってこなかった。ただ、首筋の吸血については数え切れないほど行ってきた。吸血ジャンルも細分化されておってな。我が血統の得意芸能は、吸血の中でも特に格式高いとされる首への吸血」

「そ、そうなんだ」


 遥が複雑そうな顔をしている。俺もそうだ。イケナイ話が飛び出してくるのかと期待していた反面、生々しいのはちょっと、と怯えていたから。


「じゃから我にとって直に唾液を摂取したのはアキヒロが初なのじゃ。光栄に思うが良い」

「俺が朔夜にとって初経験の相手だったってことか……」

「あっくん?」

「誤解を招くような表現をしてしまい誠に申し訳ございませんでした」


 思ったことをすぐ口に出すのはよくないね。ちゃんと吟味してからにしようね。おにいさんとの約束だよ?


「しかし、唾液の直飲みがあそこまで良いモノだったとは。我は正直、体液パックだけで十分じゃろう、栄養をとれればそれでいい、味はさほど気にしない、とそこらの吸血鬼が人間の体液直飲みについて語っているのをスルーしてきたのじゃが、視野が狭まっていたのかもしれないのう。興味が湧いてきた。アキヒロよ。飲ませろ」

「な、何をですか?」

「せい」

「ストップストップストーップ! ダメだから! 少なくとも私の目が黒いうちは!」


 よくぞ止めてくれた遥。色んな意味で危なかった。

 自分の貞操は自分で守ろう。流されたら戻れなくなるような気がする。真面目が一番! 健全が一番!


「むう。人間はごちゃごちゃ細かいことにうるさいのぅ。じゃから余計なストレスが増えるのじゃ。もっと自由に生きればよかろう」


 全然細かいことではないのだが、発言全体を見ると正しいことを言っている気がする。


「とにかく、えっちなことは禁止だからね! 月瀬家代表代理としての命令だから従ってもらうよ!」


 そう言うと、遥はスマートフォンをまるで紋所のように突きだした。

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