どMさんなの?
地獄の朝食タイムを経て。
なんてことはない、遥との登校。
はい、なんてことないはずがありませんよね。気まずさの極みですよね。
逆の立場で考えてみよ? 自分の幼なじみのあんな醜態見せられてみ? 場合によっては一生距離をとるまであるよ?
「あっくんってさぁ」
「ふぁ、ふぁい!」
突然話しかけられて変な声でた。
「どMさんなの?」
「違います」
よかった。真顔で冷静に答えられた。ここで取り乱したらクロだと思われる可能性あるからねこれ。
「でも、朔夜ちゃんに頭ぐりぐりされてた時のあっくん、すごく幸せそうに見えたよ。えーと、なんて表現するんだっけ……愉悦?」
「誤解です。あの時の俺は吸血鬼モードになってて頭がどうかしてたんです。ええそうですとも。気持ちよくなってたのは事実ですよ。でもそれはごちそうあってのこと。札束で殴られたら悪い気がしないのと同じです。平時では決してあのようなことは起こりません」
「怪しいなぁ」
「そこは信じてくれよ。幼なじみなんだし俺にMっ気がないことくらい分かるだろう?」
「でも、人は唐突にそのテのものに目覚めることがあるって何かの本で読んだことあるし」
「そんな本、有害指定図書になってしまえ」
そう。俺はMではない。そのはずなんだ。あの時覚醒めかけていたのはきっと吸血鬼としての本能なんだ。そうでなくては困る。
「あ、それと私、おじさんとおばさん帰るまであっくんち泊まることにしたからよろしく」
「え。聞いてないんだけど」
「今話したからね」
「彼方さんは許可したのか?」
「うん。むしろ泊まってあげなさいって」
「そうだった。あの人、遥と俺を昔からくっつけたがってるもんな」
「いつまでそんなこと言い続けるんだろうね。私とあっくん、もう高校生なのに」
遥の家は母子家庭だ。彼方さんは女手一つで遥を育ててきたキャリアウーマンで、笑顔でいるところしか見たことがない。昔はよく遥の家に遊びに行ってて、彼方さんが休みの日は三人でよく遊んだものだ。プール行ったり虫捕まえに行ったり映画見に行ったり。
俺も彼方さんと話すのが楽しくて、彼方さんも俺と話すのを楽しみにしている節がある。俺の彼方さんに抱いているイメージはかなり良い。遥と俺をくっつけさせようとするのだけはやめてくれれば完璧だ。
「ま、そのおかげで毎年バレンタインデーにチョコもらえるのはありがたいけどな。ごめんな。遥も面倒だろ。毎年俺にチョコ作るの。義理チョコなのに毎回手がこんでるし」
遥の肩が俺の二の腕あたりに強めにあたる。何かにつまずいたのだろうか。
「……。そうだね。お母さんが作れ作れ毎年うるさくて」
「もはや強制だよな。遥が俺にチョコ作ってくれるの。それも遥に本命ができるまでだな。そういやお前から恋愛方面の話って聞いたことないけど、どうなんだ? 来年は本命チョコ渡す相手できそうか?」
思えば、遥とそっち方面の話をしたことってほとんど無かった気がする。これだけ時間を共にしてきたのに。
「どうだろうね。今の生活に満足してるし、相手ができる予定はなさそうかな」
「そっか。俺も似たようなもんだ。周りのやつらに合わせて彼女欲しーなんて言う時もあるけど、実際そこまで思っちゃいない。彼女とか作ると時間もお金もかかりそうだし、ぶっちゃけ面倒くさそうなんだよなー」
「彼女できたことないくせに何言ってるんだか」
「い、いいだろ別に! それにそれ言うんだったら遥も同じだろうが!」
「あはは」
そうそうこういうのだよこういうの。こういう他愛無い会話が大事なんだ。
「話変わるけどさ、遥の料理、久しぶりに食べたけどめちゃ美味しかったわ。とっくにオカン超えてるわ。弁当も美味しかったけど、昨日の夕食はそれの比じゃなかった。特に魚の煮付けの味の染み込み具合、たまらなかったな~」
「ふっふっふ~。人は成長するものなんだよ。いくら一緒にいる時間が長くても、お互い知らないことばっかりだよね。例えば、あっくんが朔夜ちゃんくらいの女の子に踏まれるのが好きなのとか」
「いけませんねぇ。言葉に険がありますねぇ」
遥はこんなにしつこく言ってくる性格じゃなかったはずなんだけどなぁ。これも、俺が知らなかった遥の一面なのだろうか。
校舎が見えてきた。そのくらいになると道に他の生徒たちが増えてくるため、俺たちは半歩ずつ離れた。
いつからかそうすることが習慣になっていた。
「オトンとオカンが帰ってくるまで泊まるってことは、あと八日か。その間ずっと遥の料理食べられるのは嬉しいけど、そこまで気ぃ使わなくてもいいんだぞ? 元々親がいない間は一人で生活するつもりだったし」
「朔夜ちゃんとあっくん、未成年の男女二人が一つ屋根の下っていうのはよくないからね」
「あいつ一〇〇歳だから未成年じゃないだろ」
「自称でしょ? 本当だったとしても吸血鬼の世界じゃ未成年らしいし同じことだよ。それに、私のお母さんに言われなくても、泊まってたと思うよ。どうせあっくんろくなもの食べないだろうし」
「信用ないなぁ。その通りだけど」
「でしょ? そこは幼なじみとして助けるのが義理ってえもんよ」
パン、と軽く俺の背中をはたく。
「男らしいな。思わずトキメキそう」
「あっくんが少女マンガの主人公みたいな顔になってる。普通逆なんだけどなぁ」
じゃ、今日も帰りに夕食の材料買いにいこーねーっと小さく言い残し、片手をひらひらさせながら教室に入っていた。
その後ろ姿を見てると、安心感が湧いてくる。
両親がいないってんで遥との時間が増えたが、これは中々良いものだ。
幼なじみって不思議だ。家族のようでもあり、親友のようでもあり。どんな言葉で括ってもしっくりこない。まあ関係性の呼び方なんてどうでもいいか。
俺は遥の少し後に教室に入った。
イケイケサッカー部の小野、ロックバカ原田が、いつもよりラブラブな気がするぞお前等などと言いがかりをつけてきたので軽くあしらった。
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