第57ターン ヒーローたちは遅れてやって来る

 ――突如流れたリュートの旋律と伸びやかな歌声。紡がれた歌詞は、オルファリアが弱気になっていたせいもあるのだろう……彼女の感情の水面にいくつもの波紋を走らせた。

「ふっ……ふぇぇ……?」

 続々と零れる涙滴に混乱するオルファリアの視界の中で、嫉妬教徒エンヴィアンたちの反応は彼女以上に劇的だった。ある者は顔を両手で覆って慟哭し、またある者は亀のように蹲って身を震わせる。オルファリアを抱えていた両名も、滂沱の涙を流して彼女の脚から手を滑らせてしまった。

 この場のほとんどの者が、胸を刺すやるせなさに動けなくなるほど号泣している……。

 嫉妬教徒エンヴィアンで唯一、僅かに鼻を啜るだけに留まった村長が苦々しげに吐き捨てた。

「この、異常なほど強い感情の発露……自然のものではありえませんな! この歌……くそ、『呪奏』ですか!?」

 村長が見破った今も流れる歌曲の正体に、オルファリアもはっとする。

(呪奏……楽器の演奏や歌唱に精魂アニマを籠めることで様々な現象を引き起こす、魔法の一系統。簡単なものでは、歌や曲を耳にした人を眠らせたりするくらいだけど……卓越した使い手なら、歌詞の一節を聴いただけの相手を完全な操り人形にすることも出来るって……。それどころか、生き物ですらない無数の剣とかを、楽曲で自由自在に飛ばして操るとか――)

 ――そんな、たちの十八番おはこである。

 ……今さらながら、オルファリアは唄っている声が良く知る相手のものだと気が付いた。

「……っ……!? ピリポくん……!」

 涙でぼやけるオルファリアの目でも見間違えはしなかった。彼女の正面、遥か先。この古代神殿の出入口だろう観音開きの大扉の前で、羽帽子の小人ピグミットがリュートを構えている。

 その姿を村長も捉えたらしい。神聖よこしまな儀式への不届きな乱入者へ天誅を下そうと、彼が動き出そうとした刹那――一瞬早く二つの影が石柱群の陰から飛び出した。

「お前ら……オルファリアに何してやがるこらぁっ!!」「――死ね……ひたすらに死ねっ!!」

 チビな人間マンカインドの少年がブロードソードを振るい、咽び泣いていた嫉妬教徒エンヴィアン共を容赦なく張り倒した。彼が仕留め損なった者も、黒い肌のハーフエルフの若者が細剣で引導を渡す。

「ディアスくん……ロレンスくんも……! 何で……どうして……!?」

 思えば、付き合いもまだ一ヶ月程度……だが、その一ヶ月間で肩を並べて何度も死線を潜り抜け、絆を育んできた冒険仲間たち……。カダーウィンに残っているはずの、ここに居るはずの無い彼らの想定外の救援に、オルファリアは感極まって嗚咽を漏らす。

 ……逆に、嫉妬教徒エンヴィアンの村の村長は、予想外の奇襲によって冷静さを失いつつあった。

「こ、の……何処から湧いて出やがったんですか鼠共がぁああっ!? 我が神の御前でその不敬……許すまじぃっ!! 我らが主へ――」


 この身に宿りし精魂アニマ

 我が意に従いて燃え上がれ

 流星の如く宙を翔け

 万物を焼き穿て


「《燃えろ火の玉ファイアボール》ッッ!!」

「――ぐげぇぇっっ!?」

 アーネルへ歪んだ祈りを捧げようとした村長だが、ロレンスの魔法の完成の方が先だった。真っ赤に燃える拳大の火球が空中を走り、村長の胸へと衝突する。破裂したそれから噴出した炎に巻かれ、禿げ頭の中年が転げ回った。

 村長が倒れれば、オルファリアとディアスたちの合流を阻める者は一人として居ない。通り抜け様に残る嫉妬教徒エンヴィアンたちを蹴散らして、ディアス、ロレンス、ピリポはオルファリアの許へ馳せ参じる。最後の屈強な嫉妬教徒エンヴィアン二名をディアスとロレンスが打ち倒し、神像によじ登ったピリポがオルファリアの手枷を外して……その瞬間、彼女は安心からへたり込んでしまった。

「オオオオルファリアッ!?」「大丈夫かっ!? 何処か痛む所は――」「オルファリアちゃん、膜は本当にまだ無事!? ちょっとおいらに確認させ……げふっ」

 オロオロと心配げなディアスとロレンス、余計なことを言って彼らに踏み付けられるピリポ……いつも通りの三名のやり取りに、オルファリアには泣き笑いの表情が浮かんだ。

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