サキュバス・ヒーラー

天羽伊吹清

キャンペーン1 その者、未来の大英雄――

シナリオ1 オルファリア~男心を惑わす聖女

第1ターン 暗闇の底の面々

「――きゃああああっ!?」

 焦りと恐怖が混じり合った少女の悲鳴に、彼は反射的に手に提げたランタンを掲げていた。

 球形に広がる暖色の光の中に墜落してきたのは、白い――本当に染み一つ無い、驚きの白さの布地であり……それに包まれた曲線を描く物体である。『硬さ』や『鋭さ』といった単語とは無縁の、攻撃的な印象は一切感じられない丸みは、『約束の地』という言葉すら思い起こさせた。

 ランタンの火の燃える微かな音に、感嘆の吐息の音が被さる……。

 ……後に、目撃者となった彼は万感を籠めて語ったという……。

 ――「楽園を見た」、と。


    H    H    H


 ……洞窟内は暗く、ふとすれば今が昼か夜かさえも解らなくなってしまいそうだった。

「――うぅっ……。い、今、明かりを点けますっ。少しだけ待ってて下さいっ」

 闇に響いたのは、水晶の鈴を転がした如き少女の声。その声が厳かな旋律を紡ぎ上げる――


 我らがしゅ

 偉大なる献身と慈愛の女神・『ナートリエル』様へ求め訴えます

 御身を照らすご威光を

 僅かばかりわたしにお分け下さい……


「――《光あれホーリーライト》……!」

 暗闇に蛍を思わせる光が灯った。それは一つ、二つと増えて、やがて洞窟の一角から暗黒を駆逐する。そして、光の中心に浮かび上がったのは、肩を越す長さまで薔薇色の髪を伸ばした少女だ。

 続けて、彼女の周りに一〇代の半ばから後半と思しき少年二人も照らし出される。

「……良かった。ディアスくんもロレンスくんも無事だったんですね」

 少女の白磁の色の顔立ちがほっと緩んだ。まなじりを下げた大人しげな容貌は、奈落の如きこの場には似付かわしくないほど整っている。彼女こそが女神と思えるまでに眩しい……。

 少女の鳶色の眼差しが、ディアスと呼ばれた茶髪の男子と、ロレンスというらしい黒い肌の若者を見た数瞬後――何かに気が付いた風に軽く見開かれた。

「……あのっ、ピリポくんは? 居ないんですか……!?」

 居るべき誰かが居ない焦燥感に揺れる少女の瞳から、ディアスもロレンスもばつが悪そうに顔を逸らす。それでも、伝えねばならないという使命感が働いたのか、革製の籠手に包まれたディアスの手の指が、ある方向を示した。それを少女の視線が追う――

「……えっ?」

 ――地面にぺたんと、崩れた正座の形に落ちている少女の下半身。元々長くはないスカートが乱れてまくれ上がり、小鹿のような脚線美を惜しげもなく晒すこととなっている。

 ……その下から子供のように短い腕と脚が突き出て、幸せそうに痙攣していた。

「ピリポは、その……オルファリアの下敷きになってるぜ」

「そ、そういうことは早く言って下さいっ!!」

 自分のお尻と地面の間に挟まれた人物の顔の上から、少女――オルファリアは大慌てで跳び退くのだった……。


 この大陸せかいには魔物モンスターが蔓延っている。

 それは途方もない過去から続くことであり、今さら「何故?」と問う者は少ない。

 人同士の争いは、国と国との本格的な戦争がここ数十年無く、国境沿いで軍と軍が睨み合う程度の比較的平和な時代だとしても、人と魔物モンスターの争いは違う。街道を外れた旅人が豚頭の亜人・『オーク』の群れに嬲り殺しにされることも、とある村が子供ほどの大きさの鬼・『ゴブリン』の群れから略奪を受けることも、ままあることなのである。

 しかし、人もそれに無抵抗ではない。国家に仕える兵士たちが、または武勇の傭兵たちが、人に仇為す魔物モンスターを狩る為に駆り出されることもよくある話なのだ。

 だが、『魔物モンスターを退治する者』として大多数の者が答えるのは『彼ら』に他あるまい……。

 ――『冒険者』。

 オルファリア、ディアス、ロレンス、ピリポ……この四人もまた、そんな冒険者の数多存在する一行パーティの一つである――

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