ハゲの人権が無い世界で、魔法を使うたびに髪が抜ける呪いをかけられたんだが【加筆版】

ただの猫

第1話

 この世界において、ハゲというものの社会的地位は最悪だ。人権なんてものは無いに等しい。

 ハゲと分かれば今まで積み上げてきた信用は地に落ち、衛兵に見つかれば牢屋行き、奴隷も真っ青な労働地獄が待っている。

 それは勇者としてこの世界に召喚された俺であっても関係なく適用される絶対のルールだ。


 ……だからこそ、俺の今おかれた状況は最悪と言えるだろう。


「こんにちは勇者くん! ボクは魔王です! 君には呪いをかけておいたよ!!」


 都市を出てすぐの草原のど真ん中。ロールプレイングゲームならスライムくらいしか出てこないはずの場所。そんな場違いな場所に出てきた魔王は開口一番、そんなことを言った。


「呪いだと!」

「そうだよ。魔法使用で魔力の代わりに毛髪を消費する呪いさ!!」

「な、なんだってーー!!」


 ……魔王討伐の旅初っ端から、俺は魔法を極力使わずに魔王討伐を成し遂げなければいけなくなった。


 勇者には極めて高いステータス補正と、剣技、魔法の才能が与えられる。

 それゆえ、魔法は当然強力なものが多く、消費魔力も半端ではない。そんなものを使えば俺の頭髪は一瞬にして消え去るだろう。

 魔法を使わないというのは、俺の勇者としての特性を半分捨てることに等しい。その上、遠距離攻撃が可能な魔法使いに対する攻撃手段をほとんど失うことになる。例えば⋯⋯。



「くっ!」


 敵の魔道士の手に仲間の狩人の矢がつき刺さる。空間を埋め尽くす魔法に、一瞬の綻びがうまれる。

 絶好のチャンスに聖女が叫ぶ。


「勇者様、今です! ここで魔法を……」


 使うわけにはいかない。 

 1歩踏み込む。

 敵との距離、およそ100メートル。死の弾幕が飛び交う中を駆ける。

 勇者に与えられた凄まじいステータスが、無限にも思える彼我の距離をゼロに変える。


「はあぁ、【翔龍剣】!!」


 魔法使いが体勢を立て直す寸前、俺のスキルが発動。構えた聖剣が赤いオーラを纏う。

 空へ昇る無数の赤き斬撃が魔道士を切り裂く。


「ぐぁぁあぁぁぁ!!!」


 全身を引き裂かれ、魔法使いは叫びながら塵となって消えていった。


「ふぅ⋯⋯危なかったな」


 強敵だった。魔法を縛っているから尚更だ。味方が優秀でなければ得られなかった勝利だろう。


「勇者様⋯⋯何故遠くの敵にわざわざ近距離スキルを?」


 聖女が目を細めて聞いてくる。しかし、呪いのことを知られるわけにはいかない。今ハゲでなくとも、将来的にハゲになるがしれないなんて、知られたが最後、俺は勇者としての任を解かれ、地下労働施設にぶち込まれることになる。

 だから、俺はこういうしかなかった。


「いや、なんとなく」




 それから似たようなシーンが幾度もあった。


「勇者様、今です! 魔法……」

「はあぁ、【天空斬】!!」

「何故遠くの敵に遠距離」

「いや、なんとなく」


 もはや旅の中で何回「なんとなく」と言ったかわからない。頑なに魔法を使うことを拒み、必ず近距離戦を挑む俺に対して、仲間の中でも若干不信感が募り、少し仲が悪くなった。

 しかし、彼らは各分野の一流だ。そんな状態でも、その技が鈍ることはなかった。数々の強敵を打ち倒し、苦難をを乗り越えていった。

 ときには魔法の使用を強いられる場面もあった。それでも魔法の使用は最小限に抑え、剣技スキルだけでなんとかやりくりしてきた。

 若干仲間から疑いの目を向けられている気もするが、なんとかごまかしてきた。

 そして、俺は遂に魔王の城へとたどり着いたのだ。


「ふふふ。ボクの呪いをものともせず、魔法を縛ってよくここまでたどり着いたね。⋯⋯ちょっと薄くなった?」

「勇者様、呪いとは何のことでしょうか? それに薄く、とは」

「黙れ魔王!」

「ちょ、勇者様?」

「貴様のせいで一体どれくらいの国民が苦しんでいると思っている!」

「キミ含めてね」

「ここで貴様を倒し、すべてを終わらせる!」


 仲間の疑問を遮り、聖剣を構え、魔王へと駆ける。使い込んだ剣技スキルは今までで一番のキレを見せた。


「【獄炎龍鳴鳴動残業】!」


 魔王との戦いが始まった。長い旅の中で欠けることのなかった聖剣が欠けてしまうほど激しかった。


 ……しかし、やはり魔王は強かった。わかっていた事だったが、剣を獲物とする俺にとって、魔法を使う魔王は相性が悪かった……。

 鋭い剣閃と鮮やかな魔法の舞う激闘の末、仲間たちは傷つき倒れ、俺も遂に膝をついた。


「くっ、なんて強さだ……」

「魔王…まさかここまでとは……」

「いいや、キミたちもなかなかやるねぇ。まぁ、ボクを倒すには至らなかったけど」


 魔王は確かに大きなダメージを受けていた。なにせ、剣技スキルの奥義【神殺シノ剣】をまともに受けたのだ。決してその傷は浅くないはず。あと少しで倒せるというのに、最早その力は残っていない。


「どうすれば……」


 いや、もうだめなのか。


 すべてを諦めかけたその時だった。


『諦めないで!!』


 突然聖剣が光り輝き、そこから声が響く。


『私はこの聖剣に宿る精霊! あなたに魔王を倒すための究極の力を授けるわ!』

「本当か!!」


 聖剣から何かが流れ込んでくる感覚。神々しく、あらゆる闇を祓う光の力。そして俺は新たな力を手に入れた。


『さあ、使って! それが究極の聖魔法【ホーリーシャイニングジャッジメントバースト】よ!』

「……魔法?」

『そう、、究極の聖魔法【ホーリーシャイニングジャッジメントバースト】よ!』


 非常にまずい。そんな魔法を使ってしまったら、俺の毛根は一体どうなってしまうんだ。


「勇者様! 早く【ホーリーシャイニングジャッジメントバースト】を!」

「撃たせるか! 【カオスフレイムノヴァ】!!」


 仲間が俺を急かす。魔王は俺にトドメを刺そうと燃え盛る闇の業火を放つ。

 ここで死ぬか、それとも社会的に死ぬか。最早ふたつにひとつ。


「あぁぁぁ⋯⋯」


 自分と世界を天秤にかける。既に心は決まっていた。

 葛藤の末、俺は遂に……。


「はあぁああああ! 【ホーリーシャイニングジャッジメントバースト】!!」


 凄まじい光が聖剣の先から迸る。自分の持つ全ての力が聖剣に流れ込んでいるのが分かる。聖なる奔流は黒き業火を飲み込み、魔王へと届いた。


「うわあああ!」


 魔法の反動か、足から力が抜け、地面に倒れ伏す。仲間が駆け寄ってくる。その最中、今までの旅の記憶が走馬燈のように流れる。


「あぁ、ここで終わりか⋯⋯」


 薄れゆく意識の中、最後に散りゆく魔王と俺の毛髪が見えた。




……


 ここはハゲがぶち込まれる地下労働施設。そこで、中年のハゲが、若いハゲに話をしていた。


「それで、この国は救われたって話だ。最終的に勇者の髪の話は一部を除いて完全に闇に葬られたとよ」

「へえ。作り話としてはなかなか面白い話だな。で、おっさん、そのあと勇者は一体どうなったんだ?」

「さあな。大方、地下の労働施設にでもぶち込まれたんじゃねえのか」

「ふーん。まあハゲだからしょうがねえ……っておっさん、なんであんたはそんな話を?」

「さあな」

「おい! 何をしゃべっている! さっさと手を動かせ!」


 監督官から檄が飛ぶ。二人のハゲはまた自分の作業に戻っていった。


 ……ここはハゲがぶち込まれる地下労働施設。今日も元勇者はせっせと働いている。

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