見えない未来へ

 カミーラと握手した瞬間、案の定、周囲はモノクロな世界に包まれて全ての時間が停止した。

 そんな中で、唯一本来の色を保っているのは俺とカミーラだけだった。

 そして、彼女の頭上には例の文字が……。


 ……ん? いつもと……表示が違う……?


 カミーラの頭上に浮かび上がっている文字には、今までと違う表示が赤く映し出されていた。


 ―――表層障壁「Permission」。


 ―――深層障壁「Rejection」。


 ―――心理的プロテクト「Closely Locked」。


 ―――開錠……一部可能。


 表層障壁、深層障壁、心理プロテクトには今までにない意味不明な明記……。

 しかも今回は、表層真理の表記が黄色く、他の文字には強く赤い表示がされている。

「確認」があるはずの場所も、今は「一部可能」という表記に変わっている。


「だ―――か―――ら―――。そうホイホイと他人の宿命を見ようとするなって、何回言わせるのよ」


 俺が驚きに動きを止めていると、その背後から聞き知った声が聞こえてきた。


「フィーナ……この表示は一体……?」


 俺は振り向きながら、彼女に向けてそう声を掛けた。

 俺の視線の先には胸の前で腕を組んで、眉間に皺を寄せているフィーナが立っていた。


「あの文字は右から『パーミッション』『リジェクション』『クロスリィロックド』と言って……。つまり一部許可や拒否や拒絶を現わしている言葉よ」


「……つまり?」


「つ―――ま―――り、彼女自身の背負う宿命を誰かに閲覧される事を、彼女が承認していないって事ね」


「……と言う事は?」


「と言う事は―――……今のあんたには彼女の命運を見る資格は無いって事ね」


 それはつまり、彼女は俺の事を完全に信用していないって事なのだろうか? 

 さっきはそういう雰囲気では無かったけど、心のどこかでは俺の事を……俺達の事を信じていないって事なのか?


「だからって、あんたの事を信じられないって事じゃないと思うけどね」


 まるで俺の心を見透かしたように、フィーナがそう言葉を継ぎ足した。

 それを聞いた俺の顔は正に「えっ!?」と表現していた事だろう。


「例えば、同じ未来を歩むつもりがない……自分の未来に巻き込みたくないって考えていれば、承認する事にはならないの。繋がりが殆どない人から見られたなら、単純な未来や宿命が見えるだけ。でもあなた達はそれなりに強い繋がりを得た……。だから彼女の宿命をより深く詳しく見る事が出来る反面、それ相応の資格が必要になったって事ね。あなたが何処まで彼女の面倒を見るつもりか知らないけれど、今の段階で彼女は自分の運命をあんた達にまで背負わせようって考えてないって事よ」


 なるほど、そういう事か……。

 彼女はあくまでも、魔神族に対する決着は自分自身で付けようと考えているんだな……。

 それは、俺達を巻き込む事なく、俺達に手を借りる事も無くと言う事だ。

 実に彼女らしい考え方だと思った。


「もし……」


「……ん?」


 俺の話し方が少し言い淀んだ口調だったので、フィーナが怪訝な顔でそれに答えた。


「もし、俺が彼女の宿命を見たいって思ったら……どうしたらいいかな?」


 そして余り上手くいっていない笑顔を作って、そう告げたんだ。


「あんたったら、また……」


 それを聞いたフィーナは、大きく溜息を吐いた。

 でもその次に続いた言葉は、俺を説教するものでも言い包めるものでも無かった。


「……とりあえずは、あんたが彼女に今よりももっと信用される事。それから、あんたも自身の事を正直に話す事……かな?」


「俺の事……?」


 カミーラに信用してもらう……と言う事は分かる。

 でも、何で俺の事まで話さないといけないのかは理解出来なかった。


「あんたねぇ……。自分の事を話さないで、どうやって相手に自分を信用してもらうって言うのよ? さっきあんたは偉そうに『話したくない事は話さなくて良い』なんて言ってたけど、やっぱり深い部分まで話してくれる……そこまで信用してくれているって分からないと、相手も心を開いてくれないと思わない? 相手に何かをして貰おうってんなら、まずは自分から提供しないといけないってのは、あんたも良く知る処なんじゃあないの?」


 そう説明……と言うか説教されて、俺も漸く合点がいった。

 確かに、彼女の秘密や過去に纏わる事をしつこく聞いたところで、彼女に怪訝がられるだけだ。


「……それで? あんたはまた彼女の未来を変える為に、当分はこっちに来ない……なんていう訳じゃないでしょうね?」


 どこか諦めた……それでいて聞くまでもない事を聞く様に、フィーナはそう問いかけてきた。

 しかしまるで開き直っているかのようにそう聞かれると、俺としても素直に答えにくくなるものだ。


「ま……まぁ……その……」


 たった一言「うん」とはなかなか言えず、やっぱり言い淀んでしまった。


「……ふぅ―――。りょうかいりょうか―――い。まぁ、のは間違いない訳だしね。それに……もうから」


「……? お前、何言って……?」


 てっきり罵声を浴びると思っていた俺は、彼女が話しだした内容を理解出来なかった。

 殆ど絶句に近い言葉しか出せなかった俺を無視して、フィーナは更に言葉を続けたんだ。


「それもこれも、ラフィーネのバカが……。だいたい、あの子ってば本気で……。まさか、それを狙って……? こっちが今から用意できるのは、こいつしか……ブツブツ」


 沸々と不機嫌なオーラを吹き出しながら、フィーナは独り言ちていた。

 彼女が呟く内容を全て拾えなかったけど……うん、何やら馬鹿にされている事は理解できたぞ。


「それで、アレックス。あんたのさっきの返答を受けて、現時刻を以てあんたを“未来担いし者ブレイバー”であると認定したから。それにより、我が主神フェスティス様から得た権限を行使し、あんたをフォローする事となりましたので悪しからずぅ」


 自分の中で納得……というよりも折り合いをつけたのだろうフィーナは、何の感情も籠らない表情で俺にそう告げたんだ。

 と言っても、彼女が一体何を言っているのか、当の俺には分からない。

 淡々とそう答えるフィーナに俺は付いて行けず、絶句したまま固まってしまったんだ。


「まぁ……頑張ってよね? これもあんたがグズグズ……と言うか、さっさとと言うか……そのスキルを返上しなかったからだから。もっともあんたの行動がそのスキルを持つに値するって、フェスティス様に認められたからなんだけどね―――……」


 思考の纏まらない俺の耳に、フィーナの言葉が入っては消えて行く……。

 もう何処からツッコんで、何から聞けば良いのか全く分からない。


「それじゃあ、何か困った事があったら気軽に呼んでね?」


 シュタッと右手を上げたフィーナは、俺が呼び止める暇もなく消え去ってしまった。

 それと同時に、急激に世界が元の色を取り戻していった。


 なんでフィーナが俺のサポートなんて役に就くんだ?


 彼女の言った「ブレイバー」って何なんだよ?


「お……おいっ! フィーナッ! フィーナッ!」


 ……で、何時でも呼んでって言っておきながら、一向に出てこないし……。何なんだ……。


 そんな事を考えていると、俺の周囲の色は元通りとなり、風景が動き出したんだ。




「……ん? どうしたのだ、アレク? そんな驚いた様な顔で……?」


 気付けば俺は、カミーラの手を握ったまま硬直していたようだ。

 不審に思った彼女が、小首をかしげて俺の顔を覗き込んでいた。


「あ……いや……何でもない……何でも……アハハハ……」


 慌てて手を離した俺は、明らかに不審と分かる答えを返して乾き切った笑いを上げた。

 余りにもおかしいその挙動に、カミーラも更に疑問を浮かべていたが。


「そうか? それならそろそろ、皆の元へ戻ろう。何時までもマリーシェ達をあそこに寝かせておくわけにもいかないだろう?」


 そう微笑んだカミーラは、クルリと部屋の方へと向き直り肩越しに俺を見てそう言いながら歩き出した。




 明日になれば、今日よりも大騒ぎになるだろうな……。

 魔神族なんて、マリーシェとサリシュが聞いたらどんな顔をする事か……。

 でも、俺には不思議な確信があった。

 きっと彼女達も、笑ってカミーラに協力してくれるだろう。

 そしていずれは、魔神族とも渡り合える力を手にするに違いない。

 その時……。

 カミーラは自分の事を話してくれるだろうか。


 それに、俺に課せられた「ブレイバー」なる使命って何なんだよ?

 結局あれから、何度フィーナを呼び出しても出て来やしないし。

 聞きたいことは、それこそ山ほどあるってのにな。

 今度会ったら、あいつを質問責めにしてやるから、覚悟しとけってんだ。




 俺にはまだ、彼女達の明確な未来なんて見えない。

 彼女達が背負う宿命も知らなければ、それを共に背負うと言う覚悟も出来ていない。

 でもきっと、このメンバーなら……俺達なら、協力して立ち向かう事が出来るに違いない。

 今の俺には、そんな確信めいた未来が目に見える様だった。


 了


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