互いを受け入れて

 宴もたけなわ……と言うより、既に宴も崩壊していた。

 明らかにハイペースにグラスを空けたマリーシェは、今はもうテーブルに突っ伏して自沈している。

 それに釣られたサリシュも、姿勢こそ起こしてはいるものの、頭がユラユラと座りなく明らかに意識がない。


「少し……良いだろうか?」


 そんな彼女達をとりあえず放置して、俺はカミーラに促されるまま彼女と二人でテラスへと向かった。




 彼女も随分と酒が進んでいたようだが、それに呑まれている様子はない。

 ただ頬は赤みを帯びていて熱を持っているのか、そよぐ風を気持ちよさそうに受けている。

 夜の中に浮かび上がっている街頭の光が、美しい紫髪を反射させて彼女の後方へと流れていた。

 互いに……言葉は無い。

 本当なら多分「そういう雰囲気」なんだろうけど、彼女から感じる僅かな「陰」が俺からそんな甘い意識を奪っていた。


「……そなたには……本当に、感謝の言葉もない」


 そしてやはり……と言うか、彼女の口からはそんな甘ったるい台詞は紡がれなかった。


「アヤメの件もそう……。そして今回の件もそうだ……。そなたがいなければ、私だけではどうにも出来なかった事ばかりだ……。改めて、礼を言わせてほしい」


 そう言ったカミーラはこちらに体ごと振り向き、深々と頭を下げた。

 下を向くと同時に紫の髪が彼女の顔を覆い隠したけど、僅かに除いた耳が真っ赤になっているのが見えた。


「おいおい、何も俺だけのお蔭って訳じゃねぇよ……。あいつらが……マリーシェとサリシュがいたから、今回は上手くいっただけだ。礼を言うなら、俺だけじゃなくあいつ等にもな」


 俺は彼女の行動に、苦笑を浮かべて答えた。

 そしてそれを聞いたカミーラは、ガバッと顔を持ち上げて。


「も……勿論だっ! 彼女等にも感謝しているっ! いや、感謝に堪えない気持ちで一杯だっ!」


 目を丸くして、必死の形相でそう説明した。

 そんなカミーラの表情がどこか可愛らしく、俺は思わず苦笑を微笑に変えていた。

 しかしカミーラの表情は、その時を境にみるみる曇りを帯びて行く。


「しかし……私は彼女等に、何一つ私自身の秘密を語ってはいない……。それなのに、彼女等は私を当然の様に助けてくれた……身の危険を冒してまで……。私にはその事が心苦しいのだ……」


 そう語るカミーラの顔は、とうとう苦虫を噛み潰した様な苦渋に満ちたものとなってしまった。

 視線を右下方向へと向けやや俯き加減で、本当に心苦しいと言う感情を表現している。


「……だったら、彼女達に話したら良いんじゃないか? その“秘密”って奴を」


「そっ……それはっ!」


 俺は下を向くカミーラへ向けて、身も蓋も無い事を言い放った。

 それを聞いた彼女は顔を上げて何かを反論しようとするもそうは出来ず、そのまま絶句して固まってしまう。


「言えないなら、言わなくても良いんじゃないか?」


 言葉を紡ぐ事の出来ないカミーラに、俺は即座にそう付け加えた。


「……へ?」


 俺の台詞を聞いてカミーラは、到底彼女には似つかわしくない呆けた声を発して再びフリーズしてしまった。


「良いんだよ、言えない事は言わなくて。俺にだって、言えない事があるし、マリーシェやサリシュだってそうだろう。話さなければならない事は別として、言いたくない事は言う必要がないと思うぜ?」


「そ……そういうものなのだろうか……」


 俺の話し方が随分と軽く映ったのか、まだカミーラは納得していない様だった。


「それとも何か? 自分の言いたくない、それこそ恥部や暗部まで曝け出さないと、パーティを組めないとでも思ってるのか?」


「……っ! そ……それは……」


「大事なのは過去じゃない。今の俺であり、マリーシェであり、サリシュ……そしてカミーラだ。そして信じられるのは言葉じゃない、行動だ。全てを暴露した者が信じられるんじゃない。仲間の為に行動出来る奴が信じられる……そうだろ?」


 俺の話を黙って、目を瞑って、咀嚼しているかの様に聞き入るカミーラ。

 僅かの間の後、ゆっくりと瞼を開いたカミーラの瞳には既に迷いがなくなっている。


「……それが……“パーティー”と言うものなのだな?」


「それが“仲間”って奴だよ」


 俺がそう答えてニッと笑うと、それに釣られたかのようにカミーラも微笑んだ。


「……でもさっきも言った様に、知らなければならない事は話して貰わなければならない」


 俺はそう言い、目でカミーラに「そうだろ?」と念押しする。

 彼女もその意味を理解した様で、小さく頷いた。


「確かにそなたの言う通りだな……。言うべき時に、言うべき事を言わなければならない……。それは間違いなく正しい事だ。私も、今話さなければならない事を告げようと思う……。そなたの事も、いずれは話してもらえると信じて良いのだな……?」


 カミーラの浮かべる笑顔は、俺の言った事を僅かでも違える事無く理解したうえで、それでも俺に向けて挑発する様なものだった。

 その美笑には、「あなたもそうでしょう?」と暗に問いかけるものが含まれている。




 カミーラには、色々と疑問を持たれている。

 勿論それはマリーシェ達も同様なんだが、特にカミーラは俺がバドシュを始末した所に居合わせていた。

 そして彼女は、もしかすれば俺がバドシュを始末したのではないか……と思っているだろう。

 奴の亡骸を見た訳じゃあないんだから、これはカミーラの憶測であり、俺の想像でもある。

 ただあの場で彼女が言った「血の臭い」ってやつは、何も本当に血生臭く感じていたというだけじゃあなく。

 恐らくカミーラは、纏わりつく死の痕跡を感じ取っていたんだろうな。


 俺達の年代なら、人を殺める事なんて余程の事がない限り有り得ない。

 ましてやそんな事を何の躊躇いもなく実行し、その後に何ら動揺を見せないとなれば、疑問を持たれるどころか不審がられても仕方ないんだ。

 恐らく彼女は、その事を俺に聞きたくて仕方ないんだろう。

 それでも聞かなかったのは、俺が数日前に言った「詳しい事情を聴くな」と言う言葉を忠実に守っているからなんだろうな……。

 彼女を諭した言葉は、それはそのまま俺にも言える事……。

 俺も言って良いと判断したら、自分の事を皆に話さなければならないな……。




「……昼間現れた“怪人”は、私の国では『魔神族』と言われている」


「……『魔神族』!?」


 カミーラの発した単語には、流石に驚きを隠す事が出来なかった。

「魔神族」等と言う種族なんて、それまで聞いた事も無かったからだ。


「そう……『魔神族』……。彼奴等きゃつらは亜人種……いや“亜神種”なのだ。あれ程の禍々しい形姿なりかたちをしていても、彼奴等は神と等しき力を有しているのだ」


 その話を聞いて、俺は驚きと同時に諦めにも似た感情を抱いていた。

 それこそフィーナの話じゃないけど、個人の知らなくて良い未来と同様、知る必要のない事に足を突っ込んでしまっていたと痛感していたからだ。


「その魔神族は、今後もお前を狙って来るのか?」


 自分の性格に心の中で溜息を吐きながらも、ここまで聞いてしまっては引き返す事も出来ないと理解していた。

 ならば、最善の策を取る為にも、必要最低限の事は聞いておかなければならない。


「どれ程の数が此方へやって来ているのかは分からぬが……恐らくは……」


 今後俺達の冒険には、あの手の妨害が付いて回るって事だ。

 それを撃退する為には、俺達は命がけで対処するしかない……。少なくとも、レベルが上がるまでは……。


「強力な力を持つ魔神は結界を抜けられない……。しかし下位クラスの魔神はその限りではない……」


 彼女の呟きを聞いて、俺は乾いた笑いを溢すしか出来なかった。

 あの強さで下位クラスと言うのだから、これから先どれ程の魔神が襲って来るのか見当もつかない。


「でも、その魔神族でも、カミーラの正確な居場所は分からないんだな?」


 今日遭遇した魔神は、あそこでカミーラを待ち伏せしていたとは思えない。

 それにあの魔神は彼女を見て「見つけた」と言っていた。

 それはつまり、無作為に探していた結果だったと解釈する事も出来る。


「そうだと……思う……。いや、余程近づけば分かるのだろうが……」


 そしてカミーラの返答も、俺の考えを肯定するものだった。

 遭遇戦は仕方ない……と言うか諦めるしかないとして、大挙して押し寄せられる事は避けられそうだ。


「まぁ、その事ばかり考えても仕方ない。魔神族の事だけマリーシェ達にも話しておけばいいさ」


 まだ思い悩んでいるカミーラに、俺は殊更明るい口調でそう言った。

 今後の方針や対策も、2人だけで話していても意味はない。

 マリーシェやサリシュがカミーラの同行を拒否したならば、また新たに考えなければならなくなるからだ。

 まずは彼女達にも意見を聞かなければならないだろう。


「でも……少し楽になった……。ありがとう……今後も、宜しくお願いします」

 少し口調を変えたカミーラは、頬を真っ赤に染めながらそう言って右手を差し出して来た。


「こちらの大陸では、友好の証に“握手”をするのだろう……?」


 わざわざそう説明する処がカミーラらしいと思った。

 反射的に俺も彼女の手を握ろうとして、ふと動きを止めた。


 あ……俺が握手したら……。


「……ん? どうしたのだ? 何か不作法でもあったか……?」


 俺が僅かに躊躇したのを感じ取ったのか、カミーラは不安げな表情を浮かべてそう問いかけてきた。


「い……いや……。此方こそ、宜しくな」


 俺は即座に笑顔を作って、彼女の右手を取って握手した。


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