慮外の発動

「相席を同意してくれてありがとね。私の名はマリーシェ。マリーシェ=オルトランゼよ。この娘は……」


「初めまして……。ウチは……サリシュ。サリシュ=ノスタルジア言います―――……。よろしゅう……」


 俺の目の前に座りマリーシェと名乗った金髪碧眼の少女と、サリシュと名乗った黒髪黒瞳の少女がそう自己紹介して来た。




 マリーシェと名乗った少女は、美しく長いややウェーブの掛かった金髪が兎に角目を引く、掛け値なしで可愛らしい女の子だ。

 その話し方や声音から考えても、元気よくハキハキとした少女なのに間違いはない。

 今は鎧を付けておらずその下に着るチェニック姿なんだが、だからこそその抜群なスタイルが良く分かった。

 半袖から延びた手も、短めのフレアスカートから延びた足だって、健康的で細く綺麗だった。


 対照的なのはマリーシェの相方、サリシュだ。

 すでに日は落ち一日が終わろうとしているにも拘らず、彼女はローブを羽織ってフードを頭からすっぽりと被っていた。

 ゆったりとしたフードのお蔭で、彼女のスタイル……もとい全身像は分からないが、フードの影から覗く面立ちはかなり綺麗に整っており、将来は間違いなく美人となるだろうと思わされた。

 そんな彼女の肌は雪のように白く、だからこそその髪と瞳の漆黒が際立ち神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「あ……お……俺はアレックス。アレックス=レンブランドだ。よ……宜しくな」


 そんな彼女達に対して俺は、どこか卑屈気味な笑みを浮かべて言葉を噛みながらそう挨拶を返した。

 何を隠そう、俺のコミュニケーション能力は高くない。

 昼間の少女の時もそうだったが、赤の他人……それも可愛らしい女性を前にすると、どうにも言葉が詰まってしまうんだ。


 前回の冒険で俺は早々にパーティを決めてしまい、情報収集や他人との会話は全てシラヌスとスークァヌに任せっきりだったんだ。

 そして見事に、コミュニケーションの苦手な勇者が完成したって訳だった。


「そう……アレックス君か―――……。ねぇ、アレクって呼んで良い?」


「ア……アレク―――!?」


「そう、アレク。だって“アレックス”なんて、ちょっと長くて呼び辛いじゃない? ねぇ、サリシュ?」


 ニッコリと微笑んでマリーシェはそう答えると、隣に座るサリシュに問いかけたんだが。

 サリシュは少し考えてそれでも首を傾げていたが、結局マリーシェの意見にどちらの答えも返さなかった。


「ま……まあ、それで良いよ」


 随分グイグイと押して来る少女だとは思ったが、俺の呼び名なんてそれこそどうでも良い事だった。

 明日になれば俺は死に、もう一度やり直す事になるんだ。

 今、この場で決まった呼び名なんかに、良いも悪いも無い。


「そう、良かった―――! それじゃあ、早速食事にしない? 私、お腹減っちゃった―――」


 明るい笑顔でマリーシェがそう言うと、隣のサリシュもコクコクと激しく頷き同意した。


「そ、そうだな。それじゃあ、給仕を呼ぶぞ」


 俺はそう断って、目の前を忙しそうに横切ったウェイトレスに声を掛けた。




「……おい。……ちょっと飲み過ぎなんじゃねぇのか?」


 食事も進み多分に酒も入ると、見るからにマリーシェの気分は高揚していた。


「らいじょ―――ぶよっ! ばっかにしないでよねぇ―――……ア―――レク―――……」


 どう見ても大丈夫じゃない。

 俺は、隣に座るサリシュに目を向けた。

 しかし、その彼女もどうにも怪しい状況だ。

 姿勢は確りと座っている様に見えるが、その頭はゆらゆらと揺れてどうにも心許ない。

 マリーシェとサリシュは、数か月前にパーティを組んで共に行動しているらしい。

 お互いが出会ったのはこの「ジャスティアの街」だったそうだが、そこで意気投合したと言う事だった。

 社交的なマリーシェは戦士、内向的なサリシュは回復系魔法使いと、たった二人ながらバランスの良い構成も都合が良かった様だ。

 彼女達はこの街を拠点として、地道なレベル上げを行っていた最中との事だった。


 マリーシェはその性格と見た目から、とても華やかな印象を受ける美しい少女だったし、それはそのままコミュニケーション能力に秀でている様だった。

 首から下げたレベルメダルは7を示しており、彼女は今の俺よりレベルが2つ上の様だ。

 レベルも1つ違えば、その強さにも大きく影響する。

 2つも違えば、レベル5の俺とは狩場も違うだろうな。

 勿論、俺が強引に同行する事も出来るが、下手をすれば足を引っ張りかねない。

 そう言った意味では、俺と彼女がパーティを組むことはまず有り得ないだろう。


 サリシュは控えめで大人しい、やっぱり可愛らしい少女だった。

 マリーシェの様な華やかさも無く、纏っているローブが陰気な雰囲気を醸し出しているにも拘らず、それでも彼女の慎ましさと相まって落ち着いた愛らしさを滲ませていた。

 彼女もレベルは7。

 でもそれ以上に、落ち着いた雰囲気と冷静な対応は彼女の職業“回復系魔法使い”にうってつけだった。


 そんな二人は今、酒に呑まれて今にも眠ってしまいそうだ。

 多分そう問いかけてもマリーシェは否定するだろうし、サリシュに至っては既に寝ているかもしれない。


「おい、マリーシェ! お前、宿はここに取ってるのか?」


 完全に寝入ってしまう前に、さっさと部屋に運んだ方が良い。俺はそう考えて、マリーシェに宿の所在を確認した。

 今日会ったばかりの、行きずりの女の子達だ。このまま放って帰ったとしても、俺には何の落ち度もない。

 このまま食事の代金も彼女達に被せて、俺はさっさと自分の部屋へしけ込むって手もあるが、男としてそれは余りに情けない。

 だいたい俺はお金には困ってないので、ここの食事代は勿論、彼女達の宿代さえ立て替えても痛くも痒くもないんだ。


「ん―――……? やぁどぅ……? どうだっけ―――……サリシュゥ―――?」


 マリーシェは、既に置物と化しているサリシュに声を掛けた。

 だが、当然ながらサリシュからの返事はない。


「アッハハハ―――……。わ―――かんないや―――……」


 乾いた笑いの後、マリーシェはグビッと残っていたエール酒を煽った。

 目の前のマリーシェも、寝落ちするのにそう時間は掛からないだろう。

 でも、面倒でもこのまま立ち去る事も出来ない。

 俺は立ち上がって、宿のカウンターで二人部屋の空きを確認してみた。

 だがすでに夜も更け、部屋は殆ど満室だ。

 幸い、俺の取った部屋はセミダブル。2人でなら、ベッドも使う事が出来る広さを持っていた。


「おい、サリシュ。立てるか? 部屋に向かうぞ?」


 俺が彼女の肩をゆすってそう声を掛けると、彼女はス―――ッと立ち上がった。

 その余りにスムーズな立ち上がりに、思わずサリシュは起きているのかとローブを覗き込むも、彼女は目を瞑り寝息を立てている。何とも恐ろしい特技だった。

 立ち上がったサリシュを脇に寄せて、俺はマリーシェにも声を掛けた。


「マリーシェ、部屋に案内するから、今日はもう寝るんだ。立てるか?」


「……んへ―――? 部屋―――? 寝る―――……?」


 彼女は辛うじて意識を保っている様だが、それも時間の問題だった。


「おい、面倒臭いからここで寝るなよ! 立てって!」


 そう言って彼女の手を握った瞬間!


 周囲の景色が白黒に代わり、全ての動きが止まり、一切の音が無くなった。


 いや、色を残しているのは俺と、俺が手を握っているマリーシェだけだった。


 こ……この現象は!

 間違いない……。この現象は、俺がスキル「ファタリテート」を使った時と同じものだった!

 それが証拠に、マリーシェの頭上には例の文字が浮かび上がっている。


「あ―――あ―――……。ま―――た開いちゃったんだ?」


 そして俺の背後から、既に聞き知った声が掛けられた。


「ちょ……ちょっと待てよっ! 俺はスキルを使ってなんかないぞっ!」


 俺はフィーナの方へと振り返りながら、そう抗議の声を上げたんだ。

 勿論、俺の身体も動かせない世界である。振り返ったのは俺の視覚……意識だけだけどな。

 目の前のフィーナは、何か頭痛を堪える様に難しい顔をして眉間に指を当てている。


「あのね―――。今のあなたはスキル『ファタリテート』の保有者であり、一度その世界を開いてるの。スキルを使って、対象者の宿命を見る事は勿論、『直接接触ダイレクト・アクセス』で発動を省略して命運の扉を開く事も出来るに決まってるじゃない」


 フィーナはそれがさも当然と言うように、溜息交じりにそう答えた。


「……おい。そんな話は聞いてないぞ……?」


「……え?」


 俺が更にそう問い詰めると、彼女は素っ頓狂な声で絶句して動きを止めてしまった。


「だから―――……そんな説明は聞いてないって言ってるんだよ」


「あ……あっれ―――? そ……そうだっけ―――?」


 追い打ちをかけた俺の答えに、彼女は途端に挙動不審となってそう恍けた。

 昼間フィーナが現れた時、彼女は随分と慌てていた。

 早々に用件を押し付けて、そそくさと帰ってしまったくらいだ。

 だから、このスキルについての説明を忘れていたんだろうな。


「と……兎も角っ!」


 さっきまでのやり取りを無かった事とするかのように、彼女は殊更大きな声を出して話題転換を図った。


「これ以上、他人の行く末を見ない方が良いよ? もし、覗いた運命が悲惨なものだったとして、今のあなたにはそれを変えるだけの力なんてないんだから。見るだけ辛くなるよ?」


 不信感を湛えた目でフィーナを見ていた俺だが、確かに彼女の言う事にも一理あった。

 人の未来を変えるなんて言うのは、途轍もなく大きな力が必要だと言う事は何となく分かる話だ。

 昼間の件は偶々、上手くいっただけに過ぎない事も理解している。

 安易に覗き見ても、どうしようもない事なんて多々あるんだ。

 だったら、最初から知らない方が得策だろう。


「……そうだな。肝に銘じておくよ。……それよりも」


 彼女の言葉を心に留めて、それよりも気になる事をフィーナに聞いておく事とした。


「マリーシェの頭上に浮かんでる文字……あれはなんだ?」


 今も彼女の頭上には、昼間の少女と同じ様に文字が浮かんでいる。


 ―――表層障壁「Clear」。


 ―――深層障壁「Clear」。


 ―――心理的プロテクト「Without」。


 ―――開錠……確認。


 それ自体に問題はない。俺があの緑に明滅している「確認」に意識を集中すれば、彼女の宿命……訪れる運命を覗き見る事が出来る筈だ。

 ただ気になる部位がある。


「表層障壁」と「深層障壁」は読む事も出来るし意味も分からないではないが、全く読む事の出来ない「Clear」と言う文字の意味が気になる。

 その後に見える「心理プロテクト」に至っては読めても意味すら不明だし、その後の「Without」も理解不能だ。

 すぐになくなるスキルだとは言っても、一度気になってしまうと知りたいと思うのは仕方ないだろう?


「ああ、あれね。あれは、宿命の『重要度』によって表示されるものよ。どちらも『Clear』なら問題ないんだけど、場合によっては『Locked』となっていて見れない事もあるわね。他にも人によって表示が異なる場合があるわ」


「……『重要度』?」


 人によっては、知られたくない宿命があるって事か?

 その「重要度」によっては、簡単に覗き見る事の出来ない様になってるって事か?


「そう、重要度。本人が誰にもひた隠したい秘密ってのもあるだろうし、神が閲覧を禁止した運命ってのもあるの。そう言った場合の為のプロテクトが施されているのね」


 なるほど、確かに誰しも知られたくない秘密ってのがある。

 その度合いは人それぞれだが、場合によっては信じられないくらい重い内容もあるだろう。


「兎に角―――っ! 簡単にホイホイと他人の宿命なんか視ちゃダメよ? それから、とっとと死んで早くこっちに戻って来てね!」


 彼女はそう言うと、その姿を消してしまった。

 ったく……。仮にも女神が「とっとと死んで」なんて、何考えてんだよ。

 俺としては本当はもっと文句を言ってやりたい処だが、居なくなってしまってはどうしようもない。


 それよりも……この状況をどうするかだ。

 偶然とはいえ、今俺はマリーシェに宿った運命を覗き見る事の出来る場所に立っている。

 このままスキルを解除して、何事も無かった様に過ごす事が最適解だろうな……。

 この件に関してはフィーナの言った通り、おいそれと人の未来なんか見るものじゃない。

 その結果、巻き込まれる必要のない厄介事に巻き込まれる可能性だってあるんだ。


 ―――でも……袖振り合うも他生の縁……って諺もある。


 ひょんな事から知り合ったとは言え、一宿一飯を共にする仲と言えば一概に他人とは言い難い。

 そんな人物の未来を見たいと言うのは、決しておかしな話じゃないと思った。


 ―――確認。


 俺は意を決して、明滅する文字に意識を集中した。

 それは好奇心からだったに違いないし、明日には死んでしまうと言う気楽さからだったに違いなかった……んだが。

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