決心……出来る訳ねぇよ
「……それで、どうするのよ? 15年前に戻るの? それともこのまま、永眠決め込んじゃうの?」
フィーナに、かなり以前行った「
勿論、時間の概念が現実世界と同じであり、尚且つ俺の体感時間が正しければ……だけどな。
兎に角俺はその場に膝を抱えて、フィーナの問いかけに答えを出せず半ば不貞腐れる様に蹲っていた。
確かに、あのまま天に召されるしかない状況で、古かろうとセーブ・ポイントがあった事は奇跡に近かった。
なんせ、当事者である俺でさえ忘れていた事なんだからな。
でもその場所が、今から15年前……。
しかも始まりの街「ジャスティア」って事は……。
それは俺が、冒険を始めて間もないと言う事に疑いの余地なんかなかった。
選べる選択肢なんか、今の俺には全くない。
死にたくないんだ。
なら、15年前だろうが何だろうと、そこへ転生されるに任せるしかない。
……そんな事は、誰に言われるまでもなく分かっている。
ただ、そう簡単に「
「ねぇ―――……。もう諦めて、セーブしている処からリスタート切れば良いじゃない。たかが15年ほど人生が巻き戻るだけでしょ? 死んで消えちゃうより、よっぽどマシだと思うけどな―――……」
既にこの状況を飽きてしまったのだろう、
「……分かってるよ。分かってるけど……でも……」
15年と言う月日が、フィーナにとってどれほどの長さと感じているのかは分からない。
神様の分身とでも言うべき彼女は、恐らく悠久の刻を生き続ける事が出来るのかもしれない。
そんな彼女にとって、高々15年と言う月日は取るに足らない、あっという間の出来事なのだろう。
でも俺にとってはそうじゃない。
15年前と言えば、俺は駆け出し冒険者でレベルもまだ5くらいだったと思う。
そして俺は、その15年をかけて「レベル85」と言う強さを手に入れたんだ。
その中で様々な条件をクリアして、漸く“勇者”と言う
それは、辛かったなんてたった一言では言い表せないほど、苦痛と苦渋に満ちた日々だったんだ。
同行者のシラヌスがそれはもう慎重派だった事で、命の危機に関わる様な事は少なかった。
でもそれだけに、何かと手間暇が掛かったのも事実だ。
レベル上げ一つとっても、恐らく他の冒険者より時間が掛かっているだろう。
万事その調子なもんだから、当然
そうまでして今の地位に辿り着き、恐らくは人類でも最強クラスの強さを身に付け、最高と誉れの高いジョブにまで上り詰めたんだ。
それを手放すのが惜しくないなんて、すぐには考えられない。
そして……俺が死の直前まで身に付けていた装備の数々。
そのどれもが、到底店売りでは手に入らない代物ばかり。
どれ程の艱難辛苦を乗り越えて手に入れたと思ってるんだ。
そう易々と、諦める気になんてなれる訳もないだろう。
「……あら?」
一向に自分の運命を決められない俺を半ば呆れ顔で見ていたフィーナが、不意に驚いた様な声を上げた。
「……これって」
暫し手元を見つめていた彼女は、驚いた様子を隠す事無く俺に話し掛けてきた。
「ちょっとっ! 凄いわよ、これっ! 今フェスティス様から
半ば興奮気味に、フィーナは今届いた連絡を俺に伝えた。
彼女の喜びように俺は思わず顔を上げて笑顔を浮かべかけたが、すぐに真実を理解して再び沈んだ気分となりまたまた俯いてしまったんだ。
確かに、アイテムの持ち越しはとても魅力的な話だった。
レベル5の冒険者なんて弱い事この上ないのは勿論、兎に角年中金欠状態で、宿に泊まるのも薬草一つ買うのですら四苦八苦しているものだ。
ましてや高価な「ポーション」なんておいそれと買えないし、買っても使う事を躊躇してしまう程だ。
その他にも、冒険や戦闘で役に立つアイテムなんてわんさかあるにはあったが、そのどれもが当時としてはそこそこの値段がする代物ばかりだった。
大抵の冒険者は、依頼報酬や地下迷宮の宝箱からそれらを手に入れても使う事もせず大事に取って置き、結局は使わないまま売り払ったり、道具袋の肥やしにしてしまうものだ。
だが今の俺が持っている魔法袋には、そんな低レベル冒険者なら垂涎のアイテムがそれこそ使い切れない程入っている。
もし、15年前のレベル5からやり直せば、それはそれは楽に進んで行けるだろう。
それに俺の「道具袋」にはアイテムだけじゃなく、武器防具にお金まで入っている。
はっきり言って冒険始めの頃に苦労した様な事は、全く考えなくても良いと言える状態だった。
―――でも、それだけだ……。
俺の「道具袋」に入っている物は駆け出し冒険者なら嬉しくなる代物ばかりだが、上級冒険者となってしまえば使わない物ばかり。
そして上級冒険者で使える様な道具は、お金で手に入れる事が出来ない様な逸品ばかりだった。
それが分かっているだけに、素直に喜ぶ事なんて出来ない。
いや、15年前に戻った先で冒険者なんてせずに、どこかで悠々自適な生活をすると言う手もある。
道具や武器防具を全て売り払えば、道具袋の中に放り込んでいる金と併せてかなりの額になるはずだった。
恐らく郊外に小さな屋敷を立てて、一生を遊んで暮らせる程にはなるはずだ。
だけど、そんな生活に魅力は無い。
15年前と言えば、俺はまだ15歳だ。
それ程若くして生きているのかどうかも分からない生活に甘んじる気は、俺にはなかった。
そこまで分かっていて、そう考えていても尚、俺にはまだ15年前に戻る踏ん切りがつかなかった。
だってレベル85だぜ!?
それに身に付けていた武器防具は、この世の中でも類を見ない程の希少品だぜ!?
身に着けていた道具やアクセサリーも、それは便利な物ばかりだった……。
それらを手に入れる為に苦労した日々が、そして手に入れた時の喜びが、俺をこの場に括り付けていたんだ……。
そう……お菓子を
「な―――に? これだけの事をして貰って、まだ躊躇してるの?」
フィーナの声音には、だんだんと苛立ちめいたものが含まれ出していた。いや、これは本当に呆れ返ってるのかもしれない。
でも、どれだけ苛立たせていようと、どんなに呆れ返られようとも、中々踏ん切りってやつはつかないものなんだ。
そんなウジウジとしている俺の前方に、突然二つの大きな穴が出現した。
一つは白い光が洩れ出しており、もう一つは引き込まれそうな闇黒を宿している。
「な……なんだよ……これ?」
大体想像は出来ていたものの、俺は確認を込めてフィーナにそう問いかけた。
「……時間切れよ……アレックス。流石に寛大な主神であっても、そう長々とここに留まる事を許しては下さらないの。見ての通り、光が洩れ出している穴はリスタートを、黒い闇の穴は
溜息交じりに、フィーナはそう説明した。
我ながら何とも情けない限りだったが、流石にこれ以上引き延ばす事は無理そうだ。
俺は四つん這いになって二つの穴に近づき、その中を覗き見た。
白い光の漏れ出している穴は、どこか温かさを感じる。
それに比べて黒い闇の穴は、どうにも薄ら寒い。
どっちを選ぶかなんて、そんな事は聞くまでもないだろう。
「それからもう一つ、これは私からの餞別として、あなたに
いつの間に半球体から降りて来ていたのか、フィーナは俺の後ろに立ってそう言った。
「そ……そんな権限がお前にはあったのか?」
俺は首だけで彼女の方を見やり、そう聞き返した。
彼女はあくまでも主神の代理人で、与えられた権限以外の事は出来ないと思っていたんだ。
「安心して、あなたの冒険を飛躍的に手助けする様なスキルじゃないから。スキルの名は……え―――っと……『ふぁたりてーと』? 『ふぁくすたーる』? どっちだったかしら? 兎も角、そんな名前のスキルよ。効果は、あなたがスキルを発動して見つめた相手の“近い将来の強さ”を見る事が出来るわ。どんな成長をして何に適応があるか、それで判別がつくはずよ。パーティを組む時の目安にはなるでしょ?」
なる程、冒険を始めたばかりの新米は、自分が何に適性を持っているかなんて分からない者が多い。
そう言った事は冒険を進めていくうちに気付き、多少時間が掛かっても修正して行くものだが、その能力があればかなり効率は良くなると言えるだろう。
「……でも、最初だけしか役に立たねぇじゃんか」
そう……この能力は、パーティを選ぶ最初の時だけしか意味がない。その後の戦闘にも、何かしらの行動にも全く役には立たないんだ。
「だ―――か―――ら、今のあなたに付与してもお咎めなしなのよ。これだけサービスしてあげてるんですから、2回目の人生はさぞかし楽に歩んで行けるんじゃないかしらね?」
フィーナの言う事はもっともだ。
ここまで御膳立てされれば、上手く立ち回れば前回のパーティよりも楽に、そして楽しくやっていけるだろう事は簡単に想像出来る。
「でもな―――……」
それでもまだ、俺の心には未練が募っている。
簡単に諦められない程に、俺は濃密な15年を過ごして来たんだと、ここで気付かされた。
「あなたねぇ―――……。まぁだグジグジ……」
「なぁ……」
「……何よ?」
フィーナの説教が始まる前に、俺は彼女の口を質問で閉ざした。
発言を途中で遮られた彼女は、幾分不満顔を湛えている。
「何とか武器防具、道具とレベルはそのままで15年前からリスタートするって……出来ないか……なっ!?」
最後まで言葉を言い切る前に俺はケツを思いっきり蹴られて、白い光の発する穴へと落とされていた。
「うっ……うわぁ―――っ!」
―――俺が最後に見たもの……それは……。
―――こめかみにくっきりと青筋を浮かび上がらせて、鬼の様な形相をした女神フィーナの姿だった……。
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