愛しのお嬢様

ネルシア

第1話

このお屋敷のメイドとして務めるのが我が家の宿命だった。

他にも外から雇われているメイド達がいるのだが、自分の一族は古い付き合いらしく、お屋敷にある敷地にわざわざ家を建ててもらい、給料も貰って生活をしている。

給料も良く、人間関係も良好。

それ故に絶対的な忠誠を捧げている。

小さい頃は簡単なお手伝いから始まり、10歳になった頃、新しい仕事を任せられた。

先輩メイドと一緒に産まれたばかりの赤ん坊のお世話をすることになったのだ。

お嬢様のお世話。

これほど大事な仕事を任せてくれるんだという絶大な信頼を改めてこの家族に対し抱くのには充分だった。


お嬢様はすくすくとお母様似の上品な顔立ちに美しく育った。

時折、いたずらするやんちゃな子ではあったが、食べ物の好き嫌いや勉強から逃げ出すなどはしなかった。

どれもこれも君のおかげだと褒められたが、普通にお世話してただけだと思っている。


お嬢様がもっと成長するに連れ、産まれた時から育てている私の中の感情も膨らんでいった。

思ってはいけない事なのだけれどお嬢様と一緒になりたい。

母親や家族としてではなく、恋人として。

ただ、年齢差がある。

私が27でお嬢様は17。

10歳も離れている。

住んでいる世界も違えば、常識も違う。

諦めようと何回も思ったが、あの顔を見る度にふつふつと一緒になりたいと思ってしまう。


とある日の朝。

いつも通りお嬢様を起こしに行く。

スヤスヤと可愛らしく寝ている顔を数分堪能してから閉められていたカーテンを思いっきり開く。


「朝ですよ、お嬢様。朝ご飯を食べて、支度して学校に行きましょう。」


ふわぁとあくびを1つすると気怠げに起き上がる。


「もう朝かぁ…毎日起こしに来てくれてありがとね。」


他のメイドや先生に対しては敬語だが私にだけはタメ口で話してくれる。

それがちょっぴりとした自慢でもあり、可能性を感じてしまう。


服を脱がせてと言わんばかりに両手を上に挙げる。

毎日してきたことなのでいつも通りに服を脱がせ、制服を着させる。

女性特有の柔らかい体付きと美しい肌を持ったお嬢様の背中を眺めるのも幸せの1つ。


着替えが終わり、跳ねるように廊下を歩く。

その後ろを着いていく。


「今日のご飯は何かな〜。なんだと思う?」


「本日のお食事は食パンにマーマレードとコーンスープ、お飲み物は紅茶でございます。」


「いいねぇ…。」


とジュルリとよだれが垂れないように飲み込むお嬢様。


ご飯も何も問題なく済まし、玄関まで見送る。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」


「行ってきます!!いつものして?」


せがまれたのは抱擁。

いつからだろうか。

確か15の時からだったはず…。

お嬢様からして欲しいと頼まれ、それ以来、毎朝欠かさず抱きしめる。


「これしてくれるのが1番落ち着くんだ。今日も頑張ろって思える。ありがと。」


「そう思って頂けているのなら光栄です。」


私も嬉しいですなど発言するのはメイドの範疇を越える。

間違って言わないように丁寧に返事を返す。


馬車が小さくなるまで上品に手を振り続け、見えなくなったところでため息をつく。


「お嬢様が行ってしまわれた…。」


毎日帰ってこなかったらどうしようと心配になるが、帰ってこなかった事など一度もない。

今日も大丈夫と自分に言い聞かせるように、普段通りの仕事をする。

今ではメイドの中でトップに上り詰めるほどになっていた。

経験のせいか天賦の才か。

誰が何をやるのが一番効率的で調子の悪そうな人を目ざとく見つけ簡単なことをやらせたりさせるのが得意だったのだ。

お嬢様と同じ年齢の子もおり、だいぶ慕われている。

分からなかったら何回でも丁寧に教え、決して怒らないのが原因なのだろうか。


「さてと…。今日の仕事はこんなものかな…。」


やるべきことを一通り終え、他のメイドたちに任せた仕事の成果も確認した。

一族代々伝わる腕時計を見るとそろそろお嬢様が帰ってくる時間だということに気付き、外出て、微動だにせず、お嬢様が帰ってくる方向をじっと見つめる。


しばらくすると馬車がガタゴトと揺れる音とともに姿を表し、送ったときと同じように手を振る。

家の前までつき、ドアを開ける。


「ただいま!!」


笑顔で飛び降りてくるお嬢様。


いつもならお嬢様は先にお屋敷にお戻りになり、両親と共にお話をする。

そうしてるだろうなと思いつつ馬車のドアを閉め、お屋敷に向かおうと目に入ったのはお嬢様だった。

今までではあり得ない事だった。


「お嬢様?どうかなされましたか?」


「んとね…また抱きついてもいいかなって…。」


なんだ、そんなことかとホッとする。

何か心配事や悩みごとかと不安になっていた胸をなでおろす。


どうぞと手を広げ、お嬢様が飛び込んでくる。

頭を軽く撫で、満足したと思われるタイミングで離す。


「それではお屋敷に戻りましょうか。ご主人と奥様がお待ちですよ?」


「今日は手を繋いで歩きたいんだ…。」


本当にお嬢様はどうされてしまったのだろうか。

こんなに甘えてくるのは今まで無かった。

小さい時に怪我したときや悪夢を見た時に甘えてくることはあったが、今日のはそれとは違う。


「手…ですか…?構いませんけれど…。」


そういい、手を出そうとするよりも早く、腕を抱かれ、ぎゅっと身体を寄せてくる。


「そんなにくっついていられますと歩きにくいのですが…。」


「別にいいじゃない!!」


まぁいっかと思い、抱きつかれたまま一緒に歩く。

なんで自分と身分がこんなにも違うのだろうとこの時だけ自分がメイドであることを恨んだ。


「お食事が終わったら私の部屋に来ること、いい?」


またまたイレギュラー。

部屋にお呼ばれさたことはない。

お嬢様が13になり、学校に行くようになってからは、朝起こしに行くか決まった時間に着替えを手伝うかのどちらかしかなかった。


「かしこまりました。」


とはいえお嬢様のご命令とあらば答えるまで。

夕飯の支度をするメイド達と混ざる。

とは言っても最近では他のメイド達の手際と技術も良くなり、することなどほぼ無い。

今日も私はいらそうだなと感じ、席を外す旨を伝え、自分の自由時間に入る。


自室に戻り、本を読み進める。

お嬢様が買ってくれた本だ。

勿体なくて1日見開き1ページだけ読むようにしている。

読み終えると手編みのセーターの続きをする。

いつかはお嬢様に渡せたらと作っているものだ。


少しの自由時間は終わり、そろそろ夕飯が終わって自室に戻られたかなと思い、お嬢様のお部屋のドアをノックする。

どうぞと声がかかり、失礼しますと部屋の中に入ってく。

入るとご主人様、奥様、お嬢様が3人並んで立っていた。

何かやらかしただろうか。

3人ともいらっしゃることはまずあり得ない。

だからこそ、自分が何かしでかしてしまったのではないかと頭の中でミスをしてないか探す。

そんな心配を他所にご主人様は声をかけてくる。


「いや、娘のわがままを聞いてくれて済まないね。前々から娘から言われ家族で相談していたことがようやく決まったのでね。こうして来てもらったわけだよ。ほらこの椅子に座りなさい。」


「お言葉に甘えて座らせていただきます。」


と用意してくれた椅子に座る。

一家の方も椅子に腰掛ける。

この椅子は…と思いを巡らす。


お嬢様との思い出の品の1つでもあった。

小さい時にお嬢様とご主人様、奥様と一緒にピクニックに行ったとき私がお嬢様が汚れるのは嫌と駄々をこねるようにして持ってきた小さい椅子。

ご主人様はいいアイディアだねと褒めてくれて、鼻が高くなったのも思い出す。


「さて、話なんだが…せっかくだし、ほら、自分でお話しなさい。」


と言われお嬢様が緊張で顔を強張らせつつも話し始める。


「私ね、貴女が好き。ずっとお世話してくれたっていうだけじゃない。母親としてって言う意味でもなく、友達っていう意味でもない。1人の人として貴女が好き。気付いてなかったかもしれないけど私は貴女がずっと手を振り続けてくれることだって知ってた。いつもつまらない話にも文句言わず付き合ってくれたし、悩みとかも相談に乗ってくれたし…そんな優しい優しい貴女を好きになったの。」


「お嬢様…。」


なんてお声をかければいいのだろうか。

許されるのだろうか。

私でいいのだろうか。


「実は相談されたのは15の時でね。」


と語りだすご主人様。


「この国は誰とでも結婚していいだろ?だが、若さ故に恋愛と親子愛を間違えているとか、恋に恋してるだけとか我々が思っていたんでね。なかなか真剣に相談に乗ってあげられなかったのさ。立場の問題に関しても何も問題あるまい。お互い好きだと思ったら結婚する。それでいいではないか。」


「私は最初から本気だと思っていましたけどね。」


ふんと鼻を鳴らす奥様。

苦笑いするご主人様を見ると壮大な夫婦喧嘩があったのは想像に容易い。


お嬢様がふぅと長く息を吐き、また長く吸い込み、命令を下す。


「改めて命令します。私のお嫁になりなさい。」


と立ちながら手の甲を向けてくる。

この言葉を聞くのをどれだけの長い間待っていただろうか。

自然と涙が流れつつもこの命令の返事はしなければならない。

震えた声でなんとか答える。


「私で良ければ一生ついていきます。」


差し出された手の甲にキスをする。


「これで君はメイドではなく、我々一家の仲間入りだ。そのメイド服は脱いで他のメイドに引き継ぐとしよう。洋服も実は用意してあるから使ってくれたまえ。」


とお嬢様とお揃いのサイズ違いのお洋服を用意してくださっていた。


「この御恩…どうやって返していいのか…。」


感謝しか出てこない。


「そうだなぁ…娘をこれからずっと幸せにしてくれたまえ。」


「はい、必ず!!!!」


そうしてお嬢様、いや、私の嫁との幸せな生活が始まるのだった。


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