【第二幕】 太陽が目指した遥か
勢いよく立ち上り入り口付近の女子二人をかき分けた。
その時――
「あ」
がしゃん。
少年はたった今病室に入ってきた何かにぶつかって転倒してしまった。
なんだなんだと女子両名が入り口のところへ駆けつけてみると、そこには車椅子の少女が倒れた少年の前で茫然としていた。
痛んだ栗色の髪の毛の、頬の痩せこけた、小柄な"少女"。
少女の目は、どこか精気がなく、視線こそ少年に向いていたが、ぶつかった事に対しても殆ど反応も示してない。
まるで、人形みたいだった。
「…………」
何も言わない少女は、黙ったまま車椅子を動かして、少年の元へと近寄った。少年の方はその気配に気付いたらしく、ぶつけた頭をさすりながら体勢を戻した。
「いてて……」
「はぁ、とーやまた脳震盪になったかと」
彼女が様子を窺うと手で問題無いと合図して、一人で立ち上がる。少し視線がぐらつくようでバランスを崩したが、すぐに立て直す。
「…………」
少女は何も言わず、立ち上がった少年へと小さく頭を下げた。僅かな動きなので、少年も謝られたのか最初は分からず、反応に困った。
「えーと……こちらこそ?」
疑問形で返すと、少女はそのまま病室へと車椅子を進めた。ぎいぎいと長年使っているらしい車輪の悲鳴を響かせながら。ただただ見つめる事しか出来ない女の子と少年。
「…………?」
そしてふと、床に置かれた書きかけのそれを見つける。少年が先ほどまで書いていた絵だ。桜の木の下で、沢山の春の模様を見上げる少女の絵。色も塗れてないし、どこか歪な木の形は、お世辞にも上手とは言えない。
けど、でも、だけど。
「あの」
じっとしたままの少女へと、彼女が近寄った。自分の絵と、下手くそな絵を見つめる少女の視線。釘付けになったように、固まったままの小さな背中。窓から差した春の太陽が、ようやくその光をとらえた。
「……っ、う」
泣いていた。
少女の涙が、ぽつりと書き掛けの絵に落ちる。また一つ、また一つ、溶けかけた雪が水滴になるように、少しずつ少女は表情を崩していった。しまいにはしゃくり上げてしまって、上手く息も出来なかった。慌てた彼女から手を差し伸べられ、少女は口を手で抑えながら言った。
「……や、やめてください……見せつけないで……こんなの」
彼女の手を振り払って、床に置かれた絵の上を車椅子で通り、病室の端へと行ってしまう少女。
あまりにも突然の事に、何も言えない少年達。自分は何か悪い事をしたのだろうか。少女の涙の後を見つめながら、少年と女の子は立ち尽くし、やがて彼女が首を横に振ったのを合図に、ゆっくりとその場から離れていった。
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