【第二幕】 太陽が目指した遥か
「っ!」
意識がゆっくりと戻ってくる。ぐらつく視界をなんとかして、倒れている体に力を込める。
「……くっそ、重えな」
なかなか起き上がらない体を無理やり起こす。まるで腹部辺りに大きな物体が乗っかってるかのようだ。無意識に手でその重りを持ち上げようと手を伸ばした。
瞬間。
「……Cカップだっけ」
服越しの柔らかい感覚が伝わった。
アンド重りによる腹パンもあった。
「いってえ!」
「うう……突然なんか夢見てたと思ったら、胸触られてた……」
「いや、お前が俺に乗っかるのがいけない」
手探りで状況を理解する。どうやら、倒れ込んだ俺の体の上になっちゃんも倒れてたらしい。
今さっき見てたのはそう、過去夢。あれだ。
だから睡眠状態で、まあ寝てたんだろうけど……なんで暗室に入った途端意識が飛んだのかは不明。
だが、過去夢で見た小四の記憶。
これが強制的に思い出させる方法か。
完全版の"バニッシュ"。
「あちゃー、入力高すぎましたかね。ちょい修正いるかも」
暗室に入ってくる人工的な灯りと甘ったるい声。
なっちゃんをどかして、自分の体を立て直す。ドアから顔だけだしている青ヶ氏がいた。
「おい、今のなんだ……」
「"バニッシュ"によるmRE技術です。複合現実の拡張版みたいな意味で、原理的にはビジュアライズした脳情報を眼球に直接当ててる感じですね。ほら、目線の高さに光が当たったでしょ。あれです」
「は?」
「これ、部屋丸々装置なんですよ」
我ながら間抜けな声が出る。いやいや、もっとこう物理的に装着する感じじゃないのかよ。プロトタイプとやらもヘッドフォンの形してたし、部屋丸々ってのは、意味わかんねえぞ。
「ただ、今のだと威力が強すぎましたかね。負荷をかけ過ぎたのか、二人とも軽い昏睡状態になってしまいました。本当は、明晰夢ちっくに映像の中で自由に動けるんですけど」
と、ピコンと音を立てて自分の右手首の入館証が光ったのが目に入る。確認してみると、そこには"通信解除"の文字が表示されていた。そして暗室の天井に小さく取り付けられた同じ赤色の光。
もしや……。
「ただの便利腕時計じゃねえな、これ」
俺の発言に意味を理解した様子の青ヶ氏。おかしいと思ってたんだ。入館証の割には心拍数計れたりずいぶん多機能だった。そして終いにはこの暗室での出来事だ。
要するに学校側の物というより青ヶ氏の物なのだ。
「明察です。入館証カッコわたし改良版。あなた達のデータは大凡予想通り、このデバイスがわたしの研究室のサーバーへと通信され、"バニッシュ"にデータが送られる仕組みになってます。頭に直接装着せずとも、予め取ったデータさえあれば、そこから色々出来てしまうのです。加えて、これがセンサーの役割も果たしてくれます。スキャン時に当たる光で頭の位置を検知し、そこを起点として動いた方向に映像も流れるようにしていますが、大元のデータはそれを介して通信されるのです」
「……なんというか」
ちゃっかりしてんな。
つうか最初から言えばいいものを。
「脳の情報を採取する時は、あまり"採取されてる"と意識されない方が良いですからね。それで、どうです? 体の具合は。まだ行けます?」
正直俺の体の調子は悪くはない。再び昏睡状態になるかは分からんが、今のをやられても何とかなりそうだ。
俺は手でまだ行けるのサインを送る。たぶん、向こうで加減もしてくれるだろうし、もう一度試してみたい。
「オーケーです。なっちゃんはどうです?」
「あ、はい。頑張ります……おい、次は胸触るなよっ」
いつもの肩パンをしつつ、なっちゃんも準備が出来た事を伝える。再チャレンジが出来そうだ。
……しかし、夢で見てたのに比べて状況が詳細になったのは、きっとなっちゃんの視点が組み合わさったためという事なんだろうか。俺の意識となっちゃんの意識を足した――さっきの会話で言うマージしたって感じか。互いに抜け落ちた部分は補完し合いながら映像になる。これで思い出させるって事か。
暗室に二度目の暗闇が来る。真っ暗で何も見えなくなり、やがて赤色の光が天井に点滅し出す。俺らは先ほどと同じ位置に立ち、それが来るのを待った。
「ねえ、とーやくん」
向こうで強度というヤツを調整しているのか、時間が掛かってるところ、隣からなっちゃんの声が聞こえた。
「なんで私は過去の夢を全然見れなくて、とーやくんは見れてたのか、分かった気がするよ」
ようやく四方八方に赤い光が動き出し、向かいに壁に目線の高さくらいで淡い赤色が輝き出す。俺はそれを見つめながらなっちゃんの言葉を待った。
瞬間、視界が揺らぎだす。
「きっと、"初めて"だったから、忘れられなかったんだよ。お互いに」
「なんだ、"初めて"って」
「……私とする予定のやつ」
「え」
「あ、ロマンチックな方だから。やらしい方はまだだよね」
「なんだお前は。ってかいらん事言うなし」
「あはは。まあ、そっちに関しては何とかしてみるよ……付き合ったら。だから今は」
と、また調子を狂わせられた途端、ふっと俺の意識はまた過去へと繋がった――
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