【第一幕】 大きくなれなかったダイヤモンド
「どうして私まであんな目に……」
悲しみの一限目を終え、二限三限ついでに四限、全て頭に入ってこないのを乗り越えた、昼休み。
食堂で一人背中を丸めて弁当を突いてたなっちゃんの肩を、俺はポンと叩いた。
「なんで一人なん」
「あ、とーやく……にぶちんくん」
「呼び名変えないでもらえますかなつきさん」
だいぶ参ってる様子で、頭を抱えるなっちゃん。そんなにあれが嫌だったのか。同クラの人間には知られてないとはいえ、時々悶絶しながら咀嚼を続けている。しかしまあ、巻き込んでしまったのは申し訳ない。
「一限はお互いお恥ずかしい姿をお見せしたが、ありゃ予想外。俺のせいではないが、ごめんて」
「うう。そこも大概だけどさ」
机に突っ伏して、なっちゃんが向かいの席に座った俺を指差す。髪の毛が弁当に入りそうだけど、お構いなし。
「……あれを夢で見てるんですか、そーですか……わー、無理、恥ずかしすぎて高血圧なりそう」
「そんなあなたにヘルシー濃茶」
「不要どす」
突然の京都弁と力が無い足蹴りが俺のスネに当たる。ちょっと机が揺れて、俺の昼飯のラーメンの汁が跳ねた。
いや俺の方が恥ずかしいよあんなん。
「あーあ。もう開き直ろう。そもそもあの時に誰かさんがちゃんと告ってくれないのがいけない。うん」
「ふむ。思い返してみても見事な鈍感男だもんな」
「感心しとる場合か……ねーそれ含めさ、もうとーやくんから告ってくんない? 私飼い殺しにはもう疲れた。楽にして」
「なんでや」
やけくそか。
「つうか、そう思うなら、なっちゃんから言えばいいのに」
「出来ないから困ってるんでしょーが。ほら、チキンなのよこの女。チキン。ザ・チキン。あ、そんな曲あったな……私のキャラソンにしよ」
何言ってんか分からないので、無視して粛々とラーメンを啜る俺。ぬるい温度のそれを口に入れながら、ぶっ壊れてるなっちゃんを眺める。こんなオープンな場所で何を言っとるのかこいつは、なんて思いつつ、相槌を適当に入れながら。
と、ここで。
「お、いましたいました。例のアベックが。へろう」
あの甘ったるい声がやってきた。死語を言いながらも、マジで小学五年生くらいの見た目をした、栗色の髪の毛の女が目の前に現れる。
青ヶきはるだ。
「帰れ女児」
「ちょっとなんか随分な扱いじゃないですか。これでもわたし成人してるんですよ。お酒もタバコも余裕なんですよ」
「じゃあ合法ロリ」
「クッソが!!」
口汚い台詞を吐きながら、小さな体が座ってくる。おいこら、席を寄せるな。怒ってんじゃないのかよ。
「女児せんせー、なんで外部講師のくせに学校内の施設を使ってるんですか」
「いやいや、なんでってそりゃ、先生が食堂を使っちゃいけないなんて校則ないでしょう? 生徒たちの交流の場に積極的に出向くのは、教員として当然」
「あんた教員じゃないだろ」
あくまでも外部講師は外部の人間。教員免許等は持ってないし、学校からしたら部外者。お客さんである。とやかく教育現場云々語られる筋合いは無い。別に俺が気にする必要もないが。
青ヶ氏は持って来たホットサンドを食べながら、ようやく意識が戻ったなっちゃんに「こんにちは」と挨拶する。
「あ、なっちゃんですね。うわぉ、まさか同じ学校とは。にしてもやっぱ美少女ですね」
「ど、どうも……例のチキンです……はい」
なっちゃんがあの教室にいたと知って矢継ぎ早に質問を飛ばす青ヶ氏。本当見てくれ以外も元気な小学生といった印象である。よく食べるし、よく喋る。声もでかいし、リアクションも大きい。見てると幼少期の友達ってな感じを覚える。
「でも二人は凄いですよね。お互いずっと好きで付き合うだなんて。わたしなんて生まれてこの方彼氏なんて出来たためし無いし、尊敬します」
「いや、付き合ってねーから」
「え、てっきりもう既婚者かと」
「すっ飛ばしすぎだろ」
そもそも俺結婚出来る年齢じゃないし。
「あ、それはあれですか? 主に片方がにぶちんで、片方がチキンで、現在飼い殺し中みたいな?」
「お前絶対さっきの会話聞いてたな」
「てへっ。カッコ星まーく」
ウインクする青ヶ氏。殴りたいその顔。そんでガン、と頭を抱えるなっちゃん。だから言ったやんけ。オープンスペースで恥ずかしくなる事を喋るなと。顔を赤くして唸り出すお喋りチキンガールに呆れつつ、俺はそういえばと、話題を切り替える。
「青ヶせんせ……って言うのは癪だからはるちゃん。ちっと訊きたい事あんだけど」
「おっと、いきなり馴れ馴れしい通り越して失礼な呼び名ですね。ぶっ飛ばしますよ」
「ハルハル的にはさ」
「これは完全にバカにしてる気が」
「ハドソン川」
「原型ないやんけ!」
冴え渡るツッコミに耳を塞いだ。うるさいなこの小学生。
「過去夢ってどう思う? 最近めっちゃ見るんだけど。なんか見解とかない?」
「ん。そこに引っかかってくれてたとは。実はわたし、先ほどのあなたの脳内情報を見て気になるところがあったんですよ。それをお伝えしようとですねここに来た次第……あとなんでタメ語?」
文句を言いながら、何やらゴソゴソと自分のバッグからタブレット端末を取り出し俺に見せて来たので覗き込むと、そこにグラフが画面に写っていた。なんだろうこれ。
「これ、先ほど取っただーりんの脳の情報です。ごちゃごちゃしてますが、注目して欲しいのはこの青色の線――MCH神経の活動値です。見てください。覚醒時なのにかなり高いでしょう? これ明らかに異常値ですよ。ヤバイです」
言われて指された青色の線を目で追ってみると、確かに薄く書かれている標準の線を超えていた。が、そんな専門的な情報俺には分からん。いつのまにか覗き込でいたなっちゃんも、さっぱりという顔をしてる。
「なにそのHな神経ってのは」
「おい、わたしの話をわざと間違えるな」
「とーやくん変態だもんね」
「ボケを被せるなや! なんなんですか二人して!」
うるさいのに耳を塞ぎつつ、青線の値と予想の値を見比べる。なるほど。どうやらこれ、覚醒時と睡眠時に働く神経らしく、覚醒時は低く睡眠時は高い数値を出すようだ。俺の値はその逆の数値を記録してる。覚醒時は高く、睡眠時は低い。
でも、これがどんな影響があるのだろう。
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