第8話「知らない優しさ」

「私は貴方の頑張る姿も、愛してます」

 そう言って、百合音は私の部屋を出ていった。辺りにはただ静かな時間だけが流れ、私はゆっくりと目を開ける。目を覚ますと、聞こえてきたのが愛してるの言葉なんて、流石に寝たフリを続けるしかなくなった。騙すようだけど、私は悪くないはずだ。まさか、だってまさかじゃないか。仕事だからと、私情抜きでただ私の世話も業務の一つとしてこなしていたと思っていたのに、そんな胸の内をうっかり聞いてしまったら、反応に困る。

 いや、まあ、考えすぎに違いない。百合音に限ってそんな感情を抱くはずがないのだ。精々抱いているのは保護欲。私があまりに幼くて無知だったが故の、娘に向ける愛情に違いない。だから、愛しているという言葉に、深い意味は無いはずだ。うん、大丈夫。

「でも、それはそれで、寂しいな」

「何が寂しいんですか」

 私がなんとなく呟くと、不意に脇から百合音の声が聞こえてきた。慌てて飛び起きると、呆れた顔の百合音が私を見つめている。

「部屋の電気を消したのがまた付いていたので、起きたかと思いまして。夕食ですよ」

 特に変わった様子もなく、ただ淡々と仕事をこなす様子は、余計にあの言葉の真意を濁らせる。私は前を歩む百合音の表情を、覗くことができなかった。

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