第7話「足りない」

「私、少し寂しいと思う時があるの」

 静流は私に寄り添いながら、ふとそう呟く。両の腕を私の片腕に絡め、しっかりと抱き込んでいるのを肌で感じる。その手は、少し震えていた。

「診察の時も、一緒にいた方がいいかな」

 その時だけは静流を独りにしてしまうので、寂しいと思うようなら一緒に診察を受けてもいいだろう。そう思って提案するが、静流は小さく首を振る。

「そうじゃない。距離じゃないの。なんて言うか、不安なの。私は依子の事を、どうしても正しく見られないから」

 見られない。手で触れて顔やらを理解しても、それがどれほど正しいかなんて分かりようがない。いや、もっと簡単な話か。

 見られないという事は、イコールで「知られない」という事なのだ。外見だけじゃない。人は、相手を理解する時、殆どを見て判断すると何かで聞いた。態度、雰囲気、外観、反応。なんだって視覚情報だ。代用できるものにも限りがあり、視覚のない静流には、私の想いの大半は、信頼と願望に頼るのみで、本来の形を理解できない。故に心配なのだろう。私がいつか、離れていってしまうことが。それは、前に偶然会ったあげは先輩への気さくな対応がきっかけだったのかもしれないし、元々感じていたものが今現れただけかもしれない。ただ静流を不安にさせたことが、どうしようもなく辛かった。

「私は、静流の事が好きだから。絶対に離さないし、離れてあげない。愛してる。見えないなら、他の全てで教えてあげる」

 私は静流をぎゅっと抱き寄せ、そう囁く。好きだという想いを、ありったけ伝える。愛の言葉を聞かせ、抱きしめて触れ合い、舌を絡ませて味わわせる。匂いは、そうだ、今度お揃いの香水かなにか合わせてみたりなんていいかもしれない。とにかく、全部で感じさせる。

 もう、不安になんてさせたくないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る