水曜日「主従百合」

第1話「そんな大したものじゃなくて」

「柚葉様、お茶の用意が出来ました」

「そう、いただくわ」

 ある日の昼下がり。私と柚葉はテラスでティータイムの準備をしながら話す。

「この茶番、要ります?」

 暫く柚葉のお嬢様ごっこに付き合ったが、結局私はいつもの口調に戻すことにした。話しにくい上に、やや時代錯誤なのだ。

「要るわよ! 私は社長令嬢で貴方はメイドよ? やるしかないじゃない!」

 柚葉は至って真面目に話している。確かに柚葉の父親は一企業の社長であり、私はそんな父親に雇われた家のお手伝いである。

「物は言いようですね。おやつ、早く食べないと紅茶冷めますよ」

 忠告だけしてテーブルをはさんで向かいの席に私も座る。私は社長に『対等な目線で向き合ってくれ』と言われている。これは不敬などではない。

「あ、食べる食べる」

 そう言って慌てておやつのクッキーをつまみ始める。その姿を見るに、やはり令嬢などという堅苦しく厳かな肩書きの似合う人じゃない。

「そもそも、有り体にいえば柚葉はニートですよ。23歳で職につかないなんて」

 私だって今こうして家事に加えて世話をするのが仕事であり、働いているのだ。この場において、社会的には私の立場が上である。

「う、百合音にはかなわないな……」

 少し罰が悪そうに俯く。む、そういう反応が欲しくて言った訳では無いが、まあ仕方ない事か。私が上だと認められたのだ。

 その事実に口角を上げて、柚葉の手に唇を落とす。

「かなわないなら、私が柚葉にこんな事をしても、何も言えないのかな」

 私は今、雇い主の娘を誑かしてしまっている。それは、控えめに言って最悪だ。私の方が年齢的にも立派な大人だと言うのに、一体どんな気の間違いを起こしてしまったか。

「も、もう、百合音はからかいすぎなのよ!」

 顔を真っ赤にして怒る柚葉を見て気付く。ああ、私は柚葉が好きなのだ。手元で転がして遊ぶように、誑かすのが好きなんだと、自覚しては怒る柚葉に笑うことしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る