PVP④:ピジョンブラッド対パラード

 予選終了の翌週、PVP大会の本選が開催された。

 各ブロックで1位となったプレイヤーたちが待機所に集まっている。その数、16人。

 

「それでは本選におけるルールの説明をいたします」


 予選の時と同じく、運営側の司会者が現れた。

 

「本選は予選同様にバトルロワイヤル形式で行われますが、敗北すれば即退場となります。よって最後まで生き残ったプレイヤーが優勝者となります」


 本選はより過酷なルールとなっていた。

 

「時間は無制限ですが、試合開始から30分経過するとマップ上に他のプレイヤーの居場所が表示されるようになります」


 それ以外のルールは概ね予選と同じだ。

 

「ルール説明は以上です。それではカウントダウン終了と同時に本選を開始いたします」


 本戦出場プレイヤーたちと一緒にカウントがゼロになるのを待っていると、ピジョンブラッドが視線を感じた。その先にいるのはやはりナスターチウムだった。

 次こそは負けない。

 相手に敬意を払い、なおかつ乗り越えようとする闘志がピジョンブラッドの中にあった。

 カウントがゼロとなり、プレイヤーたちは本選のバトルフィールドへと転送される。

 

 町中が戦いの舞台であった予選とはうってかわって、本選は火山島が戦いの舞台となっていた。島の中心に位置する火山からは真っ赤なマグマが絶え間なく吹き出していおり、島の各所に灼熱の川を作っている。

 うっかりとマグマ流に足を踏み入れてしまったら、即死もしくは大ダメージは免れない。ピジョンブラッドはより一層周囲への注意が必要だと感じた。

 なるべくマグマから離れるため移動しようとした時、はやくも他のプレイヤーと遭遇した。

 

「いきなり優勝候補が相手か」


 サングラスを掛けた忍者が腰の忍者刀を抜く。

 ピジョンブラッドもブルーセーバーを構えた。

 

「シャァ!」


 忍者が斬りかかる。その動きは『剣術』の技能によるものではない。我流ゆえに洗練されていないが、技能に頼って画一的な動きしか取らないプレイヤーよりは、柔軟で手強い。

 忍者刀を受け止めたピジョンブラッドは素早く反撃するが、忍者は素早く後退してブルーセーバーのレーザー刃から逃れる。

 同時に、なにか丸いものを落とした。それは地面に落着すると一瞬で周囲に白い煙を撒き散らした。

 煙幕!

 

「真っ向勝負じゃあんたみたいな達人にはかなわない。少しばかり汚い手を使わせてもらうぜ」


 煙の中、どこからともなく忍者の声が聞こえる。

 このままでは危険だ。ピジョンブラッドはスラスターを使い素早く煙幕の範囲から脱出した。

 やがて煙は晴れ、十人近くまで分身した忍者の姿が現れる。

 おそらく、分身の魔法を使ったのだろう。それも囮効果しか持たない通常のではなく、分身が攻撃をも行う分身の魔法:攻の型だ。

 分身は本体を倒せば消滅するが、それがどれであるのかわからない。先程の煙幕でうまく分身たちの中に紛れ込んだのだろう。

 どれが本体か見破らなければ勝機はない。ピジョンブラッドはより一層精神を鋭く研ぎ澄ませた。

 


 パラードが、いや黒谷守江がプラネットソーサラーオンラインを始めたきっかけは少々変わっていた。

 あれは孝介と結婚し、黒谷家の一員となったばかりの頃だ。

 

「ねえ母さん、新しい趣味でも始めたらどうかな?」


 そういって夫は花絵にサイバースペース機器を贈った。

 好敵手を失ったことで、花絵の人間性が摩耗していくさまに守江は心を痛めていたが、それと同じくらい息子である孝介も心配していた。

 今生きる世界に意義を見いだせないのならば、作り物とはいえ別世界ならばそれが現れるかもしれない。そう考えて孝介は花絵にサイバースペースを薦めたのだ。

 それからしばらくして、孝介は花絵にサイバースペースでの様子を尋ねる。

 

「母さん、最近サイバースペースはどうかな?」

「まあ。悪くないわね。遊びのための世界とはいえ、少しは私の心を満たす人がいるかも知れないと期待しているわ」


 それは守江にとって受け入れがたい状況であった。

 花絵の好敵手にふさわしいのは自分だ! 他の誰でもない!

 強く美しい花絵。子供時代にその姿に魅入られ、彼女に認められるほどの選手になろうとして今まで努力してきたのだ。

 遊び半分のいい加減な輩などに花絵の好敵手の座を奪われるわけには行かない。

 

「孝介さん、私もお義母様がしているプラネットソーサラーオンラインを始めようと思うの」


 その時、孝介は何かを察したようだった。彼は父親と違って、他人の心の機微に驚くほど鋭い。ましてや妻の心境は自分の心のように感じ取れるだろう。

 

「そうだね。現実の顔が見えない匿名の世界なら、もしかすると母さんは君を認めてくれるかもしれない」

 

 花絵は守江を優れた教え子と見てくれているが、好敵手としては見限っている。

 だが、サイバースペースで新しい自分としてやり直せば、もしかすると希望があるかもしれない。

 そんな守江の願いを孝介は察してくれた。この人を選んだのは間違いではなかったと改めて実感する。


 こうして守江はパラードとしてプラネットソーサラーオンラインの世界に降り立った。 

 ここでの花絵の顔と名前はわからないが、見つけるのは容易かった。

 アリーナに彗星の如く現れ、頂点に君臨した電光石火のナスターチウム。彼女が花絵であるのは、その太刀筋を見れば明らかだった。


「私と勝負してください」

「ええ、構わないわよ」


 早速試合を申し込み、ナスターチウムもそれを快諾した。

 パラードは盾を使う対人主流盾のプレイスタイルを取っていた。そうするのは、現実と全く同じ戦い方では自分の正体を見抜かれる恐れがあったからだ。

 この世界で初めての試合。先手を取ったのはナスターチウムだった。

 

 繰り出される鋭い突きを、パラードは自分の武器で払いのけようとする瞬間、ナスターチウムの姿が消えた。

 気がついたときには、背後に回っていた彼女に背中から刺されていた。

 ゲーム世界においてプレイヤーは超人的な力を得る。それに加えて、ナスターチウムはもとよりフェンシングの達人。二人の戦いは、まるで大人と赤子の勝負のようだった。

 

「また、手合わせしていただけますか? 次はこんな醜態を晒しません」


 次の勝負を願うパラードの顔は悔しさで歪んでいた。たかがゲームとどこか油断していたのだろう。そのようないい加減な心構えで、ナスターチウムに勝負を挑んだ自分が恥ずかしくてたまらなかった。

 

「ええ。構わないわ。あなたは見どころがありそうね」

「……! ありがとうございます」

 

 その言葉は何よりも嬉しかった。孝介に結婚を申し込まれたときと同じくらいに。

 今度こそ、好敵手として認められるかもしれない。そう思ったパラードだったが、その願いは手が届く前になくなってしまった。

 しばらくして運営からイベント開催の告知があった。 


「もうすぐPVP大会があるようね」


 当時はプラネットソーサラーオンラインがサービスを開始して、初めての大型対人イベントだった。


「ナスターチウムさんは出場されるのですか?」

「ええ。せっかくの晴れ舞台だもの。あなたは?」

「もちろんです」


 ナスターチウムの好敵手を目指しているのだ。大舞台で彼女と戦えるのはパラードにとってこの上ない幸福だ。

 

「大会でナスターチウムさんと勝負するのを楽しみにしています」

「あなたと戦う前に負けないよう、気を引き締めないといけないわね」

「大丈夫ですよ。ナスターチウムさんなら優勝間違いなしです」

「あなただって優勝してもおかしくないわよ」

「いえ。私は頂点に興味はありません。あなたとの勝負以上に大切なものはありませんから」


 その言葉はパラードがナスターチウムを尊敬する気持ちから出たものだ。


「そう」


 ナスターチウムの目が失望の色に染まる。

 失言をしてしまった。しかしなぜ失言なのかがパラードには分からなかった。

 そして第1回PVP大会の日。優勝を決める最後の戦いでパラードとナスターチウムは対決した。

 戦いの間、ナスターチウムは終始つまらなそうな顔をしていた。

 

 なぜ。どうして。私に何が足りないのか。パラードは剣に自分の想いを込めたが、対するナスターチウムは無感情の剣を返すだけだった。

 結果はパラードの敗北。ナスターチウムは優勝したにもかかわらず、少しも嬉しそうではなかった。

 大会の後も二人の関係は続いていたが、現実世界同様にパラードはナスターチウムから好敵手として見限られてしまっていた。

 

 現実世界でもゲーム世界でもともに研鑽を積んで実力を上げてきたが、花絵ナスターチウムは決して守江パラードを好敵手としては認めなかった。

 そんなときに現れたのがピジョンブラッドだった。たったひと勝負で、ナスターチウムは彼女が自分の好敵手になりうると大きな期待をかけた。

 自分はこんなにも努力しているのにどうして。

 いつの間にか、パラードの心にはピジョンブラッドへの嫉妬が渦巻くようになっていた。

 


 本選が始まってしばらくが経ち、パラードはすでに数名のプレイヤーを撃破していたが、今だピジョンブラッドは見つけられなかった。


「どこにいる、ピジョンブラッド」


 彼女が負けたとは少しも思わなかった。憎い相手だがナスターチウムに一太刀浴びせる実力は認めている。

 森の中から何かが弾けるような音が聞こえる。マジックセーバーが敵の攻撃を受け止めた時の音だ。パラードも使っているのでよく知っている。

 音のする方へ駆けていくと、ピジョンブラッドがサングラスを掛けた忍者と戦っていた。

 忍者はピジョンブラッドとの実力差を分身の魔法による数で補っていた。

 しばらく戦っていた二人だが、やがてピジョンブラッドが他の分身に目もくれず、ある一体に狙いを定めた。


「うわ!」


 狙われた一体が思わず声を上げる。おそらくそれが本体だろう。

 自動制御の分身と明確な意思を持つ本体とでは、動きにかすかな違いが生まれる。ピジョンブラッドはそれを見抜いたのだ。

 そうなればもはや勝負は決まった。

 本体を見抜かれた忍者に真っ向勝負でピジョンブラッドに勝てるだけの技量はなく、あっさりと切り捨てられる。

 認めたくはないがピジョンブラッドの実力は本物だ。現実世界でも相当な達人だろう。

 

「もらった!」


 その時、森から飛び出した別のプレイヤーがピジョンブラッドを背後から攻撃しようとする。

 舌打ちしながらパラードも飛び出し、不意打ちしてきたプレイヤーをマジックセーバーで貫く。

 

「私を助けたの?」


 ピジョンブラッドがパラードに問う。

 

「邪魔だから始末しただけよ」


 パラードはマジックセーバーをピジョンブラッドに突きつける。

 

「勝負よ。ナスターチウムさんの好敵手にふさわしいのはこの私。あなたを倒してそれを証明する」

「私を倒してもなんの証明にならないわ」

「なんですって?」


 ピジョンブラッドはブルーセーバーを構えながら言う。

 

「一番を目指さない人は、いつまでたっても誰の好敵手にもなれない」


 パラードは一瞬で頭に血がのぼる。


「知った口をきくな!」


 地を蹴り、弾丸のごとく飛び掛かるパラード。

 怒りに囚われるながらもその剣筋に乱れはなかった。数え切れないほどの修練によって、本人の感情に左右されること無く体が動く。

 まず、心臓を狙った。対人戦は上級者の戦いであるほど、致命的弱点を積極的に狙う。

 ピジョンブラッドはパラードの突きを紙一重で回避する。

 すかさずブルーセーバーを水平に振るって、パラードの首を狙ってきた。

 

 疾い!


 ナスターチウムが目をかけるだけはあると驚嘆しながらも、パラードは左手の盾でブルーセーバーを真上に弾いた。

 武器を弾かれ、ピジョンブラッドがのけぞる。

 無防備となった心臓にパラードは二度目の刺突を繰り出した。

 マジックセーバーの先端が、ピジョンブラッドの胸に触れる。このまま心臓を貫くかと思ったが、ピジョンブラッドはスラスターと使って後退し、紙一重で致命的弱点のダメージを回避した。


「その程度?」


 パラードはピジョンブラッドを挑発する。

 

「私程度に獲られかけるなんて、やっぱりあなたはナスターチウムさんの好敵手にふさわしくない」

「……あなたは強いわ。とても」

「だからなに? 私が強いから降参するとでも言いたいの?」


 とてもそうは見えない。

 

「今の打ち合いではっきりわかった。あなたはナスターチウムと同じくらいの力を持っている」

「だったらなぜ私は好敵手になれない! 私はこんなにも頑張って力を得たというのに、あの人は決して認めてくれない!」


 子供の頃に見た黒谷花絵とアネット・ヴィレールの試合。それは守江が見てきたなかで最も気高く美しい光景であった。その輝きに少しでも近づきたいという思いが、フェンシングの世界に身をおく理由だ。

 だが、アネットが亡くなり、花絵の輝きが徐々に失われてきた。

 守江は自分が次の好敵手となり、失われた輝きを蘇らせようとしたが、花絵は決して認めようとしはしなかった。

 

「まだわからないの?」


 ピジョンブラッドの鋭い言葉に、パラードは見えない刃で胸を刺されたような錯覚を覚える。

 

「あなたは憧ればかりで、勝負に勝つ意思を持ってない。そんな人はだれの好敵手にもなれない」

「黙れ!」


 パラードは再び攻撃する。

 ピジョンブラッドが動く。頭を狙った真っ直ぐな振り下ろしだ。恐ろしく早く、先に仕掛けたパラードより先に攻撃が当たるだろう。

 ならば!

 パラードは盾で弾く。

 横向きの衝撃がピジョンブラッドを襲う。これで相手のバランスが崩れるとパラードは思った。

 だが、ピジョンブラッドは盾で弾かれた衝撃を逆に利用して、回し蹴りを繰り出し来た!

 まさか蹴りが来るとは思っても見なかったパラードは防御できずにふっ飛ばされ、木に叩きつけられた。


「ええい! こんなものに頼るべきじゃなかった!」


 パラードは盾を投げ捨てる。ピジョンブラッドは余計なものを抱えて倒せるような相手でではない。

 花絵から教わり、自ら研鑽した技術のみが信用に値する。

 

「来い!」

 

 パラードはマジックセーバーを構える。

 応じるようにピジョンブラッドも構えた。それはフェンシングの型と全く違うが、パラードは相手が突きを繰り出してくると分かった。

 ならば好都合。パラードは最も得意とする、自分の武器で相手の攻撃を払ってからの反撃で倒すと心に決めた。

 ピジョンブラッドが動いた! まばたきをするほどの一瞬で間合いが至近となる!

 

 今だ!

 

 パラードは自分のマジックセーバーでブルーセーバーを払おうとする。

 その瞬間、ピジョンブラッドはスラスターの逆噴射で自身の速度をゼロにし、ブルーセーバーを引いた!

 パラードの切り払いが空振る。

 直後、青い刃がパラードの体を横に薙いだ。

 パラードの視界に映る自分のHPは尽きていた。

 

「そんな……」


 そうつぶやいたその時には、パラードはすでにバトルフィールドから退場させられていた。

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