PVP③:トッププレイヤー
予選開始から30分が経過した。ほとんどのプレイヤーはどこかしらで敗北しているが、その中で今だ無敗のままでいるトッププレイヤーが現れ始めた。
第9ブロックで出場している、ワタリガラスという黒い機人族の男もその一人だ。
彼は自然公園エリアで多数のプレイヤーたちに襲われていた
順位が10位までのプレイヤーは居場所がマップ上に表示されてしまう。
ワタリガラスの現在順位は1位。よって多くのプレイヤーたちが逆転するために彼を狙っているのだ。
「当たんないよ!」
「速すぎる!」
「見えない!」
木々の間を黒い風となってワタリガラスは駆け抜ける。彼が動くたびに、その体から白い魔力の噴射光が生じる。
機人族はパワードスーツを装備できないが、スラスターを自分の体に取り付けることが可能だ。ワタリガラスはスラスターを使いこなせる数少ないプレイヤーの一人であった。
機敏に動き、同時に自然公園内の木々を遮蔽物と利用し、ワタリガラスは自分に放たれる無数の魔法や銃撃を躱していく。
「邪魔すんな!」
「俺の獲物だ!」
敵がきちんと連携していたのならば勝ち目はなかっただろう。しかしこれは個人戦のバトルロイヤル方式。ワタリガラスを倒してポイントを大量獲得したいという目的は同じでも、彼らは決して味方同士ではないのだ。
必然、出し抜きや足の引っ張り合いがあちこちで発生し、それがワタリガラスにとっての勝機となっていた。
スラスターによる高速移動をしながらレーザーライフルで射撃し、襲いかかってきたプレイヤーを次々と撃破していく。
「もらった!」
茂みに隠れていた片手剣使いのプレイヤーが飛び出す。
間合いは至近。レーザーライフルは使えない。
だがワタリガラスにはもう一つ武器がある。
左手をぐっと握りしめると、腕に装着されていた
みぞおちを突き上げるように、ワタリガラスはパイルバンカーを片手剣使いに叩き込む。
大砲のような轟音! 片手剣使いは一撃で倒された。
「随分調子がいいな、ワタリガラス」
襲ってきたプレイヤーたちを全滅させたあと、それを待っていたかのように緑の機人族の男が現れた。
緑の機人族は肩にロケットランチャーを担いでいる。
「ザコ相手の快進撃はここまでだ。前大会でナスターチウムにあっさり負けたお前は俺に勝てやしない」
一年前の苦い思い出が蘇る。ナスターチウムに負けた時、失望した彼女の顔をワタリガラスは今でも忘れられなかった。
前大会の様子は動画としてアップロードされているので、ランチャー使いはそれを見てワタリガラスの事を知ったのだろう。
「随分と自信があるようだな」
「当然だろ。最新のランキングで俺は第5位だが、お前は100位以下じゃないか」
ワタリガラスは反論しない。事実だからだ。
しかし言われっぱなしのままでいるつもりはない。なぜワタリガラスがランク外なのか。言い換えるならば、なぜ積極的にランクマッチに参加しなかったのか。それを分からせてやるのに一番良い方法がある。
ワタリガラスはレーザーライフルを構える。
「TOUTAKUを使わないのか?」
ランチャー使いはワタリガラスの背中にあるレーザーライフルを見て言う。
「必要ない」
『防御力無視』の効果を持つTOUTAKUは簡単に致命的弱点を攻撃できる最強の武器だが、弾薬は25発までしか持ち込めない。予選は1時間にも及ぶ長期戦なのだ。なるべく温存しておきたい。
「お前にはこっちで十分だ」
ワタリガラスは銃口を向けながら言った。TOUTAKUは弾薬内のエネルギーを使ってレーザーを発射するが、このレーザーライフルは持ち主のMPを消費するため、残弾数を気にする必要はない。
無論、威力はかなり下がってしまうが、対人戦では十分な威力を発揮する。
「ああ、そうかよ!」
ランチャー使いの声に怒りがこもる
「なめたプレイイングしたことを後悔させてやる!」
ランチャー使いが駆け出す。超人的な速度だ。
彼のプレイスタイルは敏捷特化型なのだろう。走る速度を上げる『俊足』やジャンプ力を上げる『跳躍』の技能を取得し、移動力全般を強化する。スラスターと違い空中機動は無理だが、さほど練習しなくとも自分のスピードを制御しやすくMPも消費しない。
「吹っ飛べ!」
ランチャー使いは走りながらロケットランチャーを撃ってくる。
移動中での射撃ゆえ、『射撃術』の動作補正系技能を使っても精度は激減しているが、ランチャー使いはそもそも直撃を狙っていない。
ワタリガラスはスラスター使って回避行動をとる。だが、地面に着弾したロケット弾の爆風によって多少のダメージを受けてしまった。
「うぐ」
ワタリガラスは爆風で姿勢を崩しかけ、倒れないよう踏ん張る。
このゲームにおいて、ロケット弾は敵の足元を狙ったほうが良いとされている。回避されても地面に着弾すれば、今のように爆風ダメージを与えられる。
そして爆風で相手がよろめき回避が困難になった瞬間に、直接狙って直撃による大ダメージを与えるのだ。
高速移動で敵を撹乱し、ロケット弾の爆風で相手をよろめかせる。そうして相手のバランスを崩したときに直撃弾を狙うのがロケットランチャーを使ううえでの定石だ。
「もらった!」
ランチャー使いがロケットランチャーを撃つ。直撃コースだ!
しかしワタリガラスは回避した。上体をわずかに傾けると、顔のすぐ横をロケット弾が通り過ぎる。
「なに!?」
ランチャー使いは驚愕する。
ワタリガラスの動きは『自動回避』の技能によるものではない。自力による回避行動だ。
地面を蹴りつつ、スラスターを噴射し、ワタリガラスは一瞬でランチャー使いの懐に飛び込む。
自然公園に再びパイルバンカーの轟音が鳴り響く。
「俺はこの一年、鍛えてきた。レベルやステータスじゃない。自分自身の腕を、だ。ナスターチウムを倒す特訓のために、アリーナでランク上げしている暇なんてなかったのさ」
倒されたランチャー使いの姿はすでになく、ワタリガラスの言葉は聞こえていないだろう。
しかしこれで分かったはずだ。自分とワタリガラスの間にある、決定的な実力差を。
●
第4ブロックではパラードがトップを独走していた。
彼女は工場エリアで戦っていた。様々な施設や設備がパイプで繋がっているさまは内臓と血管を連想させる。
「こなくそ!」
大斧使いのプレイヤーが得物を振り下ろす。
パラードは左手に持った
大斧使いは自分の武器の重量に引っ張られて大きく姿勢を崩してしまった。
どうにかしてふんばろうとするがもう遅い。大斧の使いの心臓部分にパラードのマジックセーバーが突き刺さる。
これが対人主流盾と呼ばれるパラードのプレイスタイルだ。通常の主流盾と異なり、対人戦を重視したそれは、盾は自分や味方を守るためではなく、相手の攻撃を弾くためにある。
敵を倒したパラードは即座に周囲を警戒する。周りは全て敵だ。制限時間の1時間が経過するまで一瞬たりとも気が抜けない。
新しい敵として二人のプレイヤーが姿を見せた。どちらも定命族の男で、一人は身の丈はある大剣使い。もうひとりはロングロット使いなのだが……
「ヒーラー装備? このルールで回復特化になんの意味が……」
長期戦狙いで対人戦に参加するヒーラーは一応いるがかなりの少数派だ。それでも敵を倒すための武器を装備するのは必須。だが、目の前のヒーラーは外見から分かる範囲で武器を持っていないし、装備しているロングロッドも回復魔法しか使えない代物だ。
どう考えても対人戦で勝つためのプレイスタイルではない。
パラードが訝しんでいると大剣使いが仕掛けてきた。
特筆すべきことはなにもない。『剣術』の動作補正系技能に頼る、どこにでもいるプレイヤーの一人だ。
先程の大斧使い同様、盾で大剣を弾き、マジックセーバーで貫く。
だが、大剣使いは思ったよりはできるようだ。とっさに体を傾けてかろうじて致命的弱点の直撃を避ける。
「やるわね!」
反撃を受けないよう、パラードは素早く後退する。
即死を免れたとはいえ、マジックセーバーで体を貫かれたことには変わりない。大剣使いは大ダメージを受けている。あと一突きで倒せるだろう。
その時、大剣使いの体が光りに包まれる。回復の魔法を受けた時の視覚効果だ。
「ああ、やっちまった! うっかり敵を回復してしまった」
あからさまに棒読みの独り言を口にしているのはヒーラーの男だった。
「コイツはラッキー。あいつが偶然この場にいて助かった」
大剣使いがヘラヘラと笑いながら言う。
「ああ、そういうこと」
パラードは状況を理解した。
「あなた達、チーミングしているわね」
それは本来なら全員が敵同士のバトルロイヤル形式で、プレイヤーが協力する行為だ。この大会ではルール違反とされる。
「なんのことかな? 俺たちはたまたま同じ場所に居合わせただけだぜ」
「そうそう。下手な言いがかりはよしてほしいなあ」
白々しい言い訳をチーミングプレイヤーたちが口にする。浅ましさと卑しさで呆れたパラードは、いちいち非難する気も起きなかった。
「お前を倒せば予選突破は確定だ!」
大剣使いが水平に剣を振るう。
パラードは盾を使わなかった。代わりに、襲い来る剣を足場代わりにして大剣使いを飛び越した。
そのままパラードはヒーラーに一瞬で接近し、盾で顔面を殴りつけた。
「ぐわッ!」
殴られたヒーラーは背中から倒れる。
パラードはそのまま馬乗りになって、盾の縁でヒーラーの顔面を何度も何度も殴りつける。
「ま、待った! 参った。やめて……」
無言でパラードは殴り続ける。その恐ろしさにすくみあがったヒーラーは自分を回復する事もできず、HPはゼロとなった。
パラードは立ち上がり次の標的である大剣使いをにらみつける。
「ひっ!」
大剣使いは戦意を失って、背中を向けて逃げ出した。
「逃げるな! 戦え!」
パラードは追う。
完全に怯えきった大剣使いは足をもつれさせて転倒する。
「ゆ、許して」
パラードは卑劣な手を使った大剣使いを許さず、マジックセーバーを振り下ろす。
チーミングの二人はすぐにどこかで復活するだろうが、もう一度戦いを挑んでくる気力はないだろう。
だがそれでパラードの心が晴れるわけではない。苛立ちはますます強まるばかりだ。
「落ち着きなさい。あんな連中に腹を立ててどうするというの」
パラードは自分に言い聞かせるが、しかし心の内から溢れてくる怒りを抑えきれない。
違反行為をしたプレイヤーが原因ではない。あれは火に注がれる油というだけだ。
怒りの火種。それは別にある。
「ピジョンブラッド……! あの女狐が私の心を乱す」
自分こそがナスターチウムの好敵手にふさわしいのだ。
「けど」
怒りに腸が煮えくり返る思いだが、同時にこれはチャンスだとも思っていた。
「アイツを倒せば、あの人は今度こそ私が好敵手にふさわしいと認めてくれるはず」
まだ予選の最中ではあるが、パラードの心は本選でピジョンブラッドを叩きのめすことに囚われていた。
●
予選終了まであと数分。ピジョンブラッドはビジネス街エリアで戦っていた。
連勝を重ねてポイントを大量の保持したピジョンブラッドを倒すべく、多くのプレイヤーが襲いかかったが、その全てが返り討ちにあった。
終りが見えてきた今では、まだ逆転を狙うの闘志がのこってるプレイヤーのみがピジョンブラッドと戦い、あとは戦意を喪失して時間がすぎるのをただ待っているのみ。
ピジョンブラッドと戦っている数名のプレイヤーは、その全員が魔法攻撃を主体とするプレイスタイルだ。
接近戦を避け、遠くから攻撃すれば勝ち目はあるという考えは正しいが、絶対に勝てるかどうかは別問題だ。
なにせピジョンブラッドには『魔法返し』の技能がある。
火球や電撃の槍が飛来するも、ピジョンブラッド的確にマジックセーバーで弾く。プレイヤーの半数は自分の魔法で倒されてしまった。
あるプレイヤーが炎の魔法:熱波の型を放つ。高熱そのものを放射する攻撃魔法は『魔法返し』が通用しない。
ピジョンブラッドは素早く自分を攻撃しているプレイヤーに接近し、一刀のもとに斬り伏せた。炎の魔法:熱波の型は確実にダメージを与えられるが、相手を倒すのに時間を要する。
その時間はピジョンブラッドが反撃するのには十分すぎる。
「そろそろ全滅するかな?」
オフィスビルの屋上に人影あり。
彼は狙撃銃のスコープで先程からピジョンブラッドを捉えていた。
狙撃手はピジョンブラッドが襲撃プレイヤーを倒し切るのを待った。そして周囲に敵はいないと油断した瞬間に撃つ。
いくらピジョンブラッドといえど弾丸を弾くことなど不可能だ。
「格上殺しは俺が倒す」
無敵に思われた相手をただの一撃で仕留める。これほど痛快なことはないだろう。
狙撃手の心に強い興奮と緊張が生まれる。呼吸が荒くなり、狙撃銃を握る力が強くなる。
平常心を保つ。針の穴を通すかのような狙撃に必須とされているものを、この時の狙撃手は失念していた。
ピジョンブラッドが最後の一人を倒す。
「今だ!」
狙撃手は引き金を引く。だが、強く引きすぎたために、銃口がぶれてしまった。
至近距離でなら無視しても良い誤差だろう。だが、標的が遠く離れているのなら、その差は致命的に広がってしまう。
弾丸はピジョンブラッドの足元に着弾した。
狙撃に気づいたピジョンブラッドとスコープ越しに目が合う。
「くそっ!」
狙撃手は悪態をつきながらも、まだチャンスは残っていると自分に言い聞かせる。
少なくともピジョンブラッドは狙撃手には手が出せないはずだ。このPVP大会では一方的に有利とならないよう、飛行能力を始めとした一部の能力が封じられている。
実際、ピジョンブラッドは空を飛ばずに狙撃手がいるオフィスビルめがけて走っている。
オフィスビルの高さはパワードスーツのスラスターを併用したジャンプでも届かない。ここにたどり着くにはビル内部を通らなければならないが、入り口には狙撃手が仕掛けたトラップがある。
トラップに引っかかればそれで良し。仮に気づいたとしても、トラップを解除している間に再狙撃すればいい。
「大丈夫だ。俺は勝てる」
だが事は狙撃手の予想から大きくはずれた。
ピジョンブラッドはビルの入口に目もくれなかった。
彼女はスラスターで自分の体を貼り付けながら、ビルの壁面を駆け上がったのだ!
「嘘だろ!?」
狙撃手は慌てて壁を駆け上がるピジョンブラッドを狙うが、もはや平常心は二度と戻らぬものとなった。
ジグザグに壁を駆け上るピジョンブラッドに狙撃手はただの一発も命中させられなかった。
そして、ついにピジョンブラッドが屋上に到達し、狙撃手を両断する。
予選終了の知らせが入ったのはその直後であった。
●
前大会で優勝者であるナスターチウムはシード権として予選が免除されている。
他のプレイヤーが予選を戦っている間、彼女は本戦に向けての準備を進めていた。
「作ってくれと言われたから作ったが、本当にこのアイテムでいいのか?」
ナスターチウムは知り合いのクラフターにあるアイテムを制作させていた。
「俺もだいぶ生産型技能が育ってる。今なら去年作ったシューティングスターよりも高性能なパワードスーツを作れるぞ」
ナスターチウムが使う防御力ゼロのスピード特化型パワードスーツは彼の手によるものだ。
「別に構わないわ。今の装備に不満を感じたことはない」
1ポイントでもダメージを与えれば相手を倒せる致命的弱点が存在する以上、このゲームにおいてステータスは絶対的なものではない。特に対人戦ではプレイヤーの腕が物を言う。
「だいたい、なんでそんなもんが欲しいんだ? 使ってもなんの得にもならないゴミアイテムじゃないか」
「これでいいのよ。いえ、これがないと駄目なのよ。あの子とちゃんと決着を付けるためにはね」
「あんたの考えはさっぱりわからない」
クラフターは半ば呆れたように肩をすくめる。
「ピジョンブラッド、あなたともう一度勝負するのが楽しみで仕方ないわ」
ナスターチウムは不敵な笑みを浮かべた。
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