第18話 本選クエスト攻略③

『こっちの媒介は破壊できた』


 スティールフィストからの連絡。これで全ての媒介が破壊された。


『俺たちもこれから艦橋へ向かう。ボスが予想以上に手強かったら協力して戦おう』

「ええ。その時はお願い」


 ボスに手こずれば素直に仲間を頼るつもりでいるが、同時に一人で倒すことも目指していた。一人で戦うと自分から言いだしたのだ。仲間たちに情けない姿を晒せない。やると言ったからにはやらねばならぬ。たかが娯楽なれどチームプレイであるのならば、それぞれの個人が果たさねばならぬ責務がある。

 スティールフィストたちはその責務を果たした。次は自分の番だと思うと、ピジョンブラッドは体が引き締まるような感覚を覚えた。


 深呼吸を一つ。媒介の破壊を待つ間、ピジョンブラッドは十分に精神統一した。緊張もなければ気の緩みもない。闘志は燃えど、波一つ立たぬ水面のように冷静。剣を鈍らせるものはなにもない。今なら会心の一刀を振るえるだろう。

 意を決したピジョンブラッドは艦橋へ乗り込んだ。戦うにあたって十分な広さを持つ広間の中央、操舵輪の傍らに暗黒の父がいた。

 ピジョンブラッドの視界に表示される暗黒の父のレベルは100。現バージョンの最大レベルだ。


「やってくれたな魔法使い。私に力をもたらしていたあの邪法は、膨大な手間がかかっているんだぞ」


 言葉とは裏腹に、不思議と暗黒の父に怒りや悔しさはなかった。


「だが、まあいい。私とて剣士だ。剣士と戦うのであれば、邪法の有り無しを言い訳にするつもりはない」


 それはマジックセーバーを装備したプレイヤーに発せられる限定セリフだった。

 暗黒の父はレッドセーバーの刃を生成する。赤い刃がおどろおどろしく輝く。

 ピジョンブラッドはブルーセーバーで正眼の構えを取り、レーザー刃を生成する。


「おお……! 今まで様々な相手と戦ってきたが、やはり剣士との戦いは格別だ」


 青く輝く刃を目にした暗黒の父は歓喜の声を漏らす。


「いざ尋常に、勝負!」


 暗黒の父の背中から魔力の光が噴出する。機人の狂剣士は自らの身体を改造してスラスターを取り付けていた。

 一瞬で迫る間合い。

 ピジョンブラッドは相手の速度に合わせて縦一文字にセーバーを振るう。剣道で言うところの”面”だ。

 しかし青い刃が触れる直前、暗黒の父は姿を消す! スラスターを使い、一瞬でピジョンブラッドの背後に回っていたのだ!

 赤い刃が背後からピジョンブラッドの首を斬ろうとしたその時! 彼女はブルーセーバーを背中に回して暗黒の父の攻撃を防御した!

 いつ命を狙われても身を守れるよう、後ろからの攻撃の対応は現実世界で何度も訓練した成果だ。


 そのままピジョンブラッドは振り返ると同時に受け止めていたレッドセーバーを外側へ弾く。

 続けて暗黒の父の喉もめがけて刺突を繰り出した。現実世界での勝負なら必中のタイミング。しかし暗黒の父はスラスターで一気に後ろへ飛び退った。

 間合いを離されないよう、ピジョンブラッドもスラスターで追いかけようとする。

 暗黒の父が明らかにセーバーが届かぬ距離でレッドセーバーを振るった。するとレーザー刃から光波が飛び出してピジョンブラッドに襲いかかった。

 仕方なく一旦足を止め、ピジョンブラッドは光波攻撃を切り払う。

 暗黒の父が大量の魔力をレッドセーバーに注ぎ込むと、赤いレーザー刃が十数倍に巨大化した!


「チェストォー!」


 レッドセーバーを振り下ろされる。もはや刃というよりもエネルギーの柱を叩きつけるに等しい。

 ピジョンブラッドは僅かな呼吸の乱れもなく落ち着いて巨大化した赤いレーザー刃を横へ受け流すと、すぐさまスラスターを噴射して間合いを至近距離に詰める。

 突進力を上乗せした上段からの振り下ろしを繰り出すピジョンブラッド。対して暗黒の父はもとの大きさに戻った刃でそれを受け止めた。

 レーザー刃の鍔迫り合い。バチバチと空気が爆ぜる音が鳴り響く!

 今はピジョンブラッドは上から押させ付ける形だ。そのままセーバーを押し込もうとするが全く動かない。暗黒の父の身体能力値が彼女よりも上回っているためだ。

 暗黒の父が力を込め、ピジョンブラッドのセーバーを上へ弾くと、流れるように胴を狙った横切りに切り替える。


 かろうじてピジョンブラッドの防御は間に合った。間に合って入るが、一瞬ほど後手に回っている。

 防御された次の瞬間には暗黒の父が次の攻撃を繰り出していた。

 胴の次は頭を狙った上段斬りだ。

 ピジョンブラッドはまたしても防御する。

 先程逆で、今度は暗黒の父がレーザー刃を上から押さえつける形となった。

 ピジョンブラッドは暗黒の父の怪力に押されて防御したまま膝をつく。

 身体能力値が上回っているために、ピジョンブラットはレッドセーバーを力ずくではねのけられないだろう。

 しかし力ずくである必要はない。


 ピジョンブラッドは水平に構えていたブルーセーバーを傾けた。赤い刃は青い刃の上を滑って外側へとそらされる。

 力の均衡が突然消滅し、暗黒の父は前につんのめる形で体勢を崩す。

 ピジョンブラッドは素早く立ち上がりつつ、暗黒の父の背後に回って背中を袈裟斬りにしようとするが、相手は素早く前転して攻撃を回避した。

 数歩分離れた間合いでピジョンブラッドと暗黒の父がにらみ合う。戦いの流れが一時止まる。

 ピジョンブラッドはこのクエストのボスの実力を肌で感じた。これまで剣を使った敵とは幾度も戦ってきたが、暗黒の父以上の相手はいなかった。それはレベルが100もあるからではない。太刀筋は体捌きなどの剣士としての腕前が他とは段違いなのだ。


 ゲームの敵キャラクターとして派手な技を使っては来るが、基礎の部分に本物の武術をピジョンブラッドは感じていた。おそらく暗黒の父というキャラを開発する上で、優れた剣道家や武術家の監修を受けているのだろう。

 負けないという気持ちがますます強まっていく。ピジョンブラッドは己の中に生まれた剣士としての欲が更に大きくなるのを自覚した。

 同時に、あの人の姿を幻視する。コンピューターゲームの敵キャラクターと、自分を殺そうとしたあの人の姿が重なった時、ピジョンブラッドの中で生まれつつあった剣士の欲は芽吹く前に消え去った。


 暗黒の父が動いた。速く、力ある太刀筋が襲いかかる。

 とどまることなく幾度も繰り出される剣戟。極めて冷静にピジョンブラッドは相手の攻撃を捌いていく。そこには敵を倒したい、自分の強さを証明したいという欲望はなく、心は清流のごとく澄み渡っていた。

 剣士たるもの強さを追い求めるものだ。事実、暗黒の父と一人で戦うと提案したのは、自分の強さを確かめたいという思いたあったからこそ。しかし、今になってピジョンブラッドはそれを捨てる。


 自らを研鑽するために努力するのは良い。しかし、強くあることに、言い換えるならば他人より優れていることに飢えてはならない。そうなってしまえば、自分を殺そうとしたあの人と同じになってしまうとピジョンブラッドは自分を戒める。

 暗黒の父の攻撃を受け続ける中、ピジョンブラッドは僅かな隙きを見抜いた。

 邪念を捨てた一刀が暗黒の父の機械と血肉が混ざりあった体を斬る!

 暗黒の父がうめき声を上げる。ダメージが入ったのだ。しかし致命的弱点に当たらない攻撃は致命傷には程遠い。


 攻守が入れ替わり、今度はピジョンブラッドが攻める。狙うのは致命的弱点。単純にHPを削りきって倒すのは現実的でないだろう。

 ピジョンブラッドは頭狙った上段からの振り下ろしを繰り出す。暗黒の父はレッドセーバーを横に掲げて防御姿勢を取る。

 狙い通りだ。振り下ろしはフェイント。ピジョンブラッドの瞬時に心臓を狙った刺突に切り替える。

 だが、フェイントに引っかかったにもかかわらず、暗黒の父は体を捻ってピジョンブラッドの刺突を紙一重で避けた。


 敵キャラクターはAI制御であるために、人間であるプレイヤーと違って駆け引きにすこぶる弱く、今のようにフェイントには簡単に引っかかる。だが、それを補っても余りあるほどの速度が暗黒の父にあった。

 暗黒の父の重心が動くのを見たピジョンブラッドは、敵がスラスターで距離を取ろうとすると見抜いた。

 その予測は的中した。暗黒の父はスラスターで垂直ジャンプし、ピジョンブラッドもまたスラスターで追いかける。

 空中でセーバーの打ち合いが始まった。距離を取られれば先程の光波攻撃やレーザー刃を巨大化する攻撃を繰り出してくる。通常の剣術とかけ離れた攻撃をされるよりは、至近距離を維持したほうが勝ち目は大きい。


 スタールビーを装備しているおかげで空中の安定性はピジョンブラッドに分がある。打ち合いの最中、相手が大振りな攻撃をしようとした瞬間、即座にスラスターを吹かせて背後に回り込む。

 背後から首を横一文字に斬ろうとしたが、暗黒の父は空中で体を回転させ、その遠心力を利用した回し蹴りを繰り出してきた。

 ピジョンブラッドは脇腹に直撃を受けた。即死するほどの大ダメージを受けるが、『スーパーガッツ』の効果でHPは1ポイント残る。

 防御も回避もできなかったのではない、しなかったのだ。

 ピジョンブラッドは相手の足を素早く掴んだ。


「えぇぇいっ!」


 ピジョンブラッドは暗黒の父を床めがけて投げつけた。

 叩きつけられ直前、素早く体勢を戻して暗黒の父は着地するが、強い衝撃によって動きが止まった。

 暗黒の父は見上げた時、ブルーセーバーを逆手に持って稲妻のごとく落下してくるピジョンブラッドの姿があった。

 迎撃するため、暗黒の父はレッドセーバーを突き上げる。

 青と赤の刃がすれ違う。

 ブルーセーバーは暗黒の父の胸に深々と突き刺さっていた。そして、レッドセーバーは紙一重の差でピジョンブラッドに突き刺さらずに終わっていた。


「剣士に倒されるか、負けるにしてもまだ納得は出来る」


 苦痛のうめき声も断末魔の悲鳴もない。暗黒の父はついに来てしまった終わりを淡々と受け入れていた。


「ピジョンブラッド!」


 自分を呼ぶ声に振り向くと、スティールフィストを先頭に仲間が来ていた。


「やったな! クエストクリアだ」

「ええ。みんなのおかげよ」


 ピジョンブラッドはスティールフィストと拳を突き合わせて勝利の喜びを分かち合った。

 その後、クエストをクリアしたピジョンブラッドたちはセーフシティ・エーケンにある特設会場に向かった。

 クエストをクリアした喜びもつかの間、いざ順位発表の段となれば落ち着いていられなかった。暗黒の父と戦っていたときの冷静さが跡形もなく吹き飛んでいる。


「皆様おまたせいたしました。只今より結果を発表いたします」


 マイクを持った女性司会者が壇上に上がる。彼女はNPCではなく人が操作している運営用プレイヤーキャラだ。


「まずはスコアの計算方法を再度連絡いたします。クエストをクリアすると3600の基本ポイントが付与され、そこからクリアタイム1秒に付きマイナス1ポイント、戦闘不能1回につきマイナス50ポイントとなります」


 スコアは減産方式だ。早くかつ戦闘不能を少なくクリアすれば、より多くのポイントが残る。


「それでは第3位から第1位までを発表します」


 会場が静まり返る。クロスポイントのメンバーたちは無言のままだ。


「第3位、鉄風雷火。クリアタイムは20分46秒、戦闘不能回数5回。最終スコアは2014ポイント」


 順位が発表されたことで会場で拍手が巻き起こる。その中で嬉しさ半分悔しさ半分といった様子の集団はおそらく当の鉄風雷火だろう。


「第2位、ミスティック騎士団。クリアタイムは20分11秒。戦闘不能回数3回。最終スコアは2239ポイント」


 準優勝は予選では8位とギリギリの順位だったギルドだ。予選クエストは遠距離攻撃特化型のプレイスタイルが有利だったが、本選ではその限りではなかった。称賛の拍手の中、ミスティック騎士団の者たちは予選から大きく順位を上げられたのを喜んでいる。


「そして第1位」


 司会者はすぐには発表せずもったいぶった。それはほんの数秒だが、ピジョンブラッドたちにとっては何十倍にも長く感じられた。


「クロスポイント。クリアタイムは22分30秒。戦闘不能回数0回。最終スコアは2250ポイント」


 これまでで一番大きく拍手が巻き起こった。


「やったわ!!」


 ピジョンブラッドは両手上げ、全身で喜びを表した。意識してそうしたのではなく、心から湧き出してくるものに突き動かされてのものだ。

 仲間たちも同様だ。スティールフィストはガッツポーズし、ステンレスは子供のようにはしゃいだ。白桃は喜びのあまりグラントに抱きつき、ハイカラと権兵衛は肩を叩きながらお互いを称賛し合った。

 ギルドマスターの権兵衛が代表してトロフィーを受け取る。金色に輝くそれを見てピジョンブラッドは誇らしく思った。


「続きましてMVPの発表に移ります。今年の最優秀プレイヤーは本選クエストのボスを単独撃破したクロスポイントのピジョンブラッドです!」


 はじめ、何かに聞き間違えかと思った。


「え、嘘?」


 会場の大型ディスプレイに自分が暗黒の父を倒した瞬間が映し出されてもなお夢ではないかと思ったほどだ。


「ピジョンブラッドさん、ステージ上にどうぞ」


 司会者に呼ばれてようやくピジョンブラッドは事実を認識できた。

 ピジョンブラッドは司会者がいるステージに上り、MVP記念のメダルと賞品が入った小箱を贈られる。

 観客たちから拍手が巻き起こる。何かの反応をしたほうが良いと思ったピジョンブラッドは、オリンピックの入賞者がするようにメダルを観客に向けて掲げる。

 多くの者達が笑顔をピジョンブラッドに向けていた。スティールフィスト達たちだけなく、大会では競争相手であった鉄風雷火やミスティック騎士団の者たちも、温かな眼差しを向けている。

 あの事件以来、鳩美は自分が世界から遠ざかったような断絶を感じていた。今、それは微塵もない。

 温かなものが自分の心を包み込むのをピジョンブラッドは感じる


「やっぱり、ピジョンブラッドは最高のプレイヤーだよ」


 仲間たちのもとに戻ると、真っ先に称賛の声をかけてくれたのはスティールフィストだった。


「あなたのお陰よ。だから今の私がある」

「確かに最初の頃は色々アドバイスしたが、それがなくてもピジョンブラッドはMVPを取れたと思うぞ?」

「ううん、それだけじゃないわ。あの日にスティールフィストと出会ってなかったら、ギルドにも入らず今ほどこのゲームを楽しめなくてすぐ止めていたかもしれない」


 スティールフィストがいてくれたからこそ今がある。彼のお陰で再び他人と触れ合う心を取り戻せた。

 決して他人に殺されないと保証されているサイバースペースで再び他人と触れ合う心を手に入れたのではない。スティールフィストと出会えたからこそ今というこの時があるのだ。

 彼がもたらしてくれた善意。それこそが今というこの時をもたらしてくれたのだ。


「あの時、私を助けてくれてありがとう」


 スティールフィストにしてみれば、単に初心者がゲームオーバーになりそうになったのを助けただけだろう。しかしピジョンブラッド赤木鳩美にとってはそれ以上の救いがあった。彼という始まりがあったかこそ、クロスポイントの良き人々と出会え、そこから他人の善意や良心をもう一度信じられるようになったのだ。


「そ、それほどでもないさ」


 スティールフィストは照れた様子だった。現実だったら頬を赤らめていたかもしれない。


「ところで、MVPの賞品をもらったようだけど」


 照れ隠しだろうか、スティールフィストが賞品について尋ねる。


「ええっと、アクセサリーね」


 ピジョンブラッドが小箱を開けると中にはバッジが入っていた。手に取ると視界に性能を記した画面が現れる。

 仲間たち全員が画面を見ようとするのでちょっと窮屈になる。MVP限定の超レアイテムだ。興味を持たないプレイヤーなどいない。

 

『英雄の証:動作補正系技能を習得していない場合、与ダメージ10%アップおよび被ダメージ10%カット』

 

 その性能は動作補正系技能に頼らないピジョンブラッドのプレイスタイルにうってつけのものであった。


「攻撃と防御の両面を強化とは、かなり良いやつだな」


 スティールフィストがつぶやいたことで、ピジョンブラッドは彼の横顔が自分の至近距離にあるのを自覚する。すると急に心臓の鼓動が早まった。しかし以前のような他人に怯えるものではなく、彼女は自分の感情の正体がわからなかった。


「せっかくだし、スティールフィストがつけてあげたら?」


 そういい出したのはステンレスだ。


「え?!」


 ピジョンブラッドとスティールフィストが同時に声を上げる。


「いや、だが……」


 なぜか急にスティールフィストはしどろもどろとなる。


「勲章みたいなもんだろ。自分でつけるよりも誰かが付けてやったほうがいい」


 ハイカラもそうすべきと促した。


「だったら、ギルドマスターの権兵衛さんのほうが……」

「いやいや、それを言うんだったら最初に彼女を連れてきたスティールフィストが適任だ」


 権兵衛もまたスティールフィストを推す。


「そうそう。それにピジョンブラッドもスティールフィストにつけてもらったほうがいいんじゃないの?」

「え!?」


 白桃の言葉に思わず声を上げた。

 同時に、たしかに白桃の言う通り、誰かにつけてもらうとしたらスティールフィストが良いと思っている自分にがいる。


「えっと、お願いしてもいいかな?」

「お、おう」


 なぜか妙に緊張しだすスティールフィスト。ピジョンブラッドも釣られて緊張してきて、早まった心臓の鼓動が更に加速する。


「どこにつければいい?」

「えっと、このあたりにつけて」


 ピジョンブラッドはマフラーの正面からバッジが見える位置を指差す。

 スティールフィストがバッジを手にとってピジョンブラッドのマフラーにつける。

 彼の顔が真正面、それも吐息がかかるような距離にまで近づいた時、ピジョンブラッドはようやく心臓の鼓動を早めている自らの感情を理解した。

 それは恋だ。恐怖を取り払ってくれた異性にピジョンブラッドは恋心をいだいていたのだ。


「よし、こんなもんかな」


 英雄の証は丁寧にマフラーに取り付けられていた。

 これは自分だけの力で手に入れたものではない。上級者としてアドバイスをしてくれたスティールフィストやスタールビーを作ってくれたステンレス。他の仲間達も様々な形で手助けしてくれた結果の証だ。

 単なるアイテム以上の価値をピジョンブラッドは感じる。これにふさわしいプレイヤーで有り続けようという誇りがあった。


「そうだみんな、優勝とピジョンブラッドのMVP受賞をお祝いするオフ会を開くはどうだろうか」


 オフ会。ネットで知り合った人たちが現実世界で顔を合わせる。

 つまり、ピジョンブラッドとしてではなく、赤木鳩美としてスティールフィストたちと会う。

 今まで良しと思えてきたもの全てが、あくまでプラネットソーサラーオンラインの中でしか通用しないものであることに気づく。明るく意欲的なピジョンブラッドという人物は、ロールプレイング役割を演じるゲームの中で鳩美が生み出したものにすぎない。


 ピジョンブラッドを演じ続けたことで、あたかも自分がピジョンブラッドそのものになったかのように思えていたが、しかし現実の自分ではない。

 現実の自分は……鳩美は多少良くなったとはいえ、他人を常に恐れて距離をおく、よそよそしい人物だ。ピジョンブラッドと比べたら陰気な女に過ぎない。

 オフ会に参加すれば、その事が仲間たちに知られてしまう。

 足元が崩れ去るような感覚。力が抜けそうになるのを、皆に気付かれないように踏ん張る。


「いいね。やっぱり祝賀会はやりたいね」

「私も現実世界でみんなとあってみたいです」


 ハイカラが同意し、ステンレスが無邪気に喜ぶ。


「私も賛成。入ったばかりだし、みんなのことをもっと知りたいわ」

「僕は今、地方にいますけど仕事の都合をつけて参加します。久々に白桃と直接会いたいですからね。もちろん、みんなとも会いたいです」


 白桃とグラントも参加にかなり意欲的だ。


「ピジョンブラッドはどうかな?」


 権兵衛に尋ねられ、ピジョンブラッドは心臓がどきりと跳ね上がる。それは先程の恋による胸の高まりとは全く異なるものだ。


「そ、そうですね。お祝いされる側ですし、ぜひとも参加しますよ」


 本音とは真逆のことを言う。しかし、この状況ではそう言わざる得ない。がこの状況で参加しない理由がないからだ。

 嘘をついたことに良心がチクリと痛むのを感じる。できれば現実世界で仲間たちと会いたくない。合えばきっと失望される。スティールフィストにも……

 ゾっとするほどの悪寒が走り、背筋が凍りつく。他の誰よりも彼に敵意を向けられたくない。

 一体どうすればいい、どうすれば……と鳩美は自分が何をするべきかわからなくなってしまった。

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