第16話 本選クエスト攻略①
予選クエストを1位の成績で突破した鉄風雷火は優勝に王手をかけようとしていた。
鉄風雷火の参加人数は最大数の8人。よって彼らは邪法の媒介とボスの撃破をそれぞれ2名ずつ振り分ける、分担作戦で本選クエストを攻略することにした。
『最後の媒介を壊したぞ!』
艦橋へ続く扉の前で、カノープスは仲間の連絡を受けた。後はボスである暗黒の父を倒すのみだ。
「勝ったな」
鉄風雷火に所属する機人族プレイヤーのカノープスは勝利を確信していた。ここまでの戦闘不能者はゼロ。手こずってしまった場面はなく、予選と同じく完璧な流れでクエストを攻略できている。
「これで優勝はいただきだ」
カノープス同様に鉄風雷火の優勝を疑っていない彼は、オキグスリという名の定命族だ。彼のプレイスタイルはヒーラー型と兵士型の複合で、アサルトライフルで攻撃し、魔法で回復する。
「ああ。こいつのおかげだな」
カノープスはレーザーライフルを掲げる。TOUTAKUと呼ばれるその銃は、『防御力無視』の能力を持つゲーム内で最強の武器だ。
本来ならば『R.I.O.T.テクノロジーの伝説』をレーザーライフルを装備してクリアしなければ手に入らない伝説等級のレアアイテムだ。カノープスはこのクエストをクリアできるだけの腕前を持っていなかったが、偶然にもゲームを引退するプレイヤーからTOUTAKUを譲り受けた。
それが先月のことだ。
TOUTAKUを手に入れてから世界が変わった。一部の致命的弱点を持たない相手を除き、大抵の敵を一撃で倒せてしまうのだ。
致命的弱点を攻撃しやすくなる『防御力無視』の効果は、このゲームに置いて無敵と言ってもいい。そのために大抵は反撃を受けるリスクを背負う接近戦の武器のみに付与されているのだが、例外としてTOUTAKUだけは遠距離武器でありながらこの能力がついていた。
普通ならば弱体化修正をしてもおかしくないほどのバランスブレイカーなのだが、弾薬を25発分しか持ち歩けないことを除けば特に制限はなく、実装から今に至るまで不思議と修正されていない。
とはいえカノープスにしてみれば、弱体化されない理由などどうでも良いことだ。最強の武器が手のうちにある。その事実さえあればいい。
「よし、じゃあいくか」
「あいよ。回復は任せてくれ。必要ないだろうけどな」
カノープスとオキグスリは互いに笑いながら艦橋に足を踏み入れた。
そこは現実の船舶の艦橋と比べて異様に広い空間だった。おそらくはボス戦での戦場となるためだろう。
艦橋の中央、操舵輪の前に暗黒の父はいた。彼は二人の魔法使いの気配を感じるとゆっくりと振り向く。
「やってくれたな魔法使い。私に力をもたらしていたあの邪法は、膨大な手間がかかっているんだぞ」
暗黒の父は腰のマジックセーバーを構える。血のように禍々しいレーザー刃が彼の顔を赤く照らす。
「そのつけ、支払ってもらおうぞ!」
強烈な威圧感を発する暗黒の父であるが、カノープスにとってはただの的としか思えなかった。
カノープスはTOUTAKUを構え、狙い、引き金を引く。それだけでどんな敵でも倒してきた。暗黒の父も同じだ。
同じだと思っていた。
TOUTAKUのレーザーを暗黒の父はレッドセーバーで弾き返す。
「え」
それしか声が出なかった。弾き返されたTOUTAKUのレーザーはカノープスの胸を貫いていた。
機人族は心臓の位置に動力炉がある。致命的弱点を攻撃されたカノープスは一瞬でHPがゼロとなって倒れた。
「マジかよ!」
隣りにいたオキグスリは驚きの声を上げつつも、自分がするべきことを行った。
彼はアサルトライフルで相手を牽制しつつ、その間にカノープスを復活させるつもりだ。
無数の銃弾を暗黒の父は自らの体に取り付けたスラスターで回避する。
「消えた!?」
あまりのスピードにオキグスリは敵が瞬間移動したかのように見えた。
彼が暗黒の父は自分の後ろに回り込んだのだと知るのは、背中から貫いて、自分の胸から飛び出した赤いレーザー刃を見たときであった。
オキグスリはカノープスの体と折り重なるように倒れる。
『おい、どうした』
『何があった!?』
邪法の媒介の破壊に回っていた仲間たちの声がカノープスのメニューデバイスから聞こえてくる。
「みんな、悪い。しくじった。TOUTAKUが通用しなかった」
カノープスは自分とオキグスリの身に起こったことを説明する。後からくる仲間たちが暗黒の父に勝つためだ。
それから媒介の破壊に向かっていた仲間たちが合流し、カノープスとオキグスリを復活させる。
鉄風雷火は全戦力を振り絞り、どうにかして暗黒の父を倒せたものの、その過程で更にのべ3人のも戦闘不能者を出してしまう。
「ちくしょう」
優勝気分から一転して、カノープスは谷底に叩き落されたかのようだった。合計5回もの戦闘不能は、クリアスコアを大きく減じさせている。もはや他のギルドが自分たち以上にしくじらない限り、鉄風雷火の優勝は不可能となってしまった。
●
飛行軍艦は強力な兵器を満載しているが、クロスポイントを運ぶ輸送機に対しては機銃の一発も撃たなかった。暗黒の父は本気で強い者との戦いのみを求めているのだと改めて思い知る。
飛行軍艦は飛行能力に加えて、現実世界の様々な軍艦の機能を一つにまとめている。強力な主砲によって攻撃する戦艦としての機能だけでなく、艦載機を運用する空母としての機能も持つ。
輸送機は飛行軍艦が艦載機を発進させるための発着場に着陸する。
「よし、じゃあ手はず通り、分担して媒介を破壊しに行こう。みんな、気をつけてくれ」
軍艦内部に入り込んだ後、クロスポイントのメンバーはそれぞれの担当へ向かう。白桃とグラントは動力区画へ、ステンレスとスティールフィストは艦載機格納庫だ。
「アタシらも行こうかね」
「ああ、そうしよう」
権兵衛とハイカラは兵員区画へと向かった。
この軍艦はもともと人が使うために作られていたのか、兵員区画では寝台や食堂などがあった。しかし、怪人、怪物の棲み家となってしまった今となっては戦力に関係ない部分はおざなりにされていたようで、荒れ放題になっている。
照明をつけられてはおらず、権兵衛が使った光の魔法なしでは視界を確保できない。
しばらく進み続けると数m先に白く光る線が見えた。
ハイカラがファイアリンドウ軽機関銃の引き金を引く。「ギャ!」ということ共にドサリと何かが倒れる音が聞こえる。
近づいてみるとソードマン亜種が倒れていた。先程の光る線はマジックセーバーの光刃だったのだ。予選クエストでも現れたこのMエネミーは、暗黒の父にとっての基本的な戦力なのだろう。
銃声を聞きつけたのか、さらにソードマン亜種が現れる。奥の方には数本の光刃が見えるので、複数体いるのだとわかる。
権兵衛とハイカラは敵を倒しながら少しずつ前進する。
敵が現れるたびにハイカラは銃を撃つ。軽機関銃を無駄にフルオート射撃せず、一発一発を丁寧に撃っていった。
一方で権兵衛の方はハイカラほど積極的には攻撃しない。攻撃するにしても炎の魔法:
殺傷属性魔法は殺傷力を付与した純粋な魔力で攻撃する魔法であり、何らかの特殊効果を持っていたり高威力というわけではない。ただし、消費MPに対するコストパフォーマンスに優れるという利点がある。
少なくとも今の状況では、権兵衛は全力を出すつもりはなかった。全力を出して息切れするわけには行かないのだ。
「リロードする!」
「よしきた!」
ハイカラと権兵衛が位置を入れ替える。
一転して権兵衛は積極的に攻撃するようになり、ソードマン亜種を近づけさせないようにする。
その背後では、ハイカラは銃に弾を再装填する。
ファイアリンドウは威力が高く装弾数も多いが、再装填に少々手間がかかる。空となった弾倉を捨て、新しい弾倉を銃に取り付けた後、ベルト状につながった弾丸を引き出して薬室に込める。何度も練習して、素早く作業できるようにはなってるが、それでも一瞬で行えるわけではない。
「よし、もういいよ!」
再び交代し、ハイカラが攻撃に回る。
「しかし、懐かしいねえ」
ハイカラが銃を撃ちながら、何かを思い返すように言った。
「何がだい?」
「このゲームを始めたばかりの頃さ。まだギルドがなくて私とあんたの二人組だったときは、こんなふうに戦っていたじゃないか」
ハイカラが銃を撃ち、弾が切れたら権兵衛が交代して攻撃する。権兵衛のMPが切れかけたら、ハイカラが再び交代する。そのサイクルは当時の二人にとっての定番の戦法だった。
「そうだね」
背後から敵が来ていないか注意しつつ、権兵衛はMPをしっかり管理しながら援護攻撃をする。敵は絶え間なくやってくるので緊張は解けないが、権兵衛はある種の安らぎを感じていた。
孫すらいるような歳だが、老人になってもこうしてオンラインゲームに興じているのは、少なからず自分の人生に関わってくるからだ。
そもそも権兵衛こと青野五十六はあるオンラインゲーム上でハイカラである妻の恵美と出会った。
そのゲームは、今でこそオンラインゲームの歴史を語る上では欠かせないほどの有名作だが、20世紀末の日本ではそもそもジャンルそのものがほとんど知られていなかった。
米国で1997年に販売されたそのゲームは、コンピュータゲーム業界では多くの人気を集め、翌年の98年では日本サーバーが運営されるようになった。
そのときに、五十六はそのオンラインゲームを始め、同じ時期に始めた恵美と知り合ったのだ。意気投合した五十六と恵美はゲームの中で二人の家を持ち、夫婦という役割をロールするようになる。
やがてそれは単なるロールではなくなり、本気の恋となり、結婚して今に至る。
その後も様々なオンラインゲームを夫婦で遊んだが、良き思い出として真っ先に思い浮かぶのは最初のオンラインゲームと、このプラネットソーサラーオンラインでの体験だ。
「ねえ、アンタ」
ハイカラが眉をひそめる。夫婦なのだ、彼女の言わんとしていることを権兵衛は理解している。
「ああ、もしかすると無限湧きかもな」
すでに30体近くのソードマンを倒しているが、未だに敵の波は衰えることを知らない。
「強引に先に進んだほうがいいかな?」
ハイカラは権兵衛に問う。
「いや、やめておこう。思い切ったことをするにしても、今は早すぎる」
まだ邪法の媒介どころか、それを守る中ボスの姿も見ていないのだ。分散行動する上で、回復アイテムは十分に持ち込んでいるが、強敵との戦いに備えてダメージは極力避けるべきと権兵衛は判断する。
権兵衛とハイカラは歩みを止めない。
奥へ進むほど敵の数が増えていく。最初は十分に離れたところで撃破していたが、今はあと十数センチで敵のマジックセーバーが届いてしまう距離まで迫られている。
「見えた!」
ハイカラが思わず声を上げる。邪法の媒介を見つけたのだ。それは巨大な黒水晶であり、いかにも禍々しい気配を放っていた。
その手前には媒介を守る存在がいた。
それは肉と骨で作られた冒涜的な鳥居であった。ハイカラと権兵衛の視界には、おぞましき鳥居・レベル85と表示されている。
「アアアアアアアア!」
悲鳴のような叫び声はおぞましき鳥居の上部中央にある顔のような部分からだ。
叫び声の後、鳥居に次元の穴が出現し、そこから複数体のソードマン亜種が現れる。
「あいつが無限湧きの原因か!」
権兵衛は倒しても倒しても敵が現れる理由を理解した。すぐにでも鳥居を攻撃したいところだが、ソードマン亜種がいる。接近を許したら二人ともあっという間に倒されてしまうだろう。
敵を倒し続けて《おぞましき鳥居》に近づいていく二人だが、ある地点で足を止める。そこまでが、ソードマン亜種を間合いに入り込ませない限界点だった。それ以上進めば、倒し切る前に敵が権兵衛とハイカラに到達してしまう。
《おぞましき鳥居》がソードマン亜種を召喚し、それを権兵衛とハイカラが倒す。まずは雑魚を全滅させてからでないと、《おぞましき鳥居》を攻撃する間に敵が致命的な距離まで接近してしまう。
ソードマン亜種を全滅させ、攻撃のチャンスが生まれる。当然、ハイカラはいかにも弱点であるとわかるおぞましき鳥居の顔部分を狙い撃った。上手く内部まで貫通すれば一撃で倒せるかもしれない。
しかし命中する瞬間、顔の表面にバリアが生じて弾丸の貫通を防いだ。
「なんてこったい!」
「防御魔法か。ダメージは?」
権兵衛の問いにハイカラは「一応入ってる。体内まで貫通しないだけだ」と答えた。
「地道にダメージを与えていくしかないようだね」
召喚されるソードマン亜種を全滅させ、次の波が来るまでにおぞましき鳥居にダメージを与えていく。しかし、全滅させてからの再召喚の時間はそれほど多くはない。
ハイカラの視界に表示されるおぞましき鳥居のHPはなかなか減っていかない。このままではたとえ倒せたとしても、クリアタイムに影響が出てしまうだろう。
「権兵衛! やるなら今だ!」
「わかった」
今こそ思い切った行動に出るべきという妻の言葉を権兵衛は受け入れた。
「武器を変えたい」
「ああ! 時間を稼ぐ!」
攻撃の手番がハイカラから権兵衛に切り替わる。
後ろに回ったハイカラは弾の再装填ではなく、メニューデバイスを操作してインベントリに格納しているある散弾銃を取り出す。
「準備できたよ!」
ハイカラの声を背中に受けたちょうどその時、権兵衛はソードマン亜種を倒しきった。
次の召喚が行われるまでの僅かな時間。それが勝敗を決める。
かなりのペースで攻撃していたので権兵衛のすでにMPは付きかけている。もはや自然回復するまで攻撃はできないはずだが、一瞬にしてMPが最大値まで回復した。
ハイカラだ! 彼女はMP回復アイテムを権兵衛に使ったのだ。
権兵衛は自分の最大威力である炎の魔法:
もうMP消費のペース配分など考えない。これが最後のチャンスなのだ。
同時にハイカラが炎の鳥を追いかけるように駆け出す。
炎の魔法:
「たんとお食べ!」
ハイカラがおぞましき鳥居の顔を狙って引き金を引くと、散弾銃はフルオートで散弾を発射する!
ストロングワークスAT32。ストロングワークス社製の散弾銃は凄まじい連射速度を誇り、装弾数32発もの散弾は一瞬で消費された。継戦能力は劣悪だが、しかし瞬間火力はゲーム内の散弾銃において最高峰である。
ハイカラは目と鼻の先にあるおぞましき鳥居を睨む。これで倒しきれなかったのならば、敗北は確定する。
おぞましき鳥居が震える。ソードマン亜種の召喚か!? ハイカラは身構えるが次元の穴は出現しなかった。肉と骨で作られた鳥居は黒い塵となって消滅した。
緊張から解き放たれたハイカラは大きく息を吐く。
「なんとか倒せたね」
権兵衛が小走りでハイカラに駆け寄る。
「そうだね。若者の足を引っ張らずに済んだよ」
後は邪法の媒介を破壊するだけだ。
「悪いけど、壊すのはお願いしてもいいかい。アタシは弾切れだからさ」
弾倉が空っぽになった散弾銃を持ち上げる。
「ああ。お安い御用さ」
邪悪な黒水晶は権兵衛の魔法によって粉々に粉砕された。
「さて、他のみんなはうまくやってるかね?」
ハイカラは仲間たちを案ずる。
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