第15話 インターバル
夜、鳩美の祖父である赤木
自分以外は誰もいない道場で、隼人は巻藁と対峙する。鞘から刀を抜き、しっかりと構えて意識を集中する。
隼人は刀を袈裟懸けに振るう。直後、斜めに切断された巻藁の上半分が回転しながら吹っ飛んでいった。
「やはり私は所詮この程度か」
隼人はため息交じりに巻藁の断面を見る。ごく僅かに「切れた」のではなく「千切れた」箇所があった。素人からすれば些細なことであろうが、これは玄人こそ思い知ってしまう自らのいたらなさであった。
鳩美ならばもっときれいに切れただろう。あの子が切った断面は元からそういう形であるかのように滑らかであった。
鳩美の才能が明らかとなった時、隼人は希望を抱いた。孫娘に自分を超えるほどの剣の才能があるとわかったときの喜びは天に昇るほどだった。
しかし恵みであるはずのその才能が、鳩美を地獄へと突き落とすきっかけになってしまった。
かつて、ここにはある男がいた。彼は赤木流を継ぐのを夢見ていたのだが、悲しいかな剣の才能を持っていなかった。
彼には剣とは別の素晴らしい才能を持っていた。ゆえに隼人は彼に赤木流の後継者を諦めさせ、自分が持つ本当の才能と向き合う生き方をさせるようにした。それがその男にとっての幸福だと思ったのだ。
あの事件で、それは大きな思い違いだと隼人は思い知った。
後継者は鳩美がふさわしいと言った時、あの男は彼女を殺そうとした。
鳩美はあの男に斬られたが、幸いにも致命傷には至らなかった。
しかし、心は決して癒えないほどの傷を負った。あの事件以来、孫娘は家族が相手ですら恐れるようになってしまった。
せめて襲いかかってきたのがあの男でなかったのならばと思わずにはいられない。あの男以外の誰かであったのならば、彼が口にした「あの言葉」さえなければ、深く傷つくことは変わらなくとも、鳩美がああも人を恐れることはなかっただろう。
ある瞬間までは、あの男は鳩美のことを本気で大切に思っていただろう。場合によっては自分の命と引き換えにしてでも鳩美を幸せにする覚悟を持っていたはずだ。
しかし鳩美に自分を遥かに超える剣の才能があると知った瞬間、あの男の心は反転した。
善良な人間は常に善良であるという前提をあの男は覆した。
人はこの世で最も大切な他人すら殺す可能性を持つと、あの男は証明した。
だからこそ鳩美は家族が相手でですら「自分はこの人に殺されてしまうのではないか」と恐怖してしまうのだ。
あの男こそ全ての元凶だ。
「いや、私にも責任はあるか……」
あの男の本性を見抜いてさえいれば、そもそも鳩美はあの男と出会わなかった。
鳩美の才能の光ばかりを見て、あの男の嫉妬の闇が見えなかった自分の目は節穴であると隼人は痛感する。
こんな男が師範を務める道場に価値などない。
事実、あの事件をきっかけに殆どの門下生がやめていった。
あの事件があってもなお、剣術を学びたいという門下生がいるので今すぐ道場をたたむつもりはないが、存続させる努力はしないほうがいいだろう。
赤木流は自分の代で終わりだ。
だが、しかし……
それでも鳩美の才能を惜しいと思った。
あの事件の後、皮肉なことに鳩美の才能はますます磨きがかかっていた。
また誰かが自分を殺そうとするかもしれない。いざというときに自分を守るために、鳩美は必死に稽古に励んだ。自分の命が掛かっている。平凡な向上心など霞むほどの逼迫した理由が、あの子を若くして達人に育て上げたのだ。
もしかすると鳩美は赤木流の歴史の中で最も優れた剣士になるかもしれない。
「私は浅ましいな」
孫をあんな目に合わせておきながら、いまだ未練がましい自分を隼人は恥じる。
隼人は道場を出て夜空を見上げる。
同じ空の下、鳩美はどうしているだろうかと思う。
朱鷺子と鷹人の話では、鳩美の心は少しは良くなっているという。サイバースペースで他人と共に遊ぶオンラインゲームを始めたのがきっかけらしい。
オンラインゲームのことはよくわからないが、今の鳩美に他人と一緒に娯楽に興じるだけの心の余裕が戻ってきたというのは素直に喜ばしい。
赤木流のことなど綺麗サッパリ忘れてもいい。鳩美の中の恐怖が少しでも薄れてほしいと隼人は夜空の星々に願った。
●
隼人が夜空を眺めている頃、赤木
会合はホテルの宴会場を貸し切っての立食パーティーという形で行われている。普段は接点のない他部署との交流を深めるのが目的だ。
朱鷺子はパーティーの様子を壁際で眺めていた。酒の入ったグラスを持っているが、一口たりとも飲むつもりはない。これは単に参加しているフリに過ぎない。
皆が立食パーティーを存分に楽しんでいる中、朱鷺子は周囲とは真逆の気持ちだった。娘の心の傷がまだ完治していないのに、こんなどんちゃん騒ぎに参加している暇があったら、あの子になにかしてやりたいと思っている。にもかかわらず出席しているのは、これが参加必須とされているためだ。
早く終わってほしいと願っているが、パーティーの終了時間までまだたっぷり2時間もある。いい加減うんざりしてきたところに、ふと一人の男が朱鷺子の前に現れた。
「やあ赤木さん、そんな隅っこにいてどうしたんですか?」
にこやかな笑みを浮かべてきたのは、年度替わりの人事異動で朱鷺子がいる部署にやってきた工藤という男だった。
「こういう場は苦手でして」
遠回しに一人にしてほしいと伝えたかったのだが、朱鷺子は言葉をオブラートに包みすぎてしまった。工藤はさも当たり前のように話を続ける。
「分かりますよ。無礼講なんて単なる建前。堅苦しいだけのマナーを守って、上司や先輩をもてなす必要がある。注意しなきゃいけないことは山ほどあるから、おちおち酔っ払ってもいられませんよ」
「ええ、まあ」
どうすればこの男から逃げられるか思案していた朱鷺子は曖昧な返事をする。
「それに見てくださいよ」
工藤はパーティー会場に視線を向ける。
「別に決められているわけでもないのに、みんなきっちり同じ部署ごと、課ごと、係ごとに別れている。縦割り文化にならないよう横風を入れて、部署間の連携を深めようって言っても、結局みんな仲間内で飲んでいる」
工藤は失笑を浮かべながらグラスのワインを口にする。
「ほんと、うちの縦割りはひどいですよ。他部署だったら隣同士でも別世界です。さっき異動前の部署に顔を出したんですけど、まだ半年も経ってないのにもう赤の他人扱いですよ。結局、どこまでいっても他人は他人で、人情は上っ面だけかもしれません」
今のような否定的な言動は、同意すべきか反論すべきかなかなか判断が難しいものだ。
単純に自分の意見の賛同者が欲しい場合もあれば、世の中そうそう捨てたものじゃないという意見を引き出すために、わざと否定的に言っている場合もあるからだ。
「人付き合いとは難しいものですね」
一番反感を受けにくいであろう返答を朱鷺子は口にした。
「ええ、全くです。だからこそ人と人との繋がりが出来たのなら、それはとても貴重なものだと思うのです。友情とか愛情とかあって当たり前のように言われていますが、私に言われてみれば真に価値ある関係は一握りしかないからこそ素晴らしいものだと思うのです」
「私もそう思います」
今の工藤の言葉は朱鷺子の考えに近いものだった。人にとって裏切りと手のひら返しは日常茶飯事で、ゆえにそれとは無縁の場所にいる強い絆は尊いものなのだ。
「赤木さんもそう思いますか? どうやら、私達気が合うみたいですね」
「そのようですね」
自分と似た考えを持つ他人がいたことに、朱鷺子は少なからず安堵を覚えた。
「それで、実は前々から思っていたのですが、赤木さんとはもっと交流を深めたいと思っていたんです」
「私とですか?」
なにか風向きが変わってきたのを感じる。
「そうです。仕事のことだけじゃなくて、プレイベートのことでも」
ああ、そういうことかと、朱鷺子の心が一瞬で冷めた。
「つまりは私とお付き合いをしたいと?」
「はい!」
つまりは今までのやり取りはこの男流のお誘いだったというわけだ。
「申し訳ありませんが私は一生涯、男性とおつきあいするつもりはありません」
朱鷺子はきっぱりと断った。
「何故ですか。今は独身だと聞いていますが」
「独身でも私には娘がいます。これ以上、新しい家族は必要ありません」
「娘さんがいても大丈夫ですよ」
朱鷺子の言葉を、工藤は誤解したようだ。連れ子がいるから交際を断っていると解釈しているらしい。
「それをわかった上で、私はあなたを慕っているのです。大丈夫、私は娘さんと必ず仲良くなってみせますよ」
おそらく工藤は本気だろう。だが、今この瞬間は本気であったとしても、なにかのきっかけでその本気がひっくり返る可能性は十分にある。人はそういう一面をもっているのだということを、あの男で嫌というほど思い知っている。
「工藤さん、あなたは良い人だというのは分かります。私が交際を断っているのは、あなたではなく私の方に問題があるからです」
自分には男を見る目がないということを朱鷺子は改めて自覚する。目の前にいる男が不変の善良さを持っているか否か、その確信は得られない。
鳩美の心を二度と傷つけさせないと、朱鷺子は自らに誓っているのだ。
「私は取り返しのつかない過ちを犯し、そのせいで娘が深く傷つきました。そのけじめを付けるために、私は恋愛をしてはならないのです」
「……どうやら他人が立ち入ってはならない何かがあるようですね。分かりました。男らしく身を引きましょう」
「理解していただいて幸いです」
工藤は寂しげな表情を浮かべながら朱鷺子から離れていった。
彼に対して申し訳ないと思うが、分別はつけなければならない。あんな事件が起きた後に、新しい男と恋愛をするなど、娘に対してあまりにも不義理だ。
全ての人を恐れるようになってしまった鳩美は、年頃の娘なのに恋愛ができなくなってしまっている。
朱鷺子としては、鳩美が恐怖を乗り越えてでも、共に過ごしたいという相手が現れてほしかった。それが現実となるかは天に運を任せるしかないだろう。
●
予選クエストのスコアが発表された。
防衛戦という性質上、いかに敵を近づけずに倒すかが重要となり、強力な遠距離攻撃手段を持つギルドが上位となった。
予選1位のギルド、鉄風雷火は全員が強力な銃火器を装備し、輸送ヘリを船に辿り着く前に海上で全て撃ち落とした。最後に現れる二体のボスも、海上にいるうちに強力な狙撃銃を持つメンバーが致命的弱点を狙撃して倒した。結果、被害をゼロとしたので最高スコアを叩き出す。
続く予選2位のパイロクラスティックは全員が魔法攻撃に特化した純正型のプレイヤーで、こちらも殆どの輸送ヘリを魔法で海上撃破している。
とはいえ致命的弱点を攻撃する手段に乏しく、そのため二体のボスは船にたどり着いてしまったが、素早く倒したことで被害は1割未満に抑えた。
それから第3位、第4位と続き、クロスポイントの順位は第5位となった。
ピジョンブラッドが空を飛んで海上で敵を押し留めていなかったら順位は大きく転落し、本選に出られなかっただろう。
「大丈夫だ。本選では状況が違う」
権兵衛の言葉にメンバーたちは同意する。意欲は高く、優勝の可能性は十分にあると信じていた。
本選では飛行軍艦に乗り込んで暗黒の父を撃破するという内容だ。必然的に狭い場所での戦いが多くなるので、接近戦重視のプレイヤーが活躍できるだろう。
本選当日、ピジョンブラッドたちはセーフシティ・エーケンの防衛隊基地にやってきた。ここから本選クエスト受ける。
本選クエストを受諾すると、ピジョンブラッドたちは基地内の会議室に案内された。
「よく来てくれた。早速だが暗黒の父討伐作戦の説明をしたい」
基地の司令官と思しき不老族の男がスクリーンの前に立つ。
「やつは先のパークティス防衛戦で活躍した君たちとの対決をエーケンに要求してきた。もしこれが通らなかった場合、飛行軍艦の主砲を使ってエーケンを攻撃するという。要求をはねのけてやつを攻撃しようとしても、我々の戦力では被害を増やすだけだ。生贄に差し出すようで申し訳ないが、君たちに暗黒の父を倒してもらう他ない」
司令官はピジョンブラッドたち頭を下げる。
「とはいえ、我々もただ君たちを送り出すだけではない。暗黒の父撃破のためのアドバイザーを連れてきた」
その言葉の後、会議室に現れたのはエーケンで剣術道場を開いている
「まずは君たちに謝罪をしたい。暗黒の父は本来の名をナナキという機人族で、私の弟子だった男だ」
ピジョンブラッドはその名前に聞き覚えがあった。ソロ専用クエスト『R.I.O.T.テクノロジーの伝説』で見つけた録音データにあった名だ。
「ナナキは剣聖と呼ばれるほどの優れた剣士であったが、光剣大業物七工のレッドセーバーを手に入れてから別人になってしまった。あのセーバーに組み込まれた闘争心増幅装置によって、彼の心は戦いに支配されている」
人を狂わせる武器。レッドセーバーは未来世界の魔剣といえるだろう。
「私は師匠としての責任を果たすためナナキと戦った。私はやつを殺したと思ったが、しかしやつは生きていた。あの姿を見るに、私との戦いで欠けてしまった体をMエネミーの血肉で補っているのだろう」
小尾は責任を果たしきれなかったことを恥じている様子だ。
「できれば私も共に戦うべきなのだろうが、長く実戦から離れてしまった私では足手まといになるだろう。ならばせめて、君たちの助けとなるため、私がどうやってナナキを倒したのかを教えよう」
おそらくはクエストを攻略する上で最も情報であるのは間違いない。ピジョンブラッドたちは真剣な表情で小尾の言葉を待った。
「ナナキはより強くなるためにMエネミー由来の魔力を取り込む邪法を編み出した。やつを倒すためには、まずその邪法を解除する必要がある。邪法を成立させるには複数の媒介が必要で、それを破壊すればやつの力は大きく弱まるだろう」
「我々防衛隊が偵察した結果、軍艦の各所に強力なMエネミーの魔力反応が検出された。これが邪法の媒介であると予測される」
スクリーンに飛行軍艦の内部図が映し出さる。
「暗黒の父は魔法による探査を一切妨害せず、軍艦内部を我々に解析させた。よほど油断しているか、自信があるのだろう」
内部図に邪法の媒介の場所を示す光点が灯る。
「反応があったのは、動力区画、兵員区画、そして艦載機格納庫の三箇所だ。邪法の媒介を守るための強力な戦力が待機していると思われる」
強敵が待ち構えている。しかしそれらを倒さなければ、最も強大な敵を倒すことは出来ないだろう。
「そして暗黒の父がいるのは艦橋だ。軍艦内の魔力の流れがそこに集中している」
ボスキャラクターの場所を強調するように、媒介のある各所と艦橋が線でつながる。
「君たちを送り出す用意は出来ている。準備ができ次第、外の輸送機に乗り込んでくれ」
その時、小尾はピジョンブラッドに視線を向ける。
「マジックセーバーの使い手よ、不甲斐ない老いぼれに代わって、どうかナナキを倒してほしい」
おそらくマジックセーバーを装備しているプレイヤーがいるのを条件として、シナリオプログラムが小尾にそのような振る舞いをさせたのだろう。
「ええ、わかったわ」
こういうのは恥ずかしがらずにあえて乗ったほうがいい。ロールプレイングというのはそういうものだ。
会議室を出た後、輸送機に乗り込む前にクロスポイントは作戦会議をする。
「さて、問題は媒介をどう破壊するかだね。三手に分かれて破壊するか、あるいはみんなまとまって一つずつ破壊するか、みんなの意見を聞かせてほしい」
権兵衛がメンバーの意見を募る。
「アタシは分担すべきだと思う。本選クエストはクリアタイムで得点が決まる。勝ちに行くんだったら時間のかかる攻略法は避けるべきだ」
「俺もそう思います」
ハイカラとスティールフィストが分担作戦に票を投じる。
一方でステンレスは慎重派だった。
「でも、戦力の分散は危ないと思います。本選では味方を倒されるたびに減点されますし、全滅したら元も子もないです」
「私はハイカラさんに賛成!」
白桃は分担を選んだ。
「後はもう優勝するか、しないかです」
「僕も白桃と同じ考えです」
グラントは防御的なプレイスタイルを好みながらも、積極的な作戦の方に同意する。
「優勝を狙っているギルドはどこも分担して媒介を破壊しに行くでしょう。他所に先を越されないよう、僕たちもそうすべきです」
「わかった。ピジョンブラッドはどうかな?」
権兵衛は問いかける。
「私も分担作戦に賛成します。戦力を分散してクリアできなかったら、それは悔しいでしょうけど、優勝できなくて悔しいのは2位でも最下位同じです」
「みんなの考えはわかった。クリアタイムを縮めるために、分担して邪法の媒介を破壊しよう。意見を出してもらったステンレスには申し訳ないけど……」
「いえ、みんなの意見を聞いて私も腹をくくりました。私も分担案に賛成します」
ステンレスが慎重案を取り下げ、全会一致となった。
「ありがとう、ステンレス」
次は誰がどこに行くかだ。
「2,2,3で別れて媒介を倒した後、合流してボスに挑戦したほうがよさそうだ」
「あの、ちょっといいですか?」
ピジョンブラッドは権兵衛に対しおずおずと手を挙げる。
「みんなが媒介を破壊しに行く間に、私が一人で先行して艦橋に行くのはどうでしょうか。そうすれば暗黒の父が弱体化したら即座に戦えます」
「君一人でボスと戦うのかい?」
「暗黒の父は私と同じでマジックセーバーを使うはずです。ならば倒せないまでにせよ、みんなが集まってくる間に少しはダメージを稼ぐくらいは出来ます。そうすれば全員が一度合流するよりは早くクリアできます」
ピジョンブラッドは不安を感じさせない引き締まった口調で言った。
それは自分なりに優勝するために考えた策でもあるが、密かに別の思いもあった。
これまでは怪人、怪物、暴走した兵器といった相手と戦ってきたが、純粋な剣士とはまだ一度も刃を交えていなかった。
暗黒の父は始めて剣士であると明言された敵キャラクターだ。それも、おそらくはゲームの中で最も強い敵の一人。それと戦うことで、ピジョンブラッドは自分がプラネットソーサラーオンラインにおいてどれほどの剣士か知りたかった。
それは初めての欲求だった。現実世界では剣術は単なる習い事であり、あの事件を経た後は自らを守るための必要な命綱であった。
自分の力がどこまでか知りたいという欲求はピジョンブラッドだからこそ湧き上がってくるものだろう。数ヶ月も演じ続けたためだろうか、ピジョンブラッドという存在はもう一つの人格とは行かないまでも、もはや単なる演技とは呼べない。今では赤木鳩美という人間を形作る一面となっていた。
人の心は多面体だ。多くの人々が公と私を分別しているし、状況次第で様々な顔を見せ、その一つ一つが本人なのだ。
「ふーむ」
いくらなんでも無茶がすぎるのか権兵衛は思案する。
「権兵衛さん、俺はピジョンブラッドなら大丈夫だと思います。敵が剣で戦うんだったら、彼女はきっと勝てる」
一切の疑いない確信を持った言葉はスティールフィストのものだ。
「わかった。暗黒の父はピジョンブラッドに任せよう。ワシとハイカラは兵員区画、白桃とグラントは動力区画、そしてステンレスとスティールフィストは艦載機格納庫を攻略する」
本選クエストの攻略において、クロスポイントの方針が決まった。
「じゃあ出発だ。みんな、優勝するぞ!」
権兵衛が拳を上げると同時に皆が気持ちを鼓舞するために声上げる。
「ありがとうね、私を信じてくれて」
ピジョンブラッドは隣にいるスティールフィストに礼を言った。
「それほどでもないさ。俺はお前が今までやってのけたことを見ていたから勝てるって知っているだけさ」
彼は少し照れたように視線をそらした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます